3-20「気が済むまで語り合うといいさ」
ディスフィーアはたとえ村の中であっても、夜はユニコのそばで眠ることにしていた。ベッドで眠りにつくよりも、そちらの方が安心できる。母に包まれているようなぬくもりを感じられる。一人で眠りたくない。できることなら片時も離れたくない。
旅をしているときも、そうでないときも、ディスフィーアはユニコと必ず話す時間を取ることにしていた。話す内容は何でもいい。なんだってユニコは聞いてくれる。そして優しい眼でディスフィーアを見つめてくれる。その時間が愛おしいほどに大切だった。
「ねえ、ユニコ。サーメット兄さんは耐えられると思う?」
ユニコは答えない。ただじーっとディスフィーアの目を見つめているだけだ。紺色の瞳は、闇の中でも輝きを失わない。微かな星の光に照らされて、温かみを持ってディスフィーアを見つめてくれる。
ディスフィーアはその頬に手をあてて、語り続けた。
「心配? そう、心配してる」
サーメットの眠る住居を見守れる村の中の高台で眠ることにしたのは、サーメットが心配だからだ。自暴自棄になってどこかへ駆けだして行ってしまうのではないか。そういう危うさを感じたのだ。
「でも、たぶん大丈夫」
信じているんだね。ユニコがそう言うかのように、目をそっと細めた。
ユニコが、顔を動かした。町の外、魔都の方角を見る。
「どうしたの?」
ディスフィーアは立ち上がった。ユニコの見つめる方角を見るが、頼りない星の光では何もわからない。赤い大地がほのかに照らし出されているだけだ。
ディスフィーアは一角獣の首筋に手をあてた。ユニコが立ち上がり、腰を下ろしてディスフィーアを乗せた。何かが来ている。
村は寝静まっている。スッラリクスの言葉を信じる限り、敵襲ということは考えにくいが、万一の場合も考えられる。何か気配を感じたのなら、確認しに行って損はないはずだ。
ユニコを駆けさせた。村を出て、ユニコが何かを感じた方へ。
ユニコは村を出ると徐々に速度を上げた。ディスフィーアはその瞬間が好きだ。疾風になったような感覚が、身体の隅々にまで血を行き渡らせてくれているような気がする。
生きている。それを心の底から実感できる瞬間。ユニコに出会うまでの日々がすべて無意味だったかのようにさえ感じる、刹那の時間。
土煙が上がっている。ディスフィーアは目を凝らした。騎士が二騎、ザイードの村へ一直線に駆けてくる。
「止まりなさい!」
ディスフィーアが叫ぶと、二人の騎士は馬を止めた。ユニコを近寄らせる。
二人の騎士を、ディスフィーアは見たことがあった。サーメットの弟たち、ターナーとナーランだ。サーメットの弟ということはディスフィーアの兄弟にも当たるのだが、ディスフィーアはサーメット以外に肉親の情を感じていなかった。彼らはあくまで、サーメットの兄弟である。
「ディスフィーアじゃないか。その一角獣は? それから、どうしてこんなところに?」
ターナーが訊ねた。ナーランは具合が悪そうだ。
「それはこっちの台詞よ、どうしてあなたたちが? まさか父が捕らわれて逃げてきたんじゃないでしょうね」
「……嵌められたんだ、おれたちは。それよりディスフィーアは、まさか反乱軍に?」
気安く名前を呼ばないで、と言いかけて、ディスフィーアはやめた。その前に、二人がどうしてここにいるのかを訊かなければならない。
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ディスフィーアはだいたいの事情を共有すると、先んじてザイードの村に戻り、スッラリクスに二人の騎士が向かっていることを話した。スッラリクスは自由にしてください、と言った。
「エリザ様の申した通り、私たちに剣を向けない限り、あなた方と争うつもりはありませんよ」
念のため、エリザにも許可を取ろうとしたが、既に眠っているという。いくら反乱軍の旗頭として祭り上げられているとはいえ、まだ人間の年齢にして十歳かそこらの少女なのである。眠っていて当然だった。
一応、ルイドに話は通しておいた。
「気が済むまで語り合うといいさ。明日まではこの村に留まるようだからな。エリザ様には、おれから話しておく」
ディスフィーアはそこまで終えると、二人の騎士を迎えに行った。そしてそのまま、サーメットのいる建物へ案内する。サーメットはまだ起きていた。
「兄上、良くご無事で」
ターナーが涙声で言った。
ディスフィーアはナーランの鎧を脱がせ、手当てを施した。腹に受けた傷口が開いてしまっていたようだ。ナーランは手当てをされている間も、決して泣き言を口にしなかった。意地っ張りというわけではない。この末の弟は、何か強い物を持っているのだ、とディスフィーアは思った。
手当てが終わった。四人の兄弟は、それぞれの話を共有した。
「それでは、父上が捕まったというのは、本当なのだな」
「我らが濡れ衣を着せられた以上、間違いないでしょう」
「ですが気になる点があります。騒動のあった後、我らはほとんど休憩も取らずにひた走りました。それなのに、反乱軍は我らが来る以前より情報を持っていた」
「嵌めたのが、この軍の策だったかもしれない、というの?」
「そうだ。バーカカ男爵をそそのかした黒幕がいるのではないか、という気がする」
「それならそれでいいじゃない。エリザ様はサーメット兄さんを救ってくれた。私はそれだけで十分に信用に足りる人だと思うけれど」
「おれはなぜ助けられたのだろうな。こんな姿になっては、父上にお会いすることも叶わないだろうに」
「兄上、気持ちをしっかり持ってください。そうだ、父上と言えば気になることがあります。父上の魔力なら、人間族に囲まれたとしても逃げ出すくらいのことは十分にできたはずなのです。なのに、父上はそれをしなかった」
「お前はどう思うのだ、ナーラン」
「父上はわざと捕まったのではないでしょうか。それはゼリウス様と同じで、たとえば反乱軍にいるという黒女帝を継いだという少女の器を見極めるため、ということだったら」
「ターナーは、どうだ」
「私は、一度反乱軍に囚われ、解放されました。その時に彼女が言った言葉が嘘だとは思えない。彼女は本気で誰も傷つかない世界を作り上げられると思っている。だからこそ、これだけ反乱の規模が膨らんだ、とも言えます」
「純血種の力を持ってして、それが可能だと思うか? もしそんな夢物語が可能ならば、とっくに父上やゼリウス様が何とかしていると思うが」
「お二人が今日まで、人間族の支配に異を唱えなかったのはなぜでしょう。私はそれが黒女帝への義理に思えているのです」
「つまり、その子が本当に黒女帝の力を継ぐだけではなく、黒女帝と同じだけの皇帝としての器を持っているのならば、父上もゼリウス様もそちら側につく、というのだな」
「ゼリウス様は、私にそれを見極めてくるよう、言いつけられたわ。そしてもう私の心は決まっている」
「まさに賭けのような選択だな。それも自分一人の問題ではない、魔族全体の命運を左右しかねない問題だ」
「兄上、私はその子に直接言われたのです。父を抜きにして、自分の目で見て、自分で判断をしたらいいと。その為に一緒に魔都へ行こう、と。今もまだ同じことを言ってくれるならば、我らは見極めるためにここにいるのではないですか。ディスフィーアのように名代としてではなく、我ら自身がどう考えるのか、ということを問われているような気が致します」
話し合いは、夜明けまで続いた。