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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-2「我々の力はまだあまりに小さいのです」

 クイダーナ帝国の旗が、城に掲げられた。

 エリザが両脇にジャハーラとゼリウスを従えてクシャイズ城のバルコニーに立つと、魔都は大きく沸いた。


「クイダーナ帝国の復活と、エリザ様の即位に祝福を!」


 虐げられてきた魔族にとっては復権の時であり、彼らが拠り所と思っていた純血種のジャハーラ、ゼリウスの両名がエリザの下についたことも大きかった。

 エリザは城門に磔にされていた人間族の貴族たちを下ろすように命じた。磔にされた者たちは、既に誰一人として息がなかった。


「むごいものです」


 スッラリクスが、貴族たちの死体を見ながら言った。


 エリザは生き延びた人間族の代表を、クシャイズ城に呼んだ。玉座に腰かけるエリザの傍らに、ルイドが立っている。玉座から続く階段の下で、人間族の代表たちは頭を下げて跪いた。


「私たちに逆らわない限り、あなたたちの生命を奪うことはしないわ。あなたたちが自分たちの幸福を得ることを私は阻止しない。――だけど、それが誰かの幸福を犠牲にして成り立つ幸福ならば、私はそれを決して許さないし、見逃さない。その上で、あなた方は魔都に留まり私の下で生活をするか、セントアリアへ向かうかを選びなさい」


「財産は、どうなりますか」

「そのすべてを没収し、生活に必要な最低限だけを再度支給します」


 エリザに代わり、スッラリクスが答えた。玉座から続く階段の下、人間族の代表たちを挟むようにして、ジャハーラ、ゼリウス、黒樹(コクジュ)といった顔ぶれが揃っている。


 人間族は、もう戦意を失っている。睨みをきかせるジャハーラの苛烈さも、良く知っている。そしてほとんどの者が、すでにジャハーラによって財産を没収されていた。


「私たちは奴隷になるということですか」

「いいえ。望むのならば、あくまで民として魔都で暮らすがいいわ。だけど、あなたたちが搾取してきたすべてを再分配する、と言っているの」


 エリザが答えた。


「これまで私腹を肥やしてきた者は覚悟しておくことだ」


 ルイドが言った。人間族の代表たちの中にぞわっと畏れの精霊が走ったのを、エリザは見て取った。全員が後ろ暗い何かを持っているのだ。精霊が見えるようになってからというもの、エリザは言葉や表情で人を信じるのをやめた。精霊たちはもっと素直に真偽を教えてくれる。


 人間族たちが退出した後、エリザはふうと息を吐いた。


「エリザ様、やることは山積みです。魔族、混血、人間族、いずれからも不満が出ない政策は、そうそうすぐに実現はできません」


 スッラリクスが、エリザを見上げて言った。


「わかってる。やれることを順番にやりましょう」

「そして時間的猶予も、そう長くはありません。東からはルージェ王国軍が、北からはパージュ大公の聖騎士たちがそれぞれ攻めて参ります。それまでにクイダーナ地方の全域を支配下におかねばなりません」

「スッラリクスは、敵の戦力がどのくらいになると思っているの?」

「パージュ大公国は動員できても三万というところでしょう。ですが、王国軍の本隊は十万を超えてくる可能性も十分にあります」


 ジャハーラに従った者たちを含めても、現在の帝国軍の戦力は三万人に満たない。先の戦で戦えなくなった者が多いのだ。


「魔都内の治安回復や、エリザ様の理想とする治世の為にも、まずはクイダーナの全域を掌握する必要があります。敵が動くにしても一月は猶予があるはずです。その間にどれだけ準備を整えられるか……」

「どうしろと言うの?」

「まずは、各領地に使者を出しましょう。敵対するか、従うか、いずれかの意を示させるのです。恭順の意を表した者には地位と財産を保障し、敵対した者には軍を差し向けます」

「それじゃ、何も変わらないじゃない。形ばかり頭を下げるだけに決まってる」


 エリザはスッラリクスを睨み付けた。スッラリクスはエリザの目を、しっかりと見つめ返した。


「お言葉ですが、エリザ様。一気にすべてを覆すには、我々の力はまだあまりに小さいのです。小さいままでは、再度、王国に飲み込まれるだけです。エリザ様の目的は世界を変えることではなかったのですか。世界を変えるということが、一朝一夕で出来るとお思いですか。世界を変えるためにはまず力が必要です。エリザ様が、ジャハーラ殿が、ゼリウス殿が、ルイド殿がいかに強大な力を持っていようと、それは個の力に過ぎないのです。個の力だけでは世界は変わりません。それは英魔戦争で魔族が敗れたことからも、明らかではありませんか。今、不要な戦をしている余裕はないのです」


「奴隷商人のダルハーンを連れてきたときにも、あなたはそう言ったわね。必要だから、と」


 ダルハーンはエリザが魔都を制圧しても、顔を出さなかった。その代わり、貴族たちの所有していた奴隷たちがいなくなっている、という報告は入っている。ダルハーンの仕業に違いなかった。提供した糧食の代金として、奴隷の子たちをさらって行ったのだ。


「ええ、言いました。必要だからこそ、言うのです。辺境領地の貴族たちがこぞって敵対するようでは、クイダーナの民の血がより流れることになります。それぞれの勢力は小さくとも、平定するには血が流れることでしょう。そして、いかに強靭な戦士と言えど、血を流しすぎれば、羽虫の大軍に負けるのです」


「……わかったわ。ただし、地位と財産の保障は最低限とする。そうでなければ、魔族や混血たちから不満が出かねない」

「お聞き入れいただき、ありがとうございます」


 スッラリクスが頭を下げた。エリザには、スッラリクスが自分をたぶらかそうとして言っているのではないことは、痛いほどにわかった。必要だから言っている。その言葉に嘘の精霊は一片も混じっていなかった。


「魔族の復権を求めて集まってきている者たちも多いはず。そのあたりはどうするのだ」


 ジャハーラが訊ねた。


「武功によって見返りは用意します。ですが、それは魔族だから、人間族だから、ということで差別しません」

「それは、果たして上手くいくだろうか」

「上に立つ者が、どれだけきちんと兵を評価できるかによるでしょう。純血種のお二人や、ルイド殿であれば、そのあたりは問題ないことと思っております」


 スッラリクスの言葉に、ジャハーラへ釘をさす意味が混じっていることを、エリザは見抜いた。人間族だから、魔族だから、混血だから、という理由で差別をするな、と言っているのだ。


「それで具体的には、おれたちは何をすればいいんだ?」


 黒樹が訊ねた。


「黒樹は魔都内部の治安維持と、不審な行動をとる者や集会が行われていないかの諜報活動を。ルイド殿と私は、エリザ様に謁見を求めてきた者たちと会います。ジャハーラ殿とゼリウス殿は、軍の再編と調練をお願いします」


 スッラリクスの言に、エリザをはじめ全員が頷いた。


「レーダパーラは?」

「まず民政についての勉強です。私の下で働いてもらうことにします」


 エリザの問いに、スッラリクスはさらりと答えた。レーダパーラはまだ子どもだからと、こういう会議の場にさえ出席させてもらえていない。

 スッラリクスはふと思い出したようにゼリウスとジャハーラの方を向いた。


「軍は三つに分けられるよう、再編をしてください。ルイド殿、ジャハーラ殿、ゼリウス殿がそれぞれ別個に動ける形を取りたいのです。東のルージェ王国軍と、北の聖騎士たちに対抗するには最低でも二方面の戦いになります。絡め手のことも考えれば、三軍に分けておいて無駄にはならないでしょう」


 エリザはスッラリクスをじっと見つめた。軍事のことから政治のことまで、負担の多くがスッラリクスの肩に乗っているようだ。


「ジャハーラ公、私の軍に弱兵ばかり入れないようお願いしますよ」


 ルイドがそう言って、笑った。

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