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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-14「何も出てこなかった時には、詫びを入れていただく」

 何も、起きなかった。

 ジャハーラは兵の編成に精を出し、本気で反乱軍を迎え撃つ準備をしているように見える。それはどこか不気味なほどだった。

 ライデークは葡萄酒の入ったグラスをくるりと回した。ルーン技術によって仄かに照らし出された夜の街並みが、グラスに映える。反乱軍がようやく距離を詰めてきた。斥候からの報告によれば、通常の進軍速度で後二、三日の距離にまで来ている。騎馬隊なら一日で駆けることも可能だろう。


 ジャハーラの上の息子二人、アーサーとカートは、兵の調練と編成、それから補給方法について真面目に論議している。それぞれが兵を率いて、ジャハーラの本隊とは別に動くようだ。

 外へ出して欲しいと懇願していたターナーは、ジャハーラ自身が主力の編成から外し、城内待機を命じた。

 ナーランが傷を負っていることは、ライデークにとっては好都合でもあった。人質をとったようなものである。腕利きの兵を十人ばかり、ナーランの部屋の見張りに立たせている。ジャハーラがもし妙な動きをすれば、末の息子の命をもらうつもりだった。その上、ターナーまで城に残してくれるというのは、ジャハーラが身の潔白を証明するための行動にさえ思えた。


 内部での裏切りに備え、準備をしていたにも関わらず、何事も起きなかった。

 考えすぎだったか。ライデークはそう思うようになっていた。だが、念のため、かき集めたルーン・アイテムは、城に残る人間族の部隊に配備させた。それぞれの部隊に厳重に管理させている。


 今日の軍議で、ジャハーラ卿が出撃するのは、明日の朝と決まった。

 敵はのろのろと動いてきた。その数は想像を超えて、すでに五千人規模にまで膨れ上がっているという。だが、時間ができたのは反乱軍だけではない。魔都の軍勢も、すでに三万を超えている。


 ジャハーラが率いる軍は、魔族を中心とした二万と決まった。兵力を出し惜しみをする必要はない、というのが軍議で出た大半の意見だった。ライデークも概ね賛成だったが、一応の保険はかけた。あくまで大将はジャハーラだが、軍の半数は貴族たちが指揮する、という形にさせたのだ。ジャハーラ自身は、自分の指揮下に認められた一万しか使うつもりはないのだろう。貴族たちには後方を守ってさえくれれば良いと、軍議で言っていた。

 敵は寄せ集めの五千である。炎熱の大熊公が一万を率いていて、負けるとは、到底思えない。兵の練度も、こちらの方に分がある。


 ゼリウスとは、やはり連絡が取れなかった。

 妻のデメーテには何度も使者を出し、どこの辺境地へ向かったのか訊ねたが「さあ、存じ上げません」というはぐらかされたような回答だけが返ってくる。


 反乱軍の中に、一角獣に跨った赤髪の女性がいるという話も聞いている。ゼリウスの代理として軍議に参加していた女性ではないか、という疑念もデメーテにぶつけたが「彼女は出奔したので、あずかり知りません」という一点張りだった。

 それならばと軍費の徴収を行うと、デメーテは子爵家の所有する財産のほとんどを躊躇なく手放した。金銭だけでなく、兵糧の蓄えもだ。もし反乱軍に裏で支援をしているのならば絶対に出せない量だったので、ライデークも彼女の言葉を信じた。


 考えすぎていたのだ。ライデークはもう一度、そう思った。

 グラスを回し、眼下の夜景を楽しむ。やはり魔都の夜は美しい。


 ライデークは、久々に充足感を味わえていることに気が付いた。思えばナーランが反乱軍の報をもたらした時から、何かに怯え、緊張し、仲間内で疑心暗鬼になっていた。

 だが得体のしれない恐怖に怯えるのも、もう終わりである。ジャハーラは明日出撃する。勝利は間違いない。敵の物資の出どころは未だ不明だが、潰してからゆっくり調べればいい。それから、今回の反乱をどのように王都へ報告するかだ。王国の重鎮どもは魔族が嫌いだから、ジャハーラ子爵の爵位を上げることはしないだろうが、何とか自分の功績に置き換えることはできまいか。


 翌朝、部屋の戸が激しく叩かれ、ライデークは目を覚ました。

 陽はもう上っている。深酒をしてしまったようだ。気が緩みすぎている。


「何事か」

「お休みのところ申し訳ありません、至急お伝えせねばと」

「前置きは良い、話せ」

「はっ。そ、それが大変申し上げにくいのですが、各部隊からルーン・アイテムが見当たらないという報告が……」


 ライデークは、血の気が引くのを感じた。ルーン・アイテムは人間族が魔族に対抗できる唯一の手段である。それがなくなれば、どうなるか。


「ジャハーラ子爵は?」

「ちょうど出撃されるところです」

「なに? すぐに出撃を止めさせろ! 輜重の中を調べさせるんだ。従わないようなら、王国に対する謀反だと騒ぎ立てろ。何が何でもジャハーラ子爵を止めるんだ!」


 ライデークは指示を出してから、もっといい方法があることに気が付いた。陽光を遮るカーテンを開け放った。晴天が広がり、鳥が羽ばたいている。

 眼下に広がる城下の先、門が開け放たれ、ちょうど軍勢が進発しようとしていた。ライデークは大声で叫んだ。


「門を閉じよ! 荷をすべて調べるのだ!」


 ライデークの叫びが通じ、門が閉められた。軍勢の中で、他の兵たちより明らかに巨漢の大男が振り向いた。ジャハーラだ。


「ライデーク伯爵、これはどういうことか! 反乱軍を迎え撃つ、そういう話だったはずだ」


 ジャハーラの声は、距離を感じさせないほどに近かった。おそらく精霊術で声を届けたのだろう、とライデークは思った。


「一度、荷を調べるだけだ。ジャハーラ子爵、ご不満かとは思うが、従っていただく」

「……わかった。好きに調べるがいい。だが、何も出てこなかった時には、詫びを入れていただく」


 ジャハーラ子爵は裏切ったのか。だが、それならば、なぜ門の内側で裏切らなかったのか? ライデークは混乱しながら考えた。ジャハーラがこのタイミングで裏切る理由が見当たらなかったのである。

 反乱軍がすぐそばまで来てから開門すれば、中と外から一斉に攻撃ができる。ルーン・アイテムを制したのなら、なおさら内部の混乱を狙ってくるはずだ。そうではないこの時に動いたのには、どういう意味があるのか。そもそも、ジャハーラが裏切ったのか?

 誰かの策略ということは考えられないか。


 魔都を落とせなければ敵の兵糧は切れるはずだ。魔都の外に、兵糧を隠し持っているとでもいうのか。そうだとしたら、やつらの背後には何がいる?

 どうしても腑に落ちない。ライデークは混乱する頭を整理しながら考えた。


 窓の外から、大声を張り上げる者がいる。ライデークの名を呼んでいる。


「輜重の中から、大量のルーン・アイテムが発見されました!」


 ライデークは訝しんだ。いくら何でも、見つけるのが早すぎる。おざなりに隠されていたとしか考えられない。

 最初から、仕組まれていたのか。


 だが、何のために? ジャハーラを嵌めるため、としか考えられない。

 だが、誰が? 反乱軍による離間工作か、もしくは貴族の中に裏切り者がいるのか。

 それでも、気が付く者がいれば事前に阻止できる話だ。


 ライデークは、窓から身を乗り出した。王国兵たちが、ジャハーラたちを拘束しようとしている。ジャハーラは、じっとライデークを見ていた。

 赤い髪に、赤い瞳。炎熱の大熊公と呼ばれただけのことはある、圧倒的なまでの存在感を持つ大男が、ライデークを見ている。試されているのではないか、とライデークは思った。


 嵌められたのは、ジャハーラではなく、私の方か。

 

 ジャハーラを拘束しないように指示を出そうとした。いま、ここでジャハーラを敵にすることがあれば、魔都は確実に落ちる。

 捏造された証拠を信じずに、ジャハーラを信じなければならない。そう、大声で皆に伝えれば、まだ間に合うかもしれない。


 窓から身を乗り出た瞬間、風が吹き、悪寒が走った。

 ジャハーラの赤い瞳が、ライデークを見ている。


 それが、ライデークの見た最期の光景だった。

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