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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-18「むしろ、命があるだけありがたいと思って欲しいな」

 妹の泣く声で、目を覚ました。ディスフィーアが泣いている。

 サーメットは妹の頭を撫でる自分の指が、まるで骨そのもののように感じた。身体が重い。ディスフィーアに身体をもたれさせるようにして、なんとか上半身を起こした。


 粗末な建物の中にいるようだ。ベッドに寝させられている。ずいぶんと眠っていたようだが、不思議と身体に不快感は残っていなかった。

 誰かが手当てしてくれたのか。ディスフィーアだろうか。だとしたら、妹に感謝してもしきれない。二度も命を救われたことになる。


 改めて、自分の手を見た。骨がむき出しになったような手。親指の付け根が妙に盛り上がり、そこからさらに指が一本生えてきそうな形をしている。


「これは……」


 記憶をたどる。もだえ苦しんでいた記憶の直前は、あのモグラに似た何かを食べた時で途絶えている。

 良く見れば、百足のように何本も生えていたあのモグラの手に、今の自分の手は、どこか似ている気もする。モンスターの肉を喰らってしまったのか。そして、その代償がこれなのか。


「サーメット兄さん、良かった、生きていて」

「またお前に助けられたのか……」

「違うわ。助けてくれたのはエリザ様よ」

「なんだとっ!」


 サーメットは飛び起きようとしたが、身体に力が入らない。全身の筋肉がなくなってしまったようだ。手だけではない、全身の肉という肉がごっそり削げ落ちている。まるで骨と皮だけになったようだ。

 ふとサーメットは、矢傷を受けた自分の左肩に違和感を感じて首をひねった。


 モグラの頭が、生えていた。


「ひぃっ」


 柄にもなく悲鳴をあげかけたサーメットだったが、妹の手前なんとか踏みとどまった。

 情けない兄ではあるが、それでも体面という物はあるのだ。


「できる限りのことはしてくれた。してくれたけれど、一度変わってしまった見た目は元に戻すのは大変だろう、って」

「むしろ、命があるだけありがたいと思って欲しいな」


 サーメットが顔を上げると、扉のそばに漆黒の騎士が立っていた。皮肉でも言いたそうな顔をしている。サーメットは精霊殺し(スピリット・キラー)を持つこの男に完膚なきまでに叩きのめされたことを思い出した。

 騎士のすぐ脇には金髪の少女がいて、心配そうにこちらを見ている。その仕草があまりにも戦場で見た姿とかけ離れていて、サーメットがエリザのことを認識するのにしばらく時を要した。


「ルイド、いったん出ましょう。私たちがいるとかえって混乱させかねないし」


 エリザが騎士に話しかけ、出て行った。


 ルイド……いま彼女はそう言った。背徳の騎士ルイド、クイダーナでその名を知らぬ者はいない。

 やはりそうか、という思いと、まだ夢を見ているのだ、という思いが入り混じっている。


 肩からモグラの頭が生えだしたこともそうだし、身体中に生じているこの違和感。いや、それよりも何よりも、ディスフィーアがなぜ反乱軍と共にいるのか。疑問は山積みだった。

 サーメットはだいたいの状況を理解しようと努めた。

 あのモンスターを食べたことで食あたりを起こし、姿が変わってしまったところを反乱軍に拾われた。そして黒女帝の力を継いだ少女に助けられた。そういうことなのだろう、という客観的な事実を認識するのにまた時間がかかる。


「それでお前はなぜここにいる? まさかゼリウス様は反乱軍についたのか?」

「いいえ、私だけが反乱軍に参加したの。だけど、そうね、直にゼリウス様も合流することになるでしょうね」

「どういうことなのだ」


 ディスフィーアがこれまでのあらましを話した。サーメットはそれを冷静に聞くことができず、何度も聞き返した。


「ゼリウス様はこの戦いに参加しない、というのか」

「ええ」

「父上は魔都に入ったのだな。それであれば、おれは何があろうと魔都へ行かねばならん……」


 無理に立ち上がろうとしたサーメットを、ディスフィーアが押しとどめた。


「悪いけれど、それはたとえ兄さんの願いであってもダメよ」

「なぜだ」

「まず第一に、身体が弱っている今の状況じゃ、馬にも乗れやしないわ。それから第二に、兄さんはエリザ様に命を助けられた身。いわば虜囚の身みたいな者よ。それが勝手に出歩けるわけないじゃない」

「そもそも、なぜおれを助けたのだ。お前が頼んでくれたんじゃないのか」

「いいえ。私が着いたのは、それこそついさっき。エリザ様が、エリザ様の意思でサーメット兄さんを治してくれたのよ」


 サーメットは沈黙した。それからベッドから半ば落ちるようにして降りた。


「おれを生かして、どうするつもりだ……」


 サーメットは考えた。異形の姿となった自分では、捕虜としての価値はそう高くないだろう。そもそも、父は身代金を要求されたとして、果たして払うだろうか。


 その時、サーメットは自分の手が地に入り込んでゆくような感覚を味わった。建物の中とは言え、地面はむき出しの赤い土である。その地面が、驚くほどに柔らかい。爪を立てて少し掻き分けるだけで、いともあっさりと穴が出来る。


「兄さん、サーメット兄さん」


 ディスフィーアに背中を叩かれ、サーメットは気を取り戻した。地面には、すでに片腕が丸々入りそうな深さの穴が空いている。


「なあ……」


 サーメットはディスフィーアに訊ねた。声が震え、顔が歪んでしまっているのが、自分でもわかった。


「おれはどうなってしまったのだ……」


 ディスフィーアはその背をさすった。


「兄さんは兄さんよ。それ以外のなんだってゆうのよ」

「だが、父上はこんなおれを受け入れてはくれないだろう。もはや魔族とも呼べまい」

「父の呪縛から、いい加減に兄さんも解放される時が来たのよ。それだけの話よ。離れてみたら、案外何とかなるかもしれない」

「呪縛だと?」

「ええ、呪縛よ。父の呪いがモグラの呪いに変わったんだとでも思えばいいじゃない。それに、まだ受け入れてもらえないと決まったわけじゃない」


 ディスフィーアの声には励ましと同時に、どこか嫉妬が混じっているように思えた。妹は、生まれ落ちたその時から、ただ女というだけで父に受け入れてもらえなかったのだ。


「すまん」

「謝ることないわ。でも、エリザ様にはちゃんと感謝するのよ」


 まるで母親のような言いようだ、とサーメットは思った。

 ディスフィーアが部屋を出てゆき、しばらくしてエリザとルイド、それから片眼鏡をかけた青年を連れて帰ってきた。青年はスッラリクスと名乗った。


「さて、さっそく、あなたの処遇なのですが、私たちは特に何もするつもりもありません。拘束するつもりもなければ人質にするつもりもありません。もし歩けるのであれば魔都へ向かっていただいても構いませんし、私たちはそれを止めるつもりも特にありませんが……その前に魔都の現状をお伝えします」


 スッラリクスは一度言葉を切った。エリザとルイドは何も言わない。スッラリクスに話す内容を委ねているようだ。


「ライデーク伯爵が何者かに殺され、ジャハーラ子爵はその罪を疑われて幽閉されました」


 サーメットは息を呑んだ。隣でディスフィーアが同じ反応をしている。

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