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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-25「ジャハーラ公を相手にして、貴君らは戦えるのか?」

 エリザに呼び出されて、ディスフィーアは幕舎へ入った。本営である。反乱軍の主だった者たちがすでに揃っている。幕舎の最奥、上座にエリザ、その脇にルイドが控えている。スッラリクスやレーダパーラは千人隊長たちと同列にいる。

 サーメットたちも呼び出されていたようだ。兄弟揃って入り口そばで固まっている。


「揃ったわね」


 エリザが口を開いた。それぞれが話を止めて、エリザとルイドに注目した。


「スッラリクス、状況の説明を」

「はい……。ジャハーラ殿が魔都にてクーデターを決行しました。貴族たちは城門に磔刑になり、魔都は完全にジャハーラ殿の手に落ちました」


 ディスフィーアは息を呑んだ。諸将も同様の反応をした後、ざわめき始める。


「ジャハーラ殿は、我らと戦うつもりです。敵は三万」

「さ、三万? それでは、魔都に集結した全軍ではないですか」


 ナーランが思わず声をあげた。人間族の兵たちまでジャハーラに従っているのか、という疑問が底にあるようだ。スッラリクスが頷き、ざわめきはより強くなった。


「私は――」


 エリザが再度、口を開いた。ざわめいていた諸将が口をつぐむ。静かになったのを確認してから、エリザは言葉を続けた。


「ジャハーラ卿と戦うのは本意ではないわ。できれば戦うつもりはなかった。でも、どうしても出てくるというのならば打ち破る他にない。私が黒女帝を継いだということに納得がゆかないのならば、力づくでも納得させる。でもジャハーラ卿を殺すつもりはないわ。彼の力はクイダーナに必要なのでしょう、スッラリクス」

「はい、おっしゃる通りです。ジャハーラ殿は、ゼリウス殿に並ぶ、生きる伝説。今後、王国軍と戦うにあたって、ジャハーラ殿の力は必ず必要になります」


「悪い夢を見続けている炎熱の大熊公を、眠りから覚めさせる。その為の戦いだ。――エリザ様、下知を」


 スッラリクスの言を引き継ぐようにして、ルイドが言った。


「軍全体の指揮はルイド、副官にスッラリクス。編成はルイドに一任します」

黒樹(コクジュ)殿はどちらへ?」

「黒樹には特別な任を命じてあるから、今回の編成からは外すわ。――騎兵五百を別働部隊として、その指揮をディスフィーア」


 ディスフィーアは、肌が震えるのを感じた。母の違う三人兄弟を含む、その場にいた全員が一斉にディスフィーアを見た。


「とはいえディスフィーアは客将、無理強いはできないわ。だからこれは命令ではなく頼み。ディスフィーア、受けてくれないかしら?」


 エリザの赤い瞳が、まっすぐディスフィーアを見ている。ディスフィーアはエリザの目をしばらく見つめ返した。兄弟の瞳より、オレンジに近い瞳だ、とディスフィーアは思った。

 そっと視線を動かす。ルイドはいつものように考えの読めない笑顔を浮かべている。スッラリクスは申し訳なさそうに顔を伏せている。千人隊長たちは驚きの表情を隠そうともしていない。ターナーとナーランも似たようなものだ。


 サーメットと目が合った。お前が決めることだ、と、言っているようだ。

 ディスフィーアは頷き、エリザの目を再度、しっかりと見つめ返した。


「お受けします、エリザ様」

「ありがとう、ディスフィーア」


 エリザが、頭を下げた。


「我らは、どうしたら?」

「ジャハーラ公を相手にして、貴君らは戦えるのか? 妹君は受けてくださったが」


 サーメットの問いに、ルイドは問いで返した。サーメットはそれ以上、何も言わなかった。


「すぐに答えられないようなら、信ずるには足らんな。何せジャハーラ公と戦おうというのだ。戦の最中で裏切るかもしれん男を要職に置けるものか。エリザ様のご意思でなければ、この場にも呼んでいない。かといって、手をかけるつもりも、捕虜にするつもりもない。エリザ様がおっしゃった通り、貴君らにはこの戦いの見届け役になってもらおう」


 意地の悪い言い方だ、とディスフィーアは思った。やはりどうしてもルイドは好きになれない。人の心を逆なでするような物言いをわざとする。


「では配置を指示する。だがその前に、ジャハーラ公のご子息方には退室願おうか」


 ターナーがディスフィーアの方を向いた。何か言おうとしてきたが、それはサーメットが止めてくれた。ディスフィーアは、サーメットの配慮に感謝した。今は何も言わないで欲しい、そう思っていたのだ。

 サーメット、ターナー、ナーランが出てゆく。何のために三人を呼んだのか、ディスフィーアは考えた。もしジャハーラと戦えると三人が言えば、ルイドは彼らにも指揮権を与えたのか。


 ルイドが地図の上に駒を置き始めた。

 戦が始まるのだ、とディスフィーアは理解した。まだ、肌は震えている。武者震いに違いない、とディスフィーアは思った。


 軍議が終わるとすぐにスッラリクスが謝罪に来たが、ディスフィーアは取り合わなかった。


「戦いが終わった後に聞くわ。魔都はすぐそこよ、立ち止まっている時間は、今はないわ」


 ルイドが布陣すると決めたのは、魔都の東に位置する山だった。魔都までの距離はちょうど一日と現在地とそう変わらないが、魔都を見下ろすことができる。

 山に拠点を構えることにはディスフィーアは賛成だった。敵の動きが把握しやすいし、守りやすく攻めにくい。攻撃を仕掛けるにしても、斜面を利用して勢いをつけやすい。


 ディスフィーアは幕舎を出ると、指笛を吹いた。颯爽とユニコが現れる。ディスフィーアはユニコに跨り、騎馬隊と合流した。


「ひと駆けするわよ」


 陣営を出て、駆けた。五百の騎兵が後ろに続く。後続の兵たちがついてこられるぎりぎりの速度でユニコを走らせ続けた。兵の練度を確認するにはそれが一番なのだ。

 ルイドは重役をくれた。ディスフィーアはそう思った。気に喰わない男だが、チャンスはくれる。


「単純な兵力で言えば四倍以上の差がある。騎兵は特に差が顕著で、こちらの十倍はいると見て間違いないだろう。そしてジャハーラ公は間違いなく、自身で騎兵を率いてくる。ディスフィーア殿には、そのジャハーラ公の騎兵をなるべく足止めしてもらいたい」

「たった五百騎で?」

「勝て、とも、ジャハーラ公の首を持ってこい、とも言わない。歩兵どうしが戦いあっているところに、ジャハーラ殿が率いる主力の騎兵が突っ込んでくるような事態を避けたい。……できないか?」

「できないなんて、一言もいってないわ。やってみせるわよ」


 五百騎で、敵の五千騎を止める。とんでもない大仕事だ、とディスフィーアは思った。それも、敵には一騎当千の純血種ジャハーラがいる。


 少しでも生き残る可能性を高めるには、まず自分の部隊の動きを把握しきらねばならない。

 駆け続けた。陽が落ちる頃には、ルイドが戦場に指定した山に、たどり着いた。


 遠くに、魔都の仄かな明かりが見える。闇の中に浮き出たように、ぼんやりとした頼りげのない光……。


「戻らないのですか?」


 兵の一人が訊ねた。ディスフィーアは「そうね」と答え、馬首を返した。


 ふと、ゼリウスの調練を思い出した。駆け通させて、空腹に耐えさせる。信じられないような調練を繰り返して、兵は強くなる。

 この戦いが終わって、もし生きていられたら、ゼリウスの下で練兵や指揮について教わるのもいいかもしれない。


 だがその前に立ちふさがる壁はあまりに高い。ジャハーラと戦わねばならないのだ。


 父と戦えるのか。戦える。ディスフィーアは駆けながら、何度も自問し、自答していた。

 スッラリクスはジャハーラと戦うことにはならないと言っていた。ディスフィーアは、心のどこかでその言葉に頼っていた自分に気が付いていた。


 父と戦えるのか。……戦わなきゃいけない。

 死ぬかもしれない。漠然と、ディスフィーアはそう思った。


 風が冷たい。後続の兵たちも、冬の夜闇を駆け続けるのは堪えるだろう。


 父と、戦えるのか。

 ディスフィーアは目を閉じた。ディスフィーアが指示を出さなくても、ユニコは意思をくみ取って走り続けてくれる。


 ――父を、見返す機会が来たんだ。

 それが答えだ、とディスフィーアは思った。目を開ける。クイダーナに戻ったときから、ずっとそう思っていたはずだ。だから、それが答えだ。ディスフィーアはそう思った。自分に言い聞かせた。


 思いに応えるように、一角獣(ユニコーン)は速度を上げた。後続の騎兵たちと距離が空くのを、ディスフィーアは感じた。

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