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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-15「おれの言あるまで、武器を抜くことは許さん」

 何が起きたのか、その場にいた全員が理解するのに時間を要した。

 ジャハーラだけは、ライデークの身体を一瞬で死の精霊が塗りつぶすように侵食したのを見て、すべてを察した。最期の瞬間まで、ライデークはジャハーラと目を合わせていた。そのライデークが、身を乗り出した体勢のまま、倒れこむようにして落下していった。


「ジャハーラ子爵を捕らえよ! ライデーク伯の最期の命ぞ!」

「風の精霊術に相違ない! あの距離から鋭利な風の刃を飛ばせるのなど、ジャハーラ子爵以外におるものか!」

「いや、待て! ライデーク伯の背に剣が刺さっているぞ、くせ者の仕業だ!」


 貴族たちの声が上がり、ジャハーラが取り囲まれてゆく。ジャハーラは、ライデークを貫いた剣が、ナーランにあげた物だということを理解していた。嵌められたのだ。ナーランの無実をここで証明することはできない。


「おれではない」


 ジャハーラは言った。だが人間族は誰一人信じようとはしなかった。アーサーとカートは兵を指揮し、ジャハーラを守るように速やかに円陣を組んだ。


「やめろ、手出しするな。いいか、一切の抵抗を禁じる。おれの言あるまで、武器を抜くことは許さん」


 兵たちにそう言うと、ジャハーラは自らその場にしゃがみ込み、手を後ろに回した。縄でも何でも、かけたらいい。


「いいか、お前たちは絶対に手を出すんじゃない」


 指示を繰り返した。アーサーもカートも若くはない。ジャハーラの行動を見て、反対の意見を述べてくるようなことはしなかった。二人とも、ジャハーラのことを良く知っている。

 ジャハーラには、辺りを包み込む混乱と不安の色が見えていた。それを払い、冷静に物事を考えさせることも多少ならば可能だろうし、この混乱を利用して城門を突破し、外に逃げ出すことも可能だった。だが、ジャハーラはそれらの選択肢を選ばなかった。


 後ろ手に、縄がかけられる。精霊術を封じるルーンを施してあるようだ。精霊たちの色が薄くなる。

 だが、しょせんはその程度だ。並の精霊術師くらいの力なら出せるだろう。いつでも抜け出せる、とジャハーラは思った。


「ライデーク伯を刺し殺した剣は、ナーラン殿の物と言うことだが」

「おれは、知らんな」


 ジャハーラは冷静だった。ナーランの剣で刺殺されたというだけでは、ナーランたちを犯人に仕立て上げるには薄いだろう。

 ナーランはまだ傷が癒えていない。あてがわれた部屋は、ライデーク伯の遺した兵士たちが見張っているはずだ。このまま下手に動かずにいれば、いずれ鎮火する容疑である。

 だが、もし、それも含めての敵の罠だったら? ナーランが確実に容疑をかけられる状況だったら?


「立て」


 ジャハーラは両手を縛られて立ち上がった。すぐ付近で、同じようにアーサーとカートが拘束されている。


「何を笑っている」


 背の高いジャハーラを見上げるようにして、貴族の一人が聞いた。

 そうか、おれはいま、笑っているのか。


「なんでもない」


 この状況を、楽しんでいる自分がいることに、ジャハーラは気づいた。裏で糸を引いているのが誰だか知らないが、やってくれるじゃないか。

 ジャハーラは大声をあげて笑った。反乱軍との戦を台無しにされたことに対して、不思議と腹は立たなかった。いや、怒るどころかむしろ楽しんでさえいるのだ。どう出てくる? 何をしてくる?


(もう、戦は始まっていたのだな……!)


 周囲を取り囲む人間族の兵士たちは呆気に取られて、笑うジャハーラを見ている。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 ターナーはナーランと共にいた。開け放した窓の先で騒ぎが起きている。

 窓の外を見る。ジャハーラが取り囲まれている。ターナーは動揺した。父がもしその気ならば魔術を行使して逃げ出すか混乱を収めるか、どちらかをするはずだ。だが父は大人しく捕まるつもりのようだ。

 この期に及んで、人間を信じようと言うのか。父に翻意がないのは明らかだったはずなのに、こうして罠にかけようとしてくる人間族を、信じようと言うのか。


 ぐっと拳を握りしめた。


「父上っ!」


 出来る限り大声を出したが、ジャハーラを取り囲む貴族たちの声にかき消され、ジャハーラはターナーに気が付かない。

 その時、扉の外で争う音がした。ターナーは剣を取って扉を開けた。


 ベルタッタンが戦っていた。一つにまとめた黒髪が踊っている。まるで舞踏のような戦い方だった。細剣(レイピア)で急所だけを的確に刺しては引いて、兵の数を減らしてゆく。後ろにも目が付いていると思えるほどに無駄のない躱し方。そしてまた銀色の細身の剣が気を貫くようにして走り、敵の急所を突く。ターナーが何が起きているのか把握できないでいる間に、十人程もいたはずの兵は全員が倒れた。辺りは血の池ができている。


「ターナー様、ナーラン様、早くお逃げください。お二人を捕らえようと兵たちが迫っております」


 兵をすべて殺したベルタッタンが言った。


「どういうことだ! なぜ父上が囲まれている。そして、なぜ兵を殺したのだ!」

「ライデーク伯が殺されたのです。それを手引きしたのがジャハーラ卿ということになっています」

「なんだって! そんなバカな!」

「ジャハーラ卿が裏切るはずがない、バーカカ男爵様はそうお考えです。ジャハーラ卿のことは男爵様にどうぞお任せください。さあ、お二人は早く城外へ。馬を厨房裏の勝手口に用意しております、私が道を切り開きますので」


 怪我をしたナーランも、ベッドから起き上がった。ターナーは肩を貸そうとしたが、ナーランは自分で歩けます、と立ち上がった。


「いたぞっ、こっちだ!」


 部屋を出た瞬間、三人の兵士に見つかったが、ベルタッタンの敵ではなかった。舞うように細剣で喉や胸を突き刺しては仕留めてゆく。ターナーとナーランは廊下を駆け抜けた。

 すぐに別の兵に見つかる。追われる。


「こっちだ、いたぞ! 二人とも一緒だ!」


 違和感を覚えて、ターナーは振り返った。声の主は、ベルタッタンだった。ベルタッタンが、二人の居場所を伝え、兵を呼び集めている。


「嵌められた……のか」

「兄上、いま立ち止まるわけにはいきません、城外へ出ましょう」


 もはや厨房は目の前だった。ナーランが扉を蹴破った。料理人たちを押しのけて勝手口に向かってゆく。どうせ捕まるかもしれないのなら、逃げ切れる可能性に賭けてみる。胆の座った弟だ。

 ターナーは一瞬だけ逡巡した。もしそこに馬がいたら、ベルタッタンの目的は「おれたちに罪を着せて、かつ、逃がすこと」になる。それはいったい何を意味するのか。


 考えている暇はなかった。後ろから兵たちが追ってくる。

 ナーランが勝手口の戸を開けた。外へ飛び出す。馬が二頭いた。ご丁寧に荷袋までくくりつけられている。ナーランが飛び乗り、馬を駆けさせた。ターナーも後を追う。


「どっちへ行くつもりだ」

「父上たちが拘束されたのは東門の方でしたよね」

「そうだ」

「では、西門から脱出しましょう」

「外へ出て、どうするつもりだ」

「サーメット兄上のいるという村へ向かいましょう」


 ターナーは、せっかく購入した聖水を持っていないことを後悔した。あれがあれば、サーメットを助けることができるかもしれないのだ。


「おれは聖水を持っていないぞ……」

「方法はきっとあります。幸いにして金はあるのでしょう?」


 ターナーは、バーカカ男爵からもらった銀貨の袋を腰に結び付けていることを思い出した。


「もう、私たちは駆けだしてしまったのです。今更戻ったところで」

「父上たちを残して魔都を出るというのか」


 先を行くナーランは、手綱を握ったままターナーを振り返った。


「だからこそですよ。父上をそう簡単に処断できはしません。父上を殺したら、そのときは魔族を抑える者がいなくなる。つまり、情勢は反乱軍に一気に傾きます、だから処断できない。せめて反乱鎮圧までの間は幽閉しようとするはずです」


 本当にライデーク伯が死んだのなら……貴族を抑えることのできる者もいなくなる。その中で、ジャハーラを処断するという決断を下せる者は恐らく、いない。

 この絵を描いたのは誰だ? ターナーはそれを考えていた。顔の見える相手はベルタッタンだけだった。そうするとバーカカ男爵か。男爵がそこまでの器だとは思えなかったが、自分の見る目がなかったのか。


「それに、私は兄上の話を聞いて、純血種並みの力を持った少女というのも気になっているのです。……私は、会ってみたい」


 ナーランの最後の一言は、風の中で微かにしか聞こえなかった。それが空耳かどうか、ターナーにはわからず、答えるのをやめた。道を遮ろうとする兵に火の精霊術をぶつけ、突破する。

 二騎は、魔都の中を駆け抜ける。

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