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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-19「性急に答えを聞いては断られてしまいそうな気がしたのですよ」

 サーメットとディスフィーアに情報を伝えたのは、二人の信用を勝ち取る必要があったからだ。

 魔都を無傷のまま開城させることはできないか。スッラリクスが考えているのは、すでに魔都を攻略した後のことだった。王国の主力と聖騎士の軍が、間違いなくクイダーナに派兵されてくる。その時に戦うだけの力を残しておかねば、たとえ魔都を落とせたとしても、瞬きをする間に王国に再度飲み込まれてしまうだけだろう。

 それを回避するには、純血種の三人、ジャハーラ、ゼリウス、デメーテを間違いなく味方に引き入れ、義を貫いてクイダーナの民衆の力を借りるしかない。


 サーメットとディスフィーアは、言ってみればジャハーラとゼリウスの代理である。その二人の信用を得ることができれば、それはそのまま今後の為になる。

 そして情報は鮮度が大切だ。時間をおいてから伝えることは、それだけ疑心を生むことになる。逆に入った瞬間に共有すれば、それは信用につながるのだ。腐った果実を売れば信用を無くすし、新鮮な果実を渡せば感動される。それと同じである。


「父上が捕まった……と言ったのか」

「ええ。ですからあなたが戻ってもジャハーラ殿と同様に幽閉されるのがオチでしょう。何も解決しないばかりか、無駄に捕まりに行くような形になってしまう」

「その情報は本当なの? ライデーク伯も殺されたって言ったわよね?」

「間違いありません。そしてまだ知っている者は多くない」

「なんてことだ……」


 サーメットは俯いた。


「どうでしょう。私はサーメット殿に、ジャハーラ殿の代わりを務めて欲しいのですが。それは別にジャハーラ殿の代わりに私たちに与しろと言っているわけではありません。ゼリウス殿の名代としてこの場にいるディスフィーア殿と同様に、見届けて欲しいのです」

「……おれは」


 何か言いかけたサーメットの言葉を遮って、スッラリクスは言った。


「もちろん。すぐに答えていただく必要はありません。サーメット殿は目が覚められたばかり。まずは食事を用意させましょう。明日一日は我々もこの村に留まりますので、もしお返事を聞かせていただけのであればその間にお願い致します。決して無理強いするつもりはない、ということを理解していただきたいのです。魔都の現状を知った上で、それでもなお魔都へ向かうというのであれば止めは致しません。どうぞご自由になさってください」


 矢継ぎ早に伝えると、スッラリクスはにっこりと笑顔をサーメットに向けて、住居を出た。従者の一人に食事を運ぶように命じる。

 エリザが追いかけてきた。ルイドのその後ろに控えている。


「ねえ、スッラリクス。どうしてあんな言い方をしたの?」

「性急に答えを聞いては断られてしまいそうな気がしたのですよ、エリザ様」


 サーメットは父であるジャハーラが捕らわれたと聞いて、ずいぶん心が揺れたようだ。そしてスッラリクスは、断られそうであればいったん時を置くしかない。そう判断したのだった。ジャハーラを仲間に引き込むのにサーメットの存在はきっと役に立つ。

 もしジャハーラにまで糸がつながらなくても、サーメットを味方に引き入れることができれば、将が一人増える。純血種たちやルイド程に兵を奮い立たせる絶対のカリスマはないにせよ、黒樹(コクジュ)とやり合うことができる程の武人である。それに、数千人の兵を指揮できる人材でもある。呪いの後遺症があると言っても、武人として、また指揮官としての腕が落ちるとは思えない。

 できることなら殺したくないし、死んでほしくもない、というのがスッラリクスの考えだった。


 だが彼自身が、それでもなお魔都のジャハーラの所へ向かうというのならば止めることはできないだろうし、自分の姿かたちに思い悩んで死を選ぶのならば、それを止めるべきでもない、とも思っていた。

 外野が口を出すことではない。そういう雰囲気があった。これまで出会ったジャハーラの家の者は、全員がそういう所を持っている。サーメットに言葉をかけられるのはディスフィーアだけだろう。ならば、彼ら兄妹(きょうだい)を自由にさせてやることが、スッラリクスにできる唯一のことだろう。

 逆に、無理に拘束でもしようものなら、ジャハーラを仲間に引き込むという目的を果たせないばかりか、ディスフィーアさえ離反しかねない。


 弱った身体を回復させるのにまだ時がかかるだろう。それから先、どう転ぶかは分からない。だが悪い方へ転ぶとは思えない。


「エリザ様、私はできれば魔都に無血開城を迫りたいと考えているのです。無駄にクイダーナの民の血を流す必要はない、と」

「でも、どうやって? 敵の方が数が多いのでしょう? 素直に明け渡してくれるとは思えないけれど」

「とはいえ、敵の数の大半は魔族の兵、混血を含めれば全軍の七割か八割は潜在的な味方と言えます」

「それを、どうやって味方につけるつもりなの?」


 スッラリクスは「それがどうしても思いつかなくてですね」と笑った。


「本当は、少数の精鋭でもって魔都の中へ忍び込み、ジャハーラ殿を助け出す、というのが最良案なのです」

「でも、それはダルハーンに否定されてしまった」

「そういうことです」

「でも、何か考えているんでしょう?」

「考えてもどうしようもない、というところまで考えました。ですが、ここまで事が進んだ以上、もはやどれだけ敵の士気が落ちているか、という問題な気がしています」

「それじゃあ、このまま魔都を目指すの?」

「ええ、サーメット殿がどのような決断をするにせよ、我々は明日にはここを発ち、魔都へ向かいます。そしておそらく、敵は出てこないでしょう。ライデーク伯が死に、貴族たちをまとめられる者が魔都にはいません。軍を率いれる者がいるかも怪しい。門を閉じて籠城を選んでくるでしょうね。そうなれば腰を据えてじっくり攻略するしかありません。後は根競べです」


「勝てる?」

「勝てます。それは間違いない。ですがここで無駄に血を流してしまったり、魔都の攻略にあまりに時間がかかってしまうようだと、我々の軍は崩壊します」

「どうして?」

「戦って落とした場合、少なからず血が流れます。そして場合によっては魔都の防衛機能さえ低下するでしょう。その状況で、セントアリアやパージュ地方から王国の軍勢が攻め込んできたら一たまりもありません。時がかかりすぎた場合には、今度は糧食の問題が出てきます。商人たちの協力がいつまで続くかわからない状況で、飢えた民たちが次々合流してきてしまえば分け与えられる食糧が尽きます。その前に魔都を開城させられなければ終わりです」


 自分たちの土地を捨ててまで反乱軍に駆けてきた者たちを、スッラリクスは決して見捨てなかった。

 食糧を民に直接分け与える役目は、レーダパーラに任せてある。レーダパーラの人懐こい性格は民に好かれる。もし今後、エリザが遠征するときなど、民の支えになるのはレーダパーラになるはずだ。


「エリザ様、我々がどんなに窮状に陥っても決して食糧の提供を拒まず、仲間に加わりたいという者を拒まないのはなぜだかわかりますか?」

「民の味方だとわかってもらうため」

「ええ、そうです。王国軍よりも良い治世にする、それを口だけで唱えた所で意味はありません。言葉だけでなく行動で示す必要があるのです。魔都さえ落とせれば、蓄えてある糧食を配分することもできるでしょう。ですが、電撃的に落とすには、正直に言って、足りないのです。無血開城を促すにはもう一押し、天秤を傾けてやる必要があります。その一押しをずっと考えていたのですが」

「何か思いついた?」

「いえ、まったく。可能性があるとすれば、甘言や流言の類でしょうが、たとえばジャハーラ公を救いに来たから手伝えなどと言ったところで単純に信じてもらえるとは思えません。それはサーメット殿がたとえ味方であっても難しいでしょう。民を味方につけて戦意を喪失させるということも考えたのですが、それは我々が義を貫いているということを魔都の内部の人たちが知っていなければ意味がありません。さて、どうしましょうかね」

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