1-5「――お前たち、絶対に許さない」
夜中、目を覚ますとヴィラの姿がなかった。路地裏で布切れで身体を覆い、身を寄せ合って眠っていたから、ヴィラの体温がなくなって寒さを感じたようだ。
アルフォンは両手に息を吹きかけ、ヴィラから預かった金貨の入った袋を腰に結び付けた。
ヴィラがどこに向かったのかはすぐに察しがついた。心配になって家に帰ったに決まっている。
アルフォンは怪しまれないように、酒を飲んで酔っ払った風に足元をふらつかせながら路地へ出た。
月が綺麗な夜だった。クイダーナの大地を赤く染め上げている。むしろ月さえ赤く染まっているようだ。
ふと空を見上げたアルフォンは、自分たちの家の方角に煙が上がっていることに、気が付いた。
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家の周りを松明を持った兵士と、槍を携えた兵士が囲っている。
信じられないことに、家の中にはまだ人がいるようだった。飛び出してきた子どもたちに、兵士が笑いながら槍を突き立てる。鮮血が舞う。倒れてゆく子どもの顔。煤で汚れていたが、それは今朝一緒に笑っていた仲間だった。エリザは、視界にかかる色が黒みを帯びてゆくのを感じた。
「やめて! やめてください!」
声が、聞こえた。ミンの声だった。エリザはようやく、耳が炎の音以外を認識できることに気が付いた。
ミンの姿を探すが、見当たらない。炎に耐えきれなかった家の柱が折れて、一角が崩れた。ミンは、子どもたちと円を組んで抱き合っていた。炎のない方向は、兵士たちが槍を構えて固めている。子どもたちは震えているようだ。ミンが、ゆっくり立ち上がった。
エリザは、自分のすべての感覚が麻痺しているのに気が付いた。ミン! 声を出そうと思っているのに声が出ない。駆け寄ってゆきたいのに足が動かない。炎がすぐそばまで迫ってきているのに熱さを感じない。
ミンは、兵士の前に一人で進んでいった。
「どうして? どうしてこんなことをするんですか?」
隊長格の男が、ミンの悲痛な言葉に返事をした。
「リズ公の命令だからだ。盗人どもを根絶やしにしろと。ダニを掃除しました、そう答えなきゃならないもんでな」
やれ、と隊長格の男が手で合図をする。ミンが、槍で突かれた。腹を突き抜ける。ミンの身体が少しだけ浮いた。
ミンは目を見開き、苦痛を漏らして顔を歪ませた。
「やめろおおおぉぉぉっ!!」
小さな影が飛び出してきた。ミンを突き刺した兵士に飛び掛かり、のしかかり、手にした石で何度も兵士の頭を殴りつける。ごうごうと家が燃え盛る中で、兜のひしゃげる音が響いた。ヴィラだった。
呆然と仲間がやられているのを見ていた兵士たちだったが、ヴィラを取り囲み、槍を突き立てた。
一本、二本、三本目がヴィラの身体を貫いたとき、エリザの中で何かが、弾けた。
拳を固く握る。爪が手のひらに食い込んで、血が滲む。
視界にかかっていた赤いもやが、エリザを中心に渦巻く。エリザは自分の身体を動かせるようになっていることに気が付いた。――いや、違う。
エリザは、あらゆることができることに気が付いた。
手を上げる。炎が、エリザの手を中心に集まる。
全員が、エリザに視線を集めた。
「――お前たち、絶対に許さない」
エリザは集めた炎を爆発させた。
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「どうなってんだよ」
ラッセルが呟いた。アルフォンは、むしろおれが聞きたいくらいだと思った。
アルフォンが燃やされている家に気づいて駆けてゆく途中で、ラッセルと合流した。ラッセルも家の方角から煙が上がっているのに気が付いて向かうところだった。
「ヴィラはどうした?」
「一緒に隠れてたんだが、寝てる間にどこか行っちまった」
「なら、あそこにいるかもってことだな」
「ああ」
頷いて、アルフォンはラッセルと共にスラムを駆けた。兵士の数が多い。もう酔っ払いのフリをしてやりすごしているような状況ではなかった。物陰に潜み、隙を見て後ろから襲うか、やり過ごす。
家に近づくにつれて、彼らの住む家が燃えているのが間違いなくなっていった。
それもただの火事ではない。兵士たちの集まり具合と行動から、彼らが消火活動に当たっているわけでないことは明らかだった。アルフォンはラッセルに、盗み取った袋の中身について話した。なんてこった、とラッセルは後悔の念を吐き出した。
(エリザ、ヴィラ、無事でいてくれ……)
ラッセルがミンのことを案じているのがアルフォンには痛いほどにわかった。
もうそこの角を曲がれば、家が見える。だというのに兵士が多くて近寄れない。物陰に潜みながら二人は焦れていた。そのとき、ヴィラの叫び声が聞こえた。
「やめろおおおぉぉぉっ!!」
何が起きたのか、想像するのは難しくなかった。二人は物陰に潜むのをやめて、ダガーを抜いた。覚悟を決めるしかない。
近くの兵士に襲いかかろうとした瞬間、ごうっと爆発が起きた。
爆炎が渦を巻いて、二人は宙に投げ出された。
炎が踊り狂っている。アルフォンはそう思った。炎が、まるで蛇のように長い身体をくねらせる。かと思えば、次の瞬間には大地をえぐるほどの爆発を起こす。
アルフォンは、遠のいてゆく意識の中で、炎を自在に操る、金髪の少女を見た。少女は、泣いているようだった。
「エリザ……」
呟きは、少女には届かなかった。
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「まさかとは思ったが」
えぐれた大地を見下ろして、冒険者風の男――ルイドは言った。
「黒女帝の力が移った、とお考えですか。私には未だ信じられません」
ルイドに並んで、雛見鳥のマスターが言った。馬を曳いている。
「信じざるをえまい、この光景を見せられればな」
隕石でも落ちたように、大地ごとえぐられたクレーターができていた。直径で近隣の家を含んで十棟ほどが入りそうな巨大な爆発跡だった。それがスラム街の端にぽっかりと空いている。何人死んだかわからないな、とルイドは思った。
これほどの魔力は魔族の中でも純血種が持つ程度の物だろうが、黒女帝の力がもしあの孤児の少女に移ったのであれば納得がいく。
ルイドはクレーターを降りていった。
クレーターの中央に、周囲の爆発とはまるで無関係に、無傷で眠る少女がいた。エリザだ。
ルイドはエリザを抱きかかえると、クレーターを登った。
馬に乗った兵士が走ってきて、爆発跡を確認すると去ってゆくのが見えた。報告を受けて、魔都クシャイズから偵察に来たに違いなかった。
「これからどうされます、ルイド様」
雛見鳥のマスターが訊いた。
「仰ぐべき主君は見つかった。すぐにでも魔都クシャイズを攻め落としたい」
「エリザが――いえ、エリザ様が素直に頷きますかな」
ルイドに睨まれ、雛見鳥のマスターは言葉を選び直した。
「頷かせる、いや、頷いてもらう。それより兵はどれだけ集められる?」
「すぐに、ということでしたらせいぜい二百と言ったところでしょう」
「ひと月。それでどうだ」
「千、いえ、千五百は集めます。もっとも、黒女帝の復活と、ルイド様の存在をにおわせて、というのが条件になってしまいますが」
「それでいい。集めてくれ。それまで、おれたちは身を隠す」
「わかりました。当てはあるのですか?」
「ダークエルフの森の近くに、リズ公に反旗を翻した村があるという。聞けば二回も討伐隊をうち返したらしい。そこならば安全だろう。それに、上手くいけば骨のあるやつが見つかるかもしれん」
「森の危機というわけでもないのに、ダークエルフが力を貸しているとも聞きます。良い考えかと」
雛見鳥のマスターは、ルイドに軽く頭を下げた。ルイドはエリザを馬に乗せると、自分も馬にまたがった。
「では、後のことは頼んだぞ」
「どうか、ご無事で」
ルイドは馬を走らせた。目的のダークエルフの森まで、馬の足で五日かかる。