表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
50/163

3-23「騒がないでください、男爵。見つかってしまうではないですか」

 ベルタッタンは、城下の娼館前で待機していた。バーカカ男爵の護衛である。バーカカ男爵はジャハーラに罪を着せる事に成功してからというもの、もはや勝ったつもりでいるようだ。外壁の外に反乱軍が迫っているというのに色に溺れている。

 バーカカ男爵は男女どちらの色も好んだ。金を持て余した貴族の中では、珍しいことではない。


 軍議でさえ仮病で休み色に溺れるバーカカ男爵に、ベルタッタンはもはや何も感じなくなっていた。

 侮蔑の感情さえ、この男に寄せるのはもったいない。最近では、そう思っている。


 城で爆発が起きた。何かが起きている。城下は静まり返り、鳥の鳴き声だけが良く響いた。遠く、城の方角から煙が上がっているのが見える。雲一つない快晴に、いくつかの煙だけが上がっている。

 ベルタッタンはクシャイズ城を見上げていた。絶叫が連続で上がる。快晴に似つかわしくない悲鳴が上がる。尋常でない事態が起きていることはわかった。


 バーカカ男爵に知らせるべきか、ベルタッタンは悩んだ。仮病を使って軍議を欠席しているという負い目からか、バーカカ男爵の護衛にあたっているのはベルタッタン一人だけである。

 少し、様子を見ることにした。何が起きているのかベルタッタン自身わからなかったのだ。状況の確認ができないまま動くと墓穴を掘りかねない。


 ジャハーラが、バルコニーに姿を現した。誰かを引きずっている。それがリズ公爵の身体だと理解するのに、ベルタッタンは時間がかかった。気を失ってジャハーラに引きずられているその様は、もはや人間にさえ見えなかった。

 城下の誰もがジャハーラの姿に注目していた。ベルタッタンも例に漏れず、ジャハーラの姿に注視していた。バーカカ男爵は、まだ娼館の中だ。


「聞け、魔都の民よ。

 苦汁をなめる日々に、決別するときがきた。

 立ち上がれ、武器を取れ!

 魔族よ、復権の時がきた。

 黒女帝に弑逆した人間族に、鉄槌を下す時がきた。

 黒き時代を思い出せ!

 力なき支配者に怒りの制裁を。

 故郷の父母や子に、あたたかな食事を。

 ……私腹を肥やす家畜どもをこれ以上のさばらせてはおけない。これ以上、黒女帝の名を、クシャイズの街並みを畜生が穢すのを、おれは我慢がならん。

 『炎熱の大熊公』の名に懸けて、純血種の誇りに懸けて、この魔都の浄化を宣言する」


 ジャハーラの言葉は、一言一言が重かった。身体中の血が巡りを速めてゆく。

 この身体中を駆け巡る感情はなんだ? ベルタッタンは冷静であろうと努めた。ジャハーラから発せられた言葉によって、後から植え付けられた感情ではない。ジャハーラの言葉によって、自分の中にある感情が呼び起こされている。


 自分の中にある感情?

 感情も何も、すべてをおれは売り払ったはずだ、とベルタッタンは思った。


 じゃあ、この気持ちはなんだ?

 この胸を突き破って出てきそうな、黒い感情はなんだ?


「魔族の兵よ、剣を抜け! 抵抗する者は斬り殺せ! 魔都クシャイズは、炎熱の大熊公ジャハーラが支配下に置く」


 ジャハーラはそう言うと、気絶したままのリズの身体を蹴りつけた。

 ベルタッタンはジャハーラを見ていられなくなり、その場にうずくまった。体内を駆ける感情と戦うことで精一杯だった。


「虐げられる苦しみを、四十年間の恨みを、晴らすときが来たぞ!」


 群衆の喚声が上がった。方々で火の手が上がり、金属がぶつかり合う音が響き出す。

 ベルタッタンがのろのろと立ち上がると、ちょうどバーカカ男爵が騒ぎに気づいて娼館から出てきた。


「あれはリズ公ではないか! なに、ジャハーラ子爵が裏切ったというのか?」

「そのようです。リズ公がああなっているということは、すでに城内は制圧されたも同然でしょう」


 ベルタッタンは何とか主の言葉に答えた。胸の中の炎は、どうにも消えそうにない。

 バーカカ男爵は顎を撫でて考える素振りを見せた。


「むしろこれはチャンスなのではないか? ジャハーラ子爵の乱を鎮圧したとなれば、これ以上の功はあるまい」


 どこまでも情勢の読めない男だ、とベルタッタンは思った。


「兵はどうするのです? 魔族の部隊の指揮権はジャハーラ子爵のご子息たちが担っていたのではなかったですか」

「人間族の部隊がルーン・アイテムを装備しているはずだ。それならば戦える」


 無理だ、とベルタッタンは思った。兵の半数以上は魔族の兵であり、彼らはジャハーラの名の下に集ったのだ。ただでさえ数の少ない人間族の兵だけで、それも貴族たちが人質に捕られた状態で戦うのは、分が悪すぎる。


「男爵、まずはジャハーラ子爵の出方をみましょう。貴族の一掃後、反乱軍側につくつもりであれば、我らは魔都を脱出しセントアリアまで逃げ延び、兵を借り受けて戻るべきです。城の内外に敵を構えては、いくらルーン・アイテムを用意したところで勝ち目はございません」

「そうか、反乱軍と同調していない可能性もあるのか」

「ええ、それを見極めてからでも遅くないでしょう。反乱軍と合流するようならば勝ち目はございませんが、もし反乱軍とも敵対するようであれば、その時こそが機になります」


 自分で言っておきながら、妙な感覚にベルタッタンは襲われた。何とかそれを押しとどめたまま、ベルタッタンはバーカカ男爵と共に身を隠しつつ移動した。


 民の歓声と絶叫が同時にこだました、城門の方からだ。身を隠した路地裏からでも、何があったのか把握するのは難しくなかった。

 貴族たちが服をひん剥かれ、磔にされて城門に晒されていた。中にはリズ公爵の姿もある。


(ジャハーラ子爵は、死ぬつもりなのか……?)


 王国貴族を処刑する。そんなことをすれば、いくら純血種が相手でも、王国は本腰を入れてジャハーラを討伐しにやってくるだろう。いくらジャハーラが強いと言っても、千万の大軍に囲まれては成す術がないはずだ。

 王国に対抗するつもりなら城外の反乱軍と合流を図るはずで、それがダルハーンの狙いだったはずだ。だが城門は開かれない。それどころか軍の再編をしているようだ。まるですぐそこに敵がいるかのように。

 違う。敵がいると認識しているのだ。ジャハーラは、反乱軍とも戦うつもりでいる。


 そんなことが可能なのか、と、ベルタッタンは考えた。ジャハーラが兵を率いれば、規模から言って反乱軍には勝てそうだ。だが反乱軍と戦い、疲弊した国力で、王国の精鋭と戦えるのか?

 無理に決まっている。たとえゼリウスの軍勢が加わったにしても厳しいはずだ。反乱軍と合流を果たしても厳しいというのに、どういうつもりなのだ。


 答えは一つしかなかった。ジャハーラは、死のうとしているのだ。

 死ぬ前に、どこまで力を出し切った苛烈な戦いができるか。それを天に問うているのだ。


 だが、なぜ?

 四十年の苦汁の日々にも耐えてきた男が、なぜ今になって? たった三日間、牢に入れられていた、それだけのことで……。


 ……それだけのことで?


「おい、ベルタッタン、どうした。様子を見てくるのではなかったのか」


 路地裏で身を潜ませているバーカカ男爵が、どうにも汚らしい畜生に見える。自分の欲望に忠実な獣。欲望以外の何も持たず、他人の不幸を何とも思わない。


(こいつらは、スラムの生活を知らない……。自分たちの生活が、誰かの犠牲によって成り立っていることを、ちゃんと見ようとしない……。そして、私の一生分以上の金を持っている……。人を虐げて得た金で、人を従わせている)


 ベルタッタンは腰の細剣(レイピア)を抜いた。


「や、やめろ! なんのつもりだ、ベルタッタン! 貴様をここまで可愛がってやったのは誰だと思っている!」


 命乞いの言葉を並べるその口に、ベルタッタンは細剣を思い切り押し込んだ。頭蓋骨にまで剣の切っ先が届くのを感じる。


「騒がないでください、男爵。見つかってしまうではないですか」


 バーカカは目を見開いている。何かを言いたさそうにしていたが、細剣が喉を貫いているから喋ることは叶わない。


「ジャハーラ子爵、いえ、ジャハーラ公爵。少しだけお気持ちがわかりました」


 これは、怒りなのですね。

 後先を考える気にもなれない程に強烈な、怒りなのですね……。


 ベルタッタンは、バーカカ男爵の口から、細剣を引き抜いた。血が飛び散り、ベルタッタンの袖を汚す。

 汚い血だ、とベルタッタンは思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ