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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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☆4-3「日が暮れるまでに聖都へ着くかしら」

 パージュ地方。ユーガリアの中でも北部に位置するこの地方は、一年を通して雪景色が広がる。冬になるとその寒さや極寒と言っても差し支えがないほどで、身体の芯まで染み込むような冷気が大地を覆う。

 そんなパージュ地方の北部、ニフルの森と呼ばれる広大な森を背にして、ニノル学院が立っている。聖騎士たちの養成学校である。


 学院の表に、長い赤髪をした女性の聖騎士が、木刀を構えていた。その髪の色は炎というより、夕刻の太陽の色に近い。そして美しい、というより凛々しい、という表現の似合う立ち姿だった。

 彼女の名はソリアという。『緋色の聖騎士』の称号を与えられたパージュ大公の誇る聖騎士の一人である。もっとも、今は聖騎士の鎧ではなく厚手の稽古着姿であるが。


 ソリアを取り囲むのは、十人の少年たちである。少年と言っても、全員が十五歳くらいで、もう身体の大きさはソリアとそう変わらない。それぞれ、手には木刀を持っている。全員が、ソリアと同じ稽古着であった。


「いつでもいいわよ」


 ソリアが口を開いた。それを合図に、じり、とソリアを囲む少年たちが輪を縮める。


「やあっ!」


 四方から少年たちが木刀を突き出してきた。息の合った動きだ。ソリアは腰を落として初撃をかわすと、しゃがみこんだ体制のまま、目の前の少年に足払いをかけた。木刀を振り上げ、右側の少年の剣を叩き上げる。右前方、空いたスペースに転がり込むようにして身をかわして回転した。立ち上がりざまにさらに一人の少年の手に木刀を叩きつける。


 少年たちは再度、ソリアを囲みこんだ。


「来ないなら、お姉さんから行くわよ」


 ソリアは朗らかに笑った。

 くるりと後ろを振り返って走る。急な方向転換に驚く少年の胴に、木刀が入る。はっきりとした手ごたえを感じたソリアは、そのまま木刀を振り回した。少年の身体が吹っ飛び、後ろにいた二人の少年を道連れにして倒れる。


 ソリアはそのまま流れるような動きで、呆気にとられている少年たちに斬りかかった。三人倒す。

 あと二人。ソリアを挟み込むようにして木刀を構える。ゆっくりと円を描く。それに合わせてソリアも身体をねじった。


 正面の少年が、雄たけびを上げて斬りこんでくる。だが踏み込みが弱い。こっちは囮だ、とソリアはすぐに分かった。地を蹴る。転がり込むようにして後ろから放たれた斬撃をかわした。後ろからの斬撃をかわされてよろめく少年の腹を、木刀の柄で突き飛ばす。

 最後の一人。もうここまで来たらゆっくりと相手する方が可愛そうだ。ソリアは間髪入れずに地を蹴った。少年の突きがソリアのいた場所に刺さる。ソリアは立ち上がりざまに下段から木刀を振り上げた。あごに木刀を喰らった少年は、そのまま二三歩後ろによろめていて、倒れた。


「お見事です、ソリア様」


 ニノル学院から出てきた少女が、ソリアに声をかけた。


「騎士見習いとはいえ、十人を相手にして手傷の一つも負わずに倒されるとは」


 少女の名は、エイリスという。薄い金髪に、青空のような色の瞳をしている。ニノル学院に通う騎士見習いの一人だったが、恐ろしいほどに武術の才能がなく、最近は図書館で本ばかり読んでいる。


「ほら、兄さん。立ってください」

「エイリス、大丈夫だ。それよりソリア様。あなたの戦い方はあまりに聖騎士らしかぬとは思いませんか。今は稽古着だった。だからあの動きができましたが、戦場ではソリア様も聖騎士の鎧を着用されるはず。そうであれば、あのような動きも取れません」


 ソリアに噛みつくように言ったのは、エイリスの兄ディシュワードである。ソリアを睨み付けていながら、それでも敬語は忘れない。ニノルの学院は礼儀に厳しいのだ。


「ディシュワード、文句があるのはわかったわ。でも、私はいま稽古着だった。そして、もし私が鎧を着ていたのならばまた違う戦い方をしたし、そもそも戦場で私が一人だけ囲まれるようなヘマはしないわ。……もっとも、あなたたち程度の敵なら十人でも二十人でも囲まれたところで怖くないけれどね。それとも、もう一度やってみる? 鎧を着るということは、私も手を抜けなくなるけれど」

「……くっ」


 ディシュワードは唇を噛みしめたが、すぐに「いいえ、我々の負けです。ご稽古、ありがとうございました」と言った。

 ソリアは、ディシュワードが嫌いではなかった。すぐに頭に血が上るし、事あるごとに「騎士らしかぬ戦い方」と口にするし、女性の聖騎士であるソリアに敵対心を向けてくることもある……が、どこかそういう反骨精神を含めて弟のような気持になるのだ。そして騎士見習いたちの中では最も剣術の見込みがある。だがソリアの域に達するにはまだまだ先は長いだろう。


 パージュ大公国は、あくまでルージェ王国の大公パージュによる統治地域を指し示すにすぎない。

 そういった事情もあって、パージュ大公は自らに従う者たちに爵位を授けるような真似はしなかった。パージュの下に集う者たちは騎士と呼ばれた。騎士見習いから、正式に騎士へ。そして騎士の中でもパージュに認められた者が聖騎士となる。さらに聖騎士の中でも二つ名をもらえる者は最上位である。


 ソリアはパージュ自らに『緋色の聖騎士』の称号を与えられていた。パージュ大公国において最上位の騎士である。騎士見習いが束になろうと、相手になるはずがなかった。ソリアは、月に一度はニノル学院に顔を出してこうして騎士見習いたちの稽古に付き合っていた。彼らには良い刺激になるはずだ。


 ディシュワードたちは立ち上がり、ソリアに礼をすると学院の中に戻ってゆく。打ち所が悪かった者は、エイリスが助け起こした。


 ソリアは大空を見上げた。冬のパージュ地方では珍しく、雲一つない美しい青空だ。

 英魔戦争以前、パージュ地方は「白の大地」と呼ばれていた。一面の銀世界が広がるその様に似つかわしい名前だと、ソリアは思っている。そして日によっては、吹雪で視界が遮られ、文字通り白い世界しか見えなくなる……。


「白の大地、か」


 なかなか洒落た響きだ。視線を下げる。学院に向けて一騎駆けてくるのが見えた。大地を蹴りつける騎馬の後ろに、雪がきらきらと舞っている。

 駆けてきた騎士はソリアの前で馬を止めた。


「ソリア様、こちらでしたか」


 駆けてきたのは騎士は、軽装だった。伝令のようだ。


「どうしたの?」

「パージュ様がお呼びです」

「私を?」

「いえ、ソリア様だけでなく……。聖騎士を全員、聖都ビノワーレに招集せよと仰せです」


 聖騎士を全員、という言葉にソリアは戦慄した。聖騎士は騎士たちを率いる指揮官である。パージュ地方の各地に聖騎士たちは散っていて、領民の安全を守っている。そのすべてを聖都へ集めるとは……。


「リュイ様はご一緒ではないのですか?」


 ソリアが「知らないわ」と答えようとした瞬間、学院の方から「呼んだか?」と声がした。

 『統率の聖騎士』リュイである。控えめに言っても美形な顔立ちの青年だ。線が細いのに、その肉体は鍛え抜かれていることを、ソリアは知っていた。金の髪が、純白の鎧に良く似合う。品行方正で武術の腕も一流ということもあって、聖騎士たちの中でも男女問わず人気が高い。聖騎士の模範、とでも言えるほどだ。普段は鎧を着用しているが、今日はソリア同様に稽古着だった。


「リュイ、どうしてここに?」

「ちょっと、母校に挨拶したくなってさ」


 リュイは意味ありげにソリアに微笑んで見せた。


「私が心配でついてきてくれたの?」


 ソリアが訊ねると、リュイは「まあそんなところさ」と言った。ソリアとリュイが恋人同士であることは、パージュ地方では誰もが知っている。


「それならそうと言ってくれればいいのに。私にも内緒でニノル学院に来なくったって」

「たまには一人になりたいときだってあるさ。それに、ソリアの剣術を見ているのもなかなか勉強になる」


 うそつき、とソリアは思った。ソリアよりよっぽど、リュイは剣の腕が立つのだ。


「リュイ様、ソリア様、お話は道中にでも……」

「そうだったな、悪い。すぐに馬を取ってくるよ」


 統率の聖騎士の称号を与えられているリュイは、誰の目にもパージュ大公の後継ぎとして映っている。何事があったにせよ、まずリュイを呼ぶというのは、取り立てて不自然なことではなかった。

 ソリアとリュイは馬を取ってくると、乗馬した。二頭とも、聖騎士叙任の際にパージュから下賜された駿馬である。


「日が暮れるまでに聖都へ着くかしら」


 ソリアが言うと、リュイが笑った。


「競争してみるか?」

「いいわね。それじゃあ、勝った方のお願いをなんでもきくっていうので、どう?」


「そうだな、受けてたとう」


 伝令の兵をどんどんと引き離して、二騎は雪原を駆けてゆく。

 冬のパージュ地方には珍しい、快晴の日だった。


挿絵(By みてみん)

二人の聖騎士


『統率の聖騎士』リュイ

『緋色の聖騎士』ソリア


登場人物ページ更新していますので、必要な方はそちらをどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n0762fg/7/

(「ユーガリア戦記」シリーズ→設定集からもたどれます)

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