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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-24「獲物の力も推し量れないのでは、猟師とは言えません」

 ジャハーラが魔都を制圧した、とスッラリクスに知らせが入ったのは、すでに魔都まで一日の距離に迫った時だった。

 城門に貴族たちを磔にし、魔都内部を制圧したジャハーラは、あろうことか全ての城門を解放した。従わぬ者は去れ、そういう姿勢だった。それで魔都から逃げてきた者によって情報が入ったのだ。


 魔都が閉ざされていた今まではダルハーンから情報がもたらされていたが、先の知らせ以来、ダルハーンは顔を出さなくなっていた。


 スッラリクスはすぐに、エリザ、ルイド、黒樹(コクジュ)と相談の場を設けた。ジャハーラの家族である四人とレーダパーラは数から外した。


「ついに炎熱の大熊公が立ったか。だが使者が来ないところを見ると、おれたちとも戦うつもりなのだろうな」


 ルイドが言い、スッラリクスは頷いた。四人を囲む机には魔都周辺の地図が広がり、それぞれの軍を表す駒が置かれている。


「ジャハーラ卿は魔都の城門をすべて解放しましたが、魔都を離れる者はわずかです。魔術による統制ももちろんあるにせよ、それだけではないでしょう。貴族に連なる者たちを人質に捕らえ、それで人間族を指揮下に加えていると聞きます。爵位を持つ者はすべて城門に磔にされ見せしめになっています。だからこそ人間族の兵たちもジャハーラ卿に逆らうことができずにおります」


「魔都から逃げてきた者は、いずれも家族を持たぬ者たちばかり、ということか」

「ええ。人質は取っておきながら、去る者は追わない。それで残った兵は、あたかも自分で残ることを選択したような気持になります。それに魔都に集められた糧食や物資を各地へ再分配する目的もあるでしょう。あくまでジャハーラ卿はクイダーナの為に動いています」

「さすがジャハーラ公だ。無駄がない」


 その通りだった。そしてスッラリクスは、ジャハーラを仲間に引き入れるつもりで策を巡らせていた。

 だがジャハーラは想定外の動きをした。自身で脱出したばかりか貴族を一掃して兵をまとめあげたのだ。どこで狂ったのだ、とスッラリクスは考えた。あまりに貴族が無能だった? ――いや違う。


「ジャハーラ公と敵対するとは思わなんだが……。これはスッラリクス殿を責めるわけにはいかないな。ジャハーラ公が胸の内に秘めていた炎を、誰も止められなかった。そういうことだろう」


 ルイドが、スッラリクスに助け舟を出した。責められると思っていただけに、スッラリクスは謝罪の機を逃した。最悪の場合、魔都攻略後であれば処罰を受ける覚悟さえしていたのだ。


「エリザ様、申し訳ございません」

「どうして謝るの?」

「ジャハーラ卿と戦わず、血を流さずに魔都を落とすつもりでした。ところがジャハーラ卿は我らと戦うつもりです」

「それならルイドがたった今、スッラリクスの責ではないと言ったばかりよ」


 エリザの瞳は決して怒ってはいなかったが、確固たる芯があるようにスッラリクスは感じた。


「しかし」

「くどいぞ」


 何とか謝罪を続けようとするスッラリクスを、ルイドが遮った。


「猟師が知恵を絞って網を張った。ところがその網で捕まえたのが火を発する怪物で、捕らえたはずが網が燃やされてしまった。それだけの話ではないか」

「獲物の力も推し量れないのでは、猟師とは言えません」


 スッラリクスは、自分を卑下するような発言をした。

 ルイドは立ち上がると、乱暴に机を殴りつけた。地図の上に立ててあった駒が倒れる。スッラリクスは思わず肩を震わせた。


「一つ勘違いしているようだから言っておく。智将が智を尽くすのは当然だ。だがそれだけで、怒りに燃え滾る男が止められるものか。それも、相手は炎熱の大熊公だぞ。これ以上、力不足だったなどと言葉を重ねるのであれば、それはジャハーラ公への礼を失している。智謀でいかな網を張ろうが、それを破る猛獣はいるのだ」

「…………」

「智将の出番は終わりだ。戦のことは武将に任せておくんだな」


 スッラリクスは心臓を鷲掴みにされたような気分で頷いた。顔が真っ青になっているのが、自分でもわかる。

 理解が追いつかない。だが、ルイドの中の触れてはいけない部分にまで届くような言葉を発してしまったのだ、ということだけは理解できた。


「戦の話をしよう。兵力差は?」


 スッラリクスは軽く息を吐くと、説明を始めた。


「解放軍は現在六千。この調子では魔都から脱出してきた者を加えても七千が良いところでしょう。ルイド殿の部下が集めている兵がスラムに約一千、埋伏していますから、それも合わせて八千。対してジャハーラ卿の兵力は三万を数えます」

「八千対三万か。なかなか健闘した数字ではないか」


 ルイドがにやりと笑った。


「そのうち、騎兵の数は?」

「自軍は約五百騎、敵軍の情報は魔都からの脱走者の情報をまとめるに、五千騎は用意されています」

「なるほど。そうなると機動力では敵が勝るわけだな。後はスラムの一千とどうやって連絡を取るか、ということか」

「はい。伏兵という形にできますから、魔都から出てきた本隊の後方を攻撃することができるはずです」


 ルイドはしばらく黙った。スッラリクスは、自分が汗をかいていることに気が付いた。それも尋常ではない汗だ。ルイドの殺気にあてられたようだ。スッラリクスは袖で額をぬぐった。


「黒樹、ダークエルフは何人残っている?」

「八十四名です、ルイド将軍。三名は本営の護衛に回していますので、部隊としては八十一名になります」

「そうか……」


 いくらダークエルフが通常の兵より強いとはいえ、たった八十名である。数千人単位の戦いになってくると、どうしても単一戦力として考えるには心もとない数字になってくる。

 妥当に考えれば、黒樹が歩兵部隊の指揮を執り、ルイドが騎馬の指揮を執る、という形になる。だが、ルイドが口に出したのは違った配置だった。


「スラムには、ダークエルフ部隊に行ってもらおう。黒樹はダークエルフ部隊を率いて、そこで埋伏の兵と合流し、機を見て敵の後方を衝け。透明化(インビシブル)の精霊術があれば、スラムに潜入するくらい訳ないだろう」

「わかりました、ルイド将軍」

「……待ってください!」


 スッラリクスは思わず口を挟んでいた。


「兵の指揮はどうするのです? 六千五百名もの歩兵の指揮を執れるのは、ルイド将軍と黒樹しかいないのですよ。それに、騎馬隊の指揮を執る者も必要です」


 数百人単位ならともかく、数千の兵を指揮できる自信がスッラリクスにはなかった。騎馬に至っては、乗ることはできてもとてもじゃないが戦うことなどできない。


「将ならいるではないか。それも四人もいるはずだ。――だが、そうだな、敵はジャハーラ卿だ。ジャハーラ卿の子息である三人には任せられないか。だがもう一人いるはずだ」

「ディスフィーア、ですか」

「一角獣に乗る戦乙女(ヴァルキュリア)だ。騎兵の指揮を執るに、これ以上の人材はそういないと思うがな」


 スッラリクスはルイドをじっと見た。ルイドは先ほどのように激昂するわけではなく、いつもの冷ややかな目線でスッラリクスをじっと見つめ返す。

 ディスフィーアがジャハーラの娘だということは、ルイドも知っているはずだ。それでもなお、ディスフィーアに騎兵の指揮を執らせようとしている。


「ですがディスフィーアは……」

「他の三人は紛れもなくジャハーラ公の臣だが、ディスフィーア殿はゼリウス公の名代ではなかったかな」


 スッラリクスは答えに詰まった。その通りである。


「安心しろ、歩兵の指揮はおれが執る。軍の指揮というものを、スッラリクス殿にお見せしてしんぜよう」


 ルイドは不敵に笑う。しかし、と続けようとしたスッラリクスをルイドは遮った。


「もはや知略の戦いではない、武勇を争う段階なのだ。そして相手はジャハーラ公で、四倍以上の兵力差を持って叩き潰しに来る。小細工でどうにかなるような戦ではない。腹の底から力を出し切って、ようやく止められるかどうか、そういう戦いになるだろうさ。使える人間がいるなら使わないでどうする」


 スッラリクスは、また自分が汗をかいているのを感じた。

 譲れぬ信条と、己が誇りをかけて戦う。そもそも全力を出し切っても、勝てる見込みの薄い戦いなのだ。

 これは自分が口を出していい問題ではない、とスッラリクスは理解した。武の戦いに智将が口を挟むな。ルイドはそう言っている。


「――まったく、武将としての血がたぎるではないか」


 ルイドは独り言のようにそう言うと、また口角を上げた。

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