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ユーガリア戦記  作者: さくも
第4章 北海の戦い
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4-1「おれは落ち着いているよ。頼む、行かせてくれないか」

第4章に入ります。引き続き、宜しくお願い致します。

 クイダーナ地方南部に、ヨモツザカというダンジョンがある。

 死者の国へつながっているとも言われるヨモツザカの内部には、貴重なルーン・アイテムや財宝が多く眠っている。だが、ヨモツザカの内部はモンスターの巣になっており、生きて出てこられる者はそう多くない。


 そんなヨモツザカから半日足らずの場所に、トレジャーハンターたちの町がある。町の名はトレティック。ヨモツザカの中で手に入った財宝やルーン・アイテムが取引される町だ。町の人口はそう多くないが、商人とトレジャーハンターたちが毎日集まってくる。


 アルフォンはトレティックの町が好きだった。どこかニーズヘッグに似た雰囲気がある。そしてニーズヘッグと違って、この町は活気に溢れている。生命を感じるようなざわめき。


「飲んでっか、アルフォン!」


 絡んできたのはラッセルだ。二人は酒場で浴びるように酒を飲んでいた。百席を超える店内も、夕暮れをすぎると満員になる。


「ほら、飲んでるよ」

「乾杯しようぜ、ほらほら、かんぱーい!」


 何度目の乾杯だか、と思いながらもアルフォンはラッセルに付き合った。

 混雑した酒場の中はトレジャーハンターで溢れかえっている。酔いどれたちの罵詈雑言に、本当か嘘かわからないモンスター退治の話、ヨモツザカの内部の話、強力なカードの話や、いかがわしい商談、それにどこそこの店の女の子が可愛いなんて他愛もない話も聞こえる。


 ラッセルは陽気に振る舞い、他のトレジャーハンターたちに絡んでゆく。おいおい、と思いながらアルフォンはグラスを掴んで、一口だけ飲んだ。


 ――スラムでの爆発事故の後、ラッセルは巨大なクレーターを見下ろしてへたり込んで泣いた。とにかく泣き続けた。アルフォンは、ラッセルのその姿を見て、少しだけ冷静を保っていられた。現実に起きた出来事だというのに、どこか遠い世界の出来事のように現実感がなかった。ミンの名前を叫びながら、泣き叫ぶラッセルの姿が、どうしても遠く感じた。


 どうしてこんなに認められないのか、アルフォンは考えた。爆発が起きたという事実は認められているはずなのに、ラッセルのように涙が出てこない。

 落ち着いたラッセルと今後のことについて話し合った。二人には目的がなかった。ヴィラから預かった金貨の袋はあったが、その使い道も思い当たらない。その金で守りたいと思っていた孤児仲間を、二人は失ってしまった。


「ヨモツザカへ行こう」


 ラッセルが言った。


「どうして? トレジャーハンターになる意味が、もうおれにはわからない」

「ヨモツザカは死者の国につながってる。だったら最下層まで行けば、ミンにも、ヴィラにも、エリザにも会えるかもしれないだろ」


「エリザは、生きてるんじゃないか? おれは炎を操るエリザを見たんだ」

「そんなバカな話あるかよ。あまりに信じられない出来事だったんで、気が動転して幻でも見たんだよ」


「だけど、おれはエリザを見たんだ」

「アルフォン、目を覚ませ。エリザも、ミンも、ヴィラも死んだんだ。あの大穴を見ただろ。生き延びてるやつがいるとは思えない」


「だが、確かに……」

「いい加減にしろよ、アルフォン。悲しいのはおれも一緒さ。信じられないし、信じたくないのも、おれも一緒だ。だけど、死んでしまったやつが生きているんじゃないか、なんて幻想からは目を覚まさなきゃいけないんだ。さ、アルフォン、行こうぜ。ヨモツザカの最下層まで行けばみんなにも会えるかもしれない」


 半ば強引にラッセルに押し切られ、二人はトレジャーハンターになった。

 危険の多いヨモツザカだったが、二人の集めていたカードの中に「あたり」のカードがあった物だから、これまでモンスターにもやられずに生き延びてこられた。それどころか、珍しいルーン・アイテムを見つけ出してきて売り払ったおかげで、今や二人は小金持ちと言ってもいいくらいに裕福になっている。


「おばちゃーん、酒、おかわり」

「はいはい、いま行くよ」


 ラッセルが大声をあげて、酒場のおかみさんが答えた。


「あんまり飲みすぎるなよ」

「大丈夫大丈夫、まだ飲み始めたばっかじゃねえか」


 その割には泥酔しているように見えるけどな、とアルフォンは思った。ラッセルは酒のお代わりをもらうと、また他のトレジャーハンターに厚かましくも絡みにいった。


(その社交性を少し分けて欲しいよ、本当)


「まったく、あの子は元気だねえ」


 おかみさんの呟きに、アルフォンは「まったくですよ」と相槌を打った。その時、酒場のドアが勢いよく開いて、何人かの男たちが入ってきた。


「みんな、聞いてくれ! 新たな女帝が立った! クイダーナ帝国の復活だ!」


 男たちは入ってくるなり大声で言った。全員が簡易な武装をしている、この町では珍しい傭兵のようだ。

 酔っ払いたちは一瞬しんとしてから、皆が皆、大声で笑い始めた。


「何言ってるんだよ、帝国の復活だって? ジャハーラ卿やゼリウス卿が動いてないのに、何が帝国の復活だよ」

「いいか、よく聞けよ? そのジャハーラ卿とゼリウス卿が、新しい女帝の下に集っているんだ。それも、背徳の騎士ルイドも配下に置いている。帝国の復活なんだよ」


 アルフォンは、馬鹿々々しいと思いながら酒をあおった。支配者が変わるからなんだというのだ。確かにトレジャーハンターは魔族や混血がほとんどだ。それだけで帝国軍に加わる意味はある。だがそう簡単に人間族の世が変わるとも思えない。


「例の、黒女帝を継いだとかいう少女か? なんだ、ジャハーラ卿に倒されたんじゃないのか」

「それが、ジャハーラ卿に打ち勝ってその力を示したんだとよ。魔都で即位して、クイダーナ帝国の復活を宣言したらしい」

「黒女帝に、炎熱の大熊公に、青眼の白虎公に、背徳の騎士だ? どこのおとぎ話だよ」


 興奮のままに情報を広めようとする傭兵風の男たちの話を、酔っ払いたちは茶化しながら聞いている。それはそうだ。どの名前も詩の中でしか知らないのだ。アルフォンは酒のお代わりをおかみさんに頼んだ。


「これがどれだけ重要なことか、お前らわからないのか。魔族の世を取り戻す、またとない機会なんだぞ。帝国軍に加わろうとは思わないのか?」

「戦争に行って死ねっていうのか? ごめんだよ。それならヨモツザカに潜ってモンスターに襲われて死ぬ方が万倍マシさ」


 酔っ払いたちがまた笑う。アルフォンは酒のお代わりを受け取って、一緒に笑った。王国軍と戦って勝てると思えるほど楽観主義者ではない。

 そもそも、ジャハーラにしてもゼリウスにしても、王国には勝てないと思っていたから辺境の領地で大人しくしていたんじゃないのか。そんな負け犬がいまさら集まったところで、じきに討伐されるだけだろう。


「もういい、おれたちは魔都クシャイズへ向かう。新女帝エリザ様の下で、魔族の復権の為に戦うぞ」


 傭兵風の男たちが、酒場を出て行こうとした。アルフォンは思わず立ち上がって、一番近くにいた傭兵の肩を掴んだ。


「エリザと言ったか?」

「ああ、新女帝の名前だ。黒女帝の力を継いだと聞いている」

「……おれも連れていってくれ」


 アルフォンは一瞬、自分でも何を言っているのかわからなかった。口が勝手に動いたようだった。


「いいのか?」


 傭兵風の男が訊ねた。アルフォンは一瞬迷った。だが、どうしてもそうすべきだ、という自分の思いに気が付いて、頷いた。


「おい、アルフォン! 何言ってんだよ! おれたちの知ってるエリザじゃない! エリザなんて名前、どこにでもいるだろ? ……酒が回ってるんだ、少し休もう」

「ラッセル、前に言ったよな。やっぱりあの時の爆発を起こしたのはエリザだったんだよ」

「黒女帝の力を継いだってか? そんな話、あるわけないだろ。あれは隕石か何かが落ちたんだ。いいから少し落ち着け」

「おれは落ち着いているよ、ラッセル。頼む、行かせてくれないか」


 ラッセルは、ああ、もう、と言って頭を掻きむしった。


「お前にまでいなくなられたら、おれはいったいどうすればいいんだよ。わかったよ、おれも行くさ! それでアルフォンの気が済むんだったら、付き合ってやるよ。……おばちゃんこれ代金な、置いとくよ。美味しかった」

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