3-21「私たちにそれを受け取る権利はありません」
朝になった。陽の光が差し込み、小鳥のさえずりがする。
サーメット、ターナー、ナーラン、ディスフィーアの四人はエリザに従軍の許可を求め、エリザは快諾した。
スッラリクスは「部隊の指揮は任せられませんが」と断った上で、エリザと同じように頷いた。
ルイドは終始無言だった。好きにしろ、とでも言っているようだった。
スッラリクスは軍にザイードの村まで進むよう伝令を出した。夕刻にはザイードの村の付近で合流ができる。それまで自由にしていてください、と言われ、四人は各々あてがわれた部屋に戻っていった。
兄弟がそれぞれ休みにゆく中、ターナーは置いていくことになった兵たちに会いに行った。傷が深く、魔都まで連れて行けなかった兵たちである。
「ターナー様」
兵たちは、ターナーの姿を見ると跳ね起きて頭を下げた。
「傷の具合は、どうだ」
ほとんどの兵が、もう動けるようになっていた。手足をなくし、戦いには参加できない者も中にはいたが、顔色は別れた頃より全員良くなっている。
ターナーは魔都でジャハーラが捕らわれたことと、これから自分が反乱軍に加わるつもりだ、ということを兵たちに共有した。
「どうか、我らも伴を」
「その気があるなら、話はつけておこう。それよりも、ここにいる間、不自由はなかったか」
「村の人々は自分たちが食うに困っている状況でも私たちに糧食を分けてくださいました。温かい毛布に、この住居まで用意してくださいました。それだけでなく、反乱軍が村に来た際にも、私たちを匿ってやり過ごそうとしてくれました」
「村長は、約束を果たしてくれたのだな」
ターナーは糧食を魔都から運び出せなかったことに、深い後悔の念を抱いた。
村長は約束を守った。だが、ターナーはそれに応えられなかった。男としてこれ以上に情けないことはない、とターナーは思った。兄を救う手立てさえ、エリザの力に頼ったのだ。
それに、もしベルタッタンの罠に嵌められなかったら、父や貴族たちの決定を無視してまで糧食を届ける為に動けただろうか。軍規に違反して、すべてを失う覚悟を持って約束を果たそうと思えただろうか。
村の人々は、自らの生命線である食糧を分け与えてでも、ターナーとの約束を守ろうとしたのだ。片方は生命を賭け、もう片方は言い訳をしては何も賭けられなかった。
責任感の強い兄サーメットなら、どうしただろう。きっと何らかの手を打ったに違いない。
行動力のあるナーランなら、必ず糧食を届けただろう。
それに比べて自分はどうだろう。兄や弟のように通った芯がない。
反乱鎮圧に出された時、むしろ反乱軍に加わればいい、と兄に言った。だというのに、いざ家族が殺されたと思い込めば反乱軍を敵だと思い込み、生きていると知って今度は味方に加えてくれと言っている。
兄や負傷兵たちを助けに戻りたいという意見を通すこともできず、決行することもできず、ただ流されてここにいる。
「情けない限りだな」
負傷兵たちと別れ、ターナーは一人呟いた。泣き言を、兵たちには聞かれたくない。
ふと、腰に手をあてて、そこにバーカカ男爵からもらった金があることを思い出した。
ターナーは村長の家を訪れると、出迎えた村長に頭を下げた。
「糧食を運び込むこともならず、大変申し訳ありません。兵たちや兄を匿い続けてくださったこと、心からの感謝を。情けない我が身をどうか許してください」
「許すなど。……頭を上げてください。我らこそ、エリザ様たちをこの村に入れてしまった。それでお相子です」
「それでは私の気がすみません。せめて、これだけでも」
ターナーは金の袋を村長に差し出した。
「戦時では無用とは存じています。これしか持ちだせず申し訳ない。我らはこれから反乱軍に加わり、魔都へ向かいます。私たち自身の目で見て、判断し、クイダーナの未来を選択します。できる限り早く、クイダーナに平和が訪れるように致します。それからの復興に、どうかこの金を役立てていただきたいのです。いただいた恩に対して、不足があるのは重々承知しております。残りは戦後に、必ず」
村長はだが、首を振った。
「いいえ、ターナー様。私たちにそれを受け取る権利はありません。頭を上げてください。私たちはエリザ様たちから物資の援助を受けました。もし金を受け取る権利があるとすれば、それは我らではなく、我らに支援をしてくださったエリザ様たちになります」
「だが、それでは……」
「ターナー様。クイダーナの民が最も求めていることは、なんだと思いますか」
「平和。それから魔族の復権」
「左様です。ならば、その為にこそ金をお使いください。私は、楽しみにしているのですよ。エリザ様がどのような世を作るのか見届けるのを」
ターナーは唇を噛んだ。
「……わかりました。金は、その為に使わせていただきます。私は、クイダーナに生を受けて良かった。魔族に、あなたのような方がいてくれて良かった。心からそう思います」
「吉報を、お待ちしております」
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牢に、つながれていた。
手枷だけでなく、目隠しもされた。用心には用心を、ということなのだろう。
クイダーナを統治しておきながら、この地方の人間族は、ジャハーラたち魔族の純血種に関してあまりに無知が過ぎる。
牢は腰のあたりまで水で満たされている。泉子の牢だ。
(まさか、このおれをここに閉じ込めるとはな)
ジャハーラは笑いを隠すのに必死だった。もともと、水の下位妖精である泉子を、クイダーナ城の牢に地縛させたのはジャハーラである。そして泉子もそれを理解している。牢につながれ、兵が出て行った瞬間、泉子は水を引かせた。
「久しぶりだな」
目隠しをされていてジャハーラは見ることが叶わなかったが、泉子は女性の姿をしている。
人間には見られないというが、もったいないことだ。なかなか目にできない程の美人なのである。人間や魔族では決して持ちえぬ儚げな雰囲気を漂わせている。
「ジャハーラ様、お久しぶりでございます」
声が震えている。攫うようにして牢に地縛させたのは遠い昔――統一帝の時代のことだったが、悠久の時を生きる妖精にとっては、さほどの時ではないのかもしれない。
「すぐに出られますか?」
何があったのか、とは泉子は訊ねなかった。手枷と目隠しをされたジャハーラに対しても決して礼儀を損なわず、強気に出ようとしない。
「いや、しばらくこのまま待とうと思う」
「そうですか。何日ほど?」
「三日だ。それ以上は時間の無駄にしかならん」
アーサーとカートが我慢の限界に達するのもそのあたりだろう。それ以上になってしまっては反乱軍が攻め入ってくる可能性もある。
祭りに出遅れるのはごめんだ、とジャハーラは思った。
「なんだ、三日おれと共に過ごすのが嫌なのか」
びくりと泉子が震えるのが空気だけで分かった。
「いいえ、そんなことは」
嫌われたものだな、とジャハーラは思った。




