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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-33「どうかクイダーナを、魔族をお導きください」

 解放軍の兵は、一万人を超えた。一眠りしたエリザは、そう報告を受けた。

 ゼリウスの加入については、スッラリクスが手を打って可能な限り流布した。そのかいもあって、魔都に戻れなかったり、戻らなかった者のほとんどが解放軍に投降した。志願する者も後を絶たないという。


 だが、エリザは兵数が増えたことよりも、死者の数を気にした。いったいどれだけの者が、戦の中で死んだのか。


「現在の時点で、報告を総合すると三千人強というところです。火の海に飲まれて死体が発見されていない者や、遠くへ逃れて死んだ者もいるはずです。それらも合わせれば倍近くになってもおかしくはありません」


 倍にすると、六千人だ。

 ダリアードの町を出たときに二千の兵に囲まれて移動したのを、エリザは思い出した。あの時はずいぶん大勢に感じたものだ。それなのに……その三倍もの人が、たったの一夜にして死んだのか。


「ジャハーラ卿の兵の中には、混戦の中で行方をくらました者も多いはずです。兵の上ではジャハーラ卿とほぼ互角という形になるでしょう」

「だけど、敵には魔都の厚い城壁がある」

「その通りです。ですが、野戦での勝利に加え、ゼリウス卿がこちらへ加わってくれたことで情勢は大きく動きました。魔都内の兵や住民たちも、大きく割れることでしょう」


 軍の再編もそこそこに、エリザたち解放軍の一万余りの軍勢は、魔都へ進んだ。先行するのはゼリウス麾下の三百騎と、一角獣(ユニコーン)に跨るディスフィーアである。スッラリクスとレーダパーラは後衛と輜重の指揮にあたっている。後衛の防備は黒樹(コクジュ)である。

 エリザはルイドの馬にまた乗せられ、軍の中央にいた。ルイドの両脇を、サーメットとナーランの兄弟が駆けている。二人がエリザの護衛の為に近くを歩かせてくれ、と言ったとき、エリザはルイドに意見を求めた。


「私は二人を信用したい。ルイドは反対?」

「エリザ様の思う通りになさってください。ただし、移動は私の馬です」


 二人がもし剣を向けてきても守り切れる、という自信の表れだと、エリザは理解した。エリザは頷いて、二人に馬を与えようとしたが、サーメットは首を振った。


「私たちは将ではありません。徒歩で十分です」

「でも、あなたは帝国旗を持っているし、ナーランは……」


 ナーランは、ターナーの死体を担いでいる。


「心配には及びません。私たちはこれでも魔族です。体力にも自信があります」

「それならば、旗持ちとしての役割を与えるわ。皆が集う場所を示す、重大な役目よ。それならば馬に乗っても良いでしょう?」

「しかし」


 断り続けようとするサーメットに、ルイドが「くどいぞ」と言った。それで、二人は騎乗した。


 魔都が、見えてきた。高い城壁が威圧するようにも見える。丘や山の上からは見えた魔都内部の風景も、城壁に遮られて、地上からでは見ることは叶わない。門の外には、エリザの故郷であるスラム街も見える。


 先頭を駆けていたディスフィーアが、兵の列を逆走してエリザのもとへ駆けてきた。


「エリザ様、報告です。魔都の門が開いています」

「……見間違いではないのか」


 ルイドが訝しんで、訊ねた。魔都の門は城壁全体から考えると信じられないくらいに小さい。とは言っても、馬上の大男でも悠々と通れる大きさはあるのだから、城壁が大きすぎて小さく見えるのだ、ということはエリザにもわかっている。


「間違いないです。ゼリウス様に命じられて、私は門のすぐそばまでユニコで駆けました」

「……罠か? 魔都の外に伏兵を用意する余裕など敵にはないだが……。念のために四方へ斥候を放て」


 ルイドが指示を飛ばした。斥候が駆けてゆく。

 ゆっくりと進軍した。斥候が戻って来たが、いずれの方向にも伏兵の姿は見当たらないという。


 やがて魔都の正面に着いた。確かに城門が開かれている。まだ後衛のスッラリクスたちは追い付いてきていない。


「エリザ様、あれを」


 城門から、一騎出てきた。もう老人と言ってもいいだろう、赤髪に白髪が混じっている。「ジャハーラ公のご子息、アーサーです」とルイドが耳元で教えてくれた。白旗を掲げている。


「解放軍の兵士諸君、どうか聞いてほしい。我が父ジャハーラは、これ以上クイダーナの民の血が流れることを望まない。全面降伏を、どうかお許し願いたい」


 エリザはアーサーが嘘をついていないことを見抜いた。


「虫が良すぎるとは思わないか。これまで散々に我らの邪魔をしておきながら、ここにきて降伏だと」

「ルイド将軍、虫が良い話だとは重々承知しています。我らの処遇はいかようにもなさってください。ですからどうか」

「なぜ、クシャイズ城に白旗を掲げない」

「父が許しません。誉あるクシャイズ城に、白旗を掲げるなど。……負けたのは我らであり、魔都でもなければ魔族でもないのです」

「罠ではないという保障は?」

「ありません。私の身柄であればどうぞ拘束なさってください」


 アーサーが、馬から降りた。エリザは息を大きく息を吸った。


「あなたの言葉を信じるわ。ジャハーラ公爵の所へ、案内して」


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 玉座の間で、ジャハーラはエリザたちが来るのを待っていた。玉座につながる階段の下である。傍らには剣を携えたカートがいる。二人とも鎧を着ていない。

 ジャハーラは死ぬつもりだった。だがその前に、エリザの姿を一目見たい。真に支配者たる器かどうか見定めたい。それさえ終われば、もう思い残すこともない。カートに帯剣させているのは、自分を殺させる為であった。


 ゼリウスが敵に回った。唯一の理解者だと思っていたゼリウスが、敵に回った。同じ純血種であり旧クイダーナ帝国の公爵であり、同じ四十年の苦汁の日々を味わったゼリウスが、敵に回った。


「黒女帝ティヌアリア様の名を穢す前に、軍を引いたらどうだ」


 ゼリウスは確かにそう言った。盟友の言葉は、ジャハーラの中で重く響いた。


(……このおれが、ティヌアリア様の名を穢すだと?)


 そして、ジャハーラは野戦でルイドに敗れた。アーサーとカートの責任ではない、すべてジャハーラ自身の慢心が招いた結果である。そのことはジャハーラ自身が最も分かっている。

 もはや人心はジャハーラから離れ、エリザたち反乱軍に大きく傾いている。貴族たちを磔にした時の炎に燃えるような怒りは、もう静まっていた。


(黒女帝の名を、おれが穢したと言ったのか)


 それも魔術ではなく、あの無口なゼリウスが言葉を発してそう言ったのだ。怒りに身を任せるばかり、大切な物を見失っていたのではないか。ジャハーラは今では、そう思っている。

 玉座を見上げる。両肘掛にあしらわれた二匹の蛇が、じっとジャハーラを見下ろしている。どこか憐れまれているような気持ちに、ジャハーラはなった。


 重い金属音を立てて、扉が開いた。金髪の少女が、玉座の間に姿を現す。


「お久しぶりです、ジャハーラ卿」

「……ルイドか。四十年ぶりだな」


 エリザに付き従って入って来た漆黒の騎士と、ジャハーラは一言だけ会話をした。ルイドが人魚の血をすすったのだ、ということは風の噂で耳にしていた。四十年前から姿の変わらぬゼリウスの姿もある。二人を見ていると、月日の流れを忘れるようだ。その後ろに控えるのは自分の子どもたち……サーメット、ナーラン、ディスフィーアである。


「黒女帝を継いだというのは、あなたか……」

「エリザよ」


 少女の周囲に、尋常ではない数の精霊が集まっている。ゼリウスやジャハーラ自身にも引けを取らないだろう。もしかすると、もっと上かもしれない。少女が、純血種並みの力を持っているのは間違いがない。


「なるほど。ルイドやゼリウスを従えるだけのことは、あるのですな……」


 ジャハーラは目を閉じた。エリザが黒女帝を継いだというのが本当であれば、おれはいったい今まで何をしていたのだ。いったい、何の為に怒り狂い、いったい、何の為に多くのクイダーナの民の血を流したのか。


 どうして、確かめようとしなかったのだ。会ってみれば、こんなにすぐに彼女が本物だと分かるというのに。

 言葉を交わすまでもない、とジャハーラは思った。エリザは、本物だ。纏っている力も、意志の強さも、まるで黒女帝そのもののようだ。


 ふ、と自嘲気味にジャハーラは笑った。ゼリウスの言った通りではないか。なぜ彼女が本物かどうか見極めるために、使いすらも出さなかったのか。

 そしてサーメットとナーランがこの場にいるということは、二人は見極めた上で、父よりもエリザを選んだということでもある。もし彼らをエリザのもとへやっていれば、無駄な血を流さずに済んだのだ。


「エリザ様、どうかクイダーナを、魔族をお導きください。私の首を持って、クイダーナの戦乱に終止符をお打ちください。どうか私に付き従った者たちには寛大な処分を、お願い致します。――そして願わくば、この玉座の間で、クイダーナの象徴たる二匹の蛇の御前で、果てることをどうか御裁可いただきたい」


 ジャハーラは、かつて黒女帝ティヌアリアが貴士王へ向けて、家臣の安全を乞い願ったことを思い出した。

 自分が死ぬのは、さほど怖いことではない。純血種として、十分な時を生きた。


 魔族の未来を預けられる、そう思える人に最期に出会えたのなら、この四十年の堕落の日々にも少しは意味を見出せる。


 アーサーが、剣を抜き、ジャハーラは目を閉じた。エリザの言を待つ。


 思えば、ずいぶんな時を生きた。統一帝の時代から、黒女帝の時代へ。そして人間族の時代になった。良いこともあり、悪いこともあった。死の間際にして、ジャハーラは自分のこれまでを振り返った。その時間があるという贅沢を、噛みしめていた。


「――許さないわ」


 少女は穏やかに言った。


「ジャハーラ公爵、あなたにはまだやるべきことがある。それも、あなたが首だけになってしまってはできないことよ。私の目的に手を貸して。世界を変えるのに、あなたの力を貸して欲しい。だから、まだ死ぬことは許さないわ」


「……世界を変える、とおっしゃいましたか」


 黒女帝ティヌアリアでも成しえなかったことを、この少女は成そうというのか。


「ええ、そうよ。世界を変える。誰も傷つかないですむ世界を、作るの。……炎熱の大熊公ジャハーラ。その為に、あなたの力を貸しなさい」

明後日の更新から第4章に入ります。

どうぞ宜しくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三章まで読ませていただきました。 ターナーが良いキャラでした。あの右往左往ぶりが、この章全体を象徴しているようで。 だからこそ最期が印象的でした。 [気になる点] 今回も二点、すいません。…
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