4-4「必ずや聖騎士としての役目を果たします」
聖都ビノワーレ。雪に覆われたパージュ地方に作られた都は、ユーガリア全土の中でも最新の建築技術が使われている。聖ソニュア教の伝える天使や聖人の像が、都市の内部を彩る。都市の各所にある公園や噴水には、意匠の凝らされた彫刻作品が置かれている。それらが見事な調和を持って、聖都ビノワーレを作り上げているのだ。
ソリアとリュイが聖都ビノワーレに着いたのは、ちょうど陽が落ち切らんとする頃だった。本来なら馬で半日の距離を、二頭の駿馬はその半分の時間で駆け抜けた。
「あーあ、負けちゃった」
ソリアは残念そうに言った。リュイは先に馬を降りると、ソリアに手を差し伸べてくれた。ソリアは、リュイのそういうところが好きだった。常に気遣いを忘れない。ソリアはリュイの手を取って馬を降りた。リュイの顔が近い。
「約束だから、なんでも言うこと聞いてあげる」
「なんでもかあ」
リュイは頬を掻いた。
「そうだな、ニフルの森でデートでもしてもらおうか」
「ニフルの森で?」
ニノル学院の裏手に広がる森である。
「いいけど……いいの、そんなことで?」
「そんなことじゃないよ、そうしたいんだ」
「そう」
ソリアは頷いた。どこか懐かしさを感じる。ニノルの学院で学んでいた頃は、毎日のように入っていた森だ。幼いころ、リュイと初めて話をした場所でもある。懐かしみながらデートをするのも、たまにはいいかもしれない。
モンスターが出るから、危険な森の中に入らないように、と言われ続けていたのを思い出す。幼い頃は恐ろしかったモンスターも、今のリュイとソリアなら敵ではないだろう。
厩に馬を入れると、二人は聖都の大通りを歩いた。陽が落ちても、整備された通りにはまだ人が溢れている。その奥には荘厳なるビノワーレの城が鎮座している。城というよりも、宮殿に近い作りだった。
「いつ見ても、綺麗ね」
「ああ……」
ビノワーレの城は、どこか丸みを帯びたシンプルな外観をしている。雪が降り積もりすぎて崩れないように、という工夫らしい。城の要所をルーンの明かりが仄かに照らし出している。
ソリアは腕を組みたい気持ちを、何とか我慢した。いくら知れ渡っているとはいえ、聖都の中で堂々と腕を組んで歩くわけにもいかない。
城の中に入った。衛兵たちはリュイとソリアの姿を見かけると必ず頭を下げた。『統率の聖騎士』リュイと『緋色の聖騎士』ソリアを知らない者は、このビノワーレにはいない。
ビノワーレ城には、玉座が存在しない。あくまでルージェ王国の臣下である、というパージュの考えによるものだ。王のいない城に玉座は必要ない、と断固として言い張ったという。
会議用の部屋が、実質的には玉座の間のような働きをしている。リュイとソリアが会議室へ近づくと、警備にあたっていた兵が扉をノックした。
「リュイ様とソリア様です」
「……来たか。入れておくれ」
扉の奥から、しわがれた老人の声が聞こえた。リュイが扉を開け、ソリアは後に続いた。
部屋の中央には三十人以上が囲める大きな円卓がある。その奥に腰かけるのが、聖騎士パージュである。すでに老齢の域である。長い白髪を後ろに流している。見事に蓄えたひげの間から、パージュが言葉を紡ぎ出した。
「リュイ、ソリア。呼びつけてすまなかった。急を要する話でな」
「なんでも、聖騎士を全員招集されているとか。そこまで大事なのですか」
「――クイダーナ帝国が復活した」
パージュの言葉に、リュイとソリアは息を飲んだ。二人にとって四十年前の戦争は生まれる以前のことだったが、その傷跡は各地で目にしている。
「すでに敵は魔都クシャイズを始め、クイダーナ地方を手中に収めているという話だ」
「クイダーナ地方の貴族たちは何をしていたの」
「言葉が過ぎるぞ、緋色の聖騎士ソリア!」
ソリアの言葉にパージュは激昂した。額のしわが深みを増し、白いあごひげが揺れる。
「王家がその功労に応じて爵位を授けたのだ。それに一介の騎士が口出しする権利があると思うか」
「……失礼しました」
ソリアは頭を下げた。いつもは穏健なパージュだが、こと王家の話になると厳しい。
「それで、大公のご意思は……?」
「無論、兵を率いてクイダーナへ攻め入る。まもなく、王都にも同じ知らせが入ることだろう。そうすれば王弟ランデリード殿下の王国軍も動く。いかに魔族といえど、王国の軍勢に対抗する力はなかろう……」
パージュはそこで一度、言葉を切った。
「北海は、凍っておろうな」
「ええ、馬が走り抜けても割れぬほどに頑丈な氷の海となっております」
「今なら、クイダーナへ攻めゆける。……そうだな?」
「はい。氷の上を走り抜け、クイダーナへ攻め入ることもできましょう」
パージュ地方とクイダーナ地方を結ぶ内陸海である北海は、冬の季節になると完全に凍り付く。その氷の上を移動して、異民族バルートイと旧クイダーナ帝国が交易をしていたというのは、ソリアも聞いたことがあった。北海には凶暴なモンスターが生息しているが、冬の間は氷に阻まれて海の中から出ては来ないのだ。
「クイダーナへ東から攻め入る王国軍の主力と連動し、我々は北から叩く。敵が戦力を分散しようものならいずれも寡兵になるだろう。蹴散らしてやれば良い。逆に北か東のいずれかに兵を集中させるようであれば、そのまま手薄な方を衝いた軍が、クイダーナ地方へ雪崩れ込む。魔都クシャイズを陥落せしめれば、いくら帝国を語ったところで反乱は鎮火するだろう」
「ですが大公、そのお身体で戦場に出るのは……」
パージュはもう老齢である。齢七十を超え、その鋭い目つきだけは健在なものの、すでに馬にも乗れないほどに老衰している。その中で、冬の遠征は身体に無理がかかるだろう。
「ラーケイルにもそう言って止められたところだ」
ふぉっふぉっふぉ、とパージュは笑った。ラーケイルは『守護の聖騎士』の二つ名を与えられた聖騎士である。パージュの側近として、いつも聖都ビノワーレを護っている。
「統率の聖騎士、リュイ」
はい、とリュイは答えた。円卓を前にして、その場で膝をつく。ソリアもそれに倣った。
「聖騎士パージュの名において命ずる。『守護の聖騎士』ラーケイルと共に、聖都ビノワーレに集結させた全軍を率いて、南下せよ。クイダーナ帝国の再興を阻止し、王国を魔の手から守り抜け」
リュイを呼んだのはこのためか、とソリアは思った。パージュはリュイに聖騎士たちの指揮権を与えるつもりだ。だが実戦の経験が、リュイには少ない。だからこそ『守護の聖騎士』ラーケイルと共に指揮をせよ、と言っている。ラーケイルは、リュイやソリアよりも早く二つ名を得た聖騎士なのだ。異民族討伐の指揮も執っていた。経験のある者と共に戦ってこい、パージュはそう言っている。
パージュが立ち上がり、リュイとソリアは頭を下げた。
「我々は聖騎士である。いつ、いかなる時も騎士としての誇りを忘れず、弱きを助け――」
「――いつ、いかなる時にも王国を護る盾であり、敵を打ち砕く剣であり続ける」
聖騎士の誓い。その下の句を、リュイが引き継ぐ。
「統率の聖騎士の二つ名に恥じぬ戦いをせよ。親愛の腕輪の導きに従い、祖国を守り抜け。――聖女ソニュアの加護があらんことを」
「はっ。謹んで、その命お受けいたします。必ずや魔族の手から王国を護り、聖騎士としての役目を果たします」
「敵はクイダーナの魔族たちだ。異民族どもとは違う。奇策を用い、奇術を使うだろう。心して任にあたるのだ」
リュイとソリアは頭を下げたまま、パージュの言葉に耳を傾けた。
「……我が子たちよ。存分に戦い、功をあげるが良い」
「お任せください」
二人の聖騎士が、答えた。