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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-5「あー、その、えーっと……ユニコ、大丈夫?」

 魔都に入ってからひと月ほど、ディスフィーアは毎日を謳歌していた。昼はゼリウスの下で調練に立ち会い、ユニコと会話をし、夜になったら居酒屋に入って麦酒を胃に流しこむ。エリザから報奨金が出たこともあって、毎日飲んだくれるくらいのお金は十分に持っていた。男を引っかけておごってもらう必要もなかった。

 話し相手が欲しい時には、酒とつまみを買い込むだけ買い込んで、ユニコのそばで飲みながら語り合った。


 そのうちに、ユニコが酒の入った瓶に興味を示し始めたので、酔っ払ったディスフィーアは試しに飲ませてみた。


 ユニコは身体を震わせた。不味い、と顔に書いてあるのを見て、ディスフィーアは腹を抱えて笑った。

 翌朝、ディスフィーアは酒屋に出向くと人参酒を買い求めた。さらに厩から馬用の水桶を一つ拝借する。兵の訓練を終えたディスフィーアは、王城の馬小屋の前で水桶を広げると、そこに人参酒を流し込んだ。


「くっさ」


 厩においてあった水桶の臭いに、人参酒の匂いが混じる。ディスフィーアは思わず鼻をつまんだ。

 一角獣も、まあ馬みたいなものかな、という思い付きで始めたことにディスフィーアは自分で後悔した。後悔したが、もう準備はできたのである。ユニコが水桶に顔を近づける。訝しみながら鼻の穴をひくひくと動かすユニコの姿を、ディスフィーアは初めて見た。


(そもそも、馬ってお酒飲んでいいのかしら)


 ディスフィーアは水桶に顔を突っ込んだユニコを見てから思ったが、すでに時は遅かった。ユニコはすでに酒に口をつけている。


「あー、その、えーっと……ユニコ、大丈夫?」


 おそるおそるディスフィーアはユニコに近づいた。すでに水桶の中に入れた酒は空っぽになっている。ユニコは水桶の中から顔を出すと、その場で嘶いた。ほんのりと顔が赤みを帯びている。ユニコは水桶に顔を戻すと、その中を執拗に舐め始めた。


「まさか……」


 なかなかイケる口だったようだ。

 ディスフィーアは買ってきていた残りの人参酒をすべて水桶に足した。一角獣が水桶に顔をつける。ディスフィーアも麦酒の瓶を取り出して口をつけた。


 夜通し、ユニコと語り合った。ディスフィーアが一方的に語っているというのが正しかったが、ディスフィーアは語り合ったのだと思った。飲み明かしたのだ。明日の調練には参加しなくていい、という許可は得ている。

 ユニコはなかなか酒に強い。果たして馬が酒を飲んでいいのかどうかは、ディスフィーアはもう考えないことにした。そもそも馬ではない、一角獣なのだ。それに、もう飲んでいる。いまさらだ。


 ユニコに包まれるようにして、眠った。冬の夜でも、そうしているだけで寒くない。

 目を覚ましたディスフィーアは、一角獣の角に何かがかけられていることに気が付いた。陽はもう高い。


「これ……黒竜の爪じゃない」


 親指大の黒い鍵爪の形をしたアクセサリーだ。

 スッラリクスの物だ、というのはすぐに想像がついた。何か話があってきたのだろう。いつもは必ずディスフィーアが起きたときに一緒に起きるユニコも、目を閉じたままだ。酒が回っているようだ。


 ディスフィーアは立ち上がって大きくあくびをすると、黒竜の爪をユニコの角から外した。

 クシャイズ城の中に入り、作戦室の扉を叩いた。


「入るわよ」


 どうぞ、という返事を待たずに、ディスフィーアは中に入った。作戦室とは名ばかりで、スッラリクスの仕事部屋にしかなっていないことを、ディスフィーアは知っていた。会議があるときには必ずエリザを交えて玉座の間で行うのだ。

 作戦室の中央には机があり、ユーガリア大陸の西側の地図が広げられている。その上に、砦や都市、軍を表す駒が置かれている。


「はい、これ」


 ディスフィーアは地図の前で駒を握っているスッラリクスに近寄ると、黒竜の爪を返した。


「ああ、すみません、出向かせる形になってしまって。あまりに気持ちよく眠っているようでしたので」

「いいけど。ユニコも起きなかったわけ?」

「ええ、一角獣も安心しきって眠っているようでしたよ。私が角に触れても起きませんでした」


 お酒を与えるのは、時と場所を選ぶことにしよう、とディスフィーアは思った。二日酔いで戦えないのでは話にならない。


「それで、どうしたの? 話があってきたんでしょう?」

「謝りたいと、思ったのです」


 スッラリクスは手元の駒を置いて、ディスフィーアに頭を下げた。


「あなたをジャハーラ殿と戦わせはしない、私はそう約束しました。なのに、それを守れなかった。それどころか、あなたを死地へ追いやった。本当に申し訳ありませんでした」

「気にしないで。私が選んだことよ。それに、結果的にはスッラリクスの言った通りになったじゃない。父は気がつけば、こちら側についている」


「それは私の力ではありません、エリザ様の力であり、ルイド殿の武力の結果です」

「それでも、結果は結果よ。魔都は陥落し、炎熱の大熊公ジャハーラはエリザ様のもとへ集った」

「多くの犠牲を出してしまいました」

「これから、もっと増える。そうでしょ」


「……ええ。我々のことを、王国軍は決して放ってはおかないでしょう。ジャハーラ殿が貴族たちを磔にして殺しました。我々がジャハーラ殿を討っていれば、ルージェ王国と和睦の道も見えたかもしれません。ですが、それでは魔族の団結を促すことはできなかった。世界を変える、というのがエリザ様のご意思であるなら、和睦という選択肢はそもそも除外せざるを得ないのです」

「だから、帝国旗を掲げたのでしょう。ルージェ王国の統治とは、違う形をとるという決意表明として……」


 スッラリクスは頷いた。

 ディスフィーアは机によって、地図に目を向けた。クイダーナ地方の主要な都市の上に、赤青黄色の駒が置かれている。


「これは?」

「各都市の地図ですね。クイダーナの各領主に宛てて、クイダーナ帝国の復権を伝え、支持するかどうかを問いました。その結果です。青は臣従を誓い、領主の家族を魔都へ送ってきたところ、赤は拒絶あるいは使者が戻らないところです」

「黄色は?」

「はっきりしないところです」


 魔都クシャイズを中心として、周辺は青い駒が多い。北側は赤い駒が多く、南側は各色が混在している。


「クイダーナの北部は、パージュとつながりのある領主も多く、敵対を選ぶ都市が多いのは予想していました。分からないのは、南側です。内陸はあらかた予想通りにばらけた形なのですが、海沿いの都市はこぞって、どっちつかずな反応というのが気になります」

「どっちつかずってどういうことなの?」

「領主の不在や病気を理由に使者を追い返したり、臣従すると言っておきながら人質を送ってこないのです。様子見をしていると言えばそうなのでしょうが、それにしてもこの数は異常です」


 ディスフィーアは再度、地図を見た。確かに南側の沿岸部には、ほとんど黄色い駒が置かれている。


「まさか……」

「どうかしたのですか?」


 海沿いの港町で、鳥の帽子を被った髑髏の旗がはためていたのを、ディスフィーアは思い出した。


「ここおれらの国だもん。リョードって言うんだろ?」


 アッシカ海賊団。その副長ルーイックは、確かにそう言っていた。海賊が領土を持つなど信じられなかった。だがもしかすると……。


「スッラリクス……これは私自身、半信半疑なんだけど、ちょっとだけ話を聞いてもらえる?」

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