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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-13「いっそ首だけにしてやった方が、幸せかもしれない」

 翌朝、わずかな伴を連れて、エリザ、ルイド、スッラリクスは騎馬でザイードの村へ入った。糧食をはじめ、衣類などの生活物資を持ってきてある。出迎えた村長は、しかし、エリザたちの申し出を柔らかく拒否した。


「物資を分けていただけるということ、ありがたく思います。ですが我々には、代わりに提供できるものが何もない」


 エリザは老人の言葉に嘘が混じっているのを、見逃さなかった。


「宿を借りるだけでいい。それとも、おれたちに居られては困ることがあるのか?」


 ルイドが威圧的に訊ねた。


「そんなことは。ですが、疫病が蔓延しております。あなた方の身に危険が及ぶようなことがあっては、クイダーナは終わりです。どうか、お引き取りください」


 そうか、と言って諦めようとするルイドの腕をエリザは掴んだ。


「ねえ、おじいさん。もし本当に疫病ならば、私はそれを治すことができるかもしれない。私はスッラリクスを休ませたくてこの村に来た。悪いようにするつもりはないわ。だからどうか休ませて」

「こんな村で疲れが取れるとは思えませんが」

「ベッドで寝させてあげたいだけなの。お礼もする。だからどうか」

「……お引き取りください」


 スッラリクスが馬首を返し、兵たちもそれに従った。


「ルイド、お願いがあるのだけれど」

「はい」

「あそこまで、馬を走らせてくれる? たぶんそこに、原因がある」


 エリザは村の端に建てられた家を指さした。ルイドは馬の腹を蹴った。村長が慌て、背後でスッラリクスが驚くのを感じた。ルイドは馬を走らせる。

 エリザはルイドに馬から降ろしてもらうと、その住居の扉を開いた。鍵は、かかっていなかった。


 左肩からモグラの頭を生やした男が、寝させられていた。肌着は黄ばみ、手には人間の物とは思えない爪が生えている。四肢は驚くほどに細いのに、腹だけがでっぷりと出ている。その異形な姿にぎょっとすると、後ろから入ってきたルイドが言った。


「ジャハーラ公のご子息です。確か、サーメットと言った……。まさかこんなところで、こんな形で再会することになるとは」

「ねえルイド、彼は助かるの?」


 エリザは寝ている男の周りに、死の精霊をそれほどには感じなかった。まだ生気がある。死は、そこまで這いよってきていない。何かの呪いにあたってこうなっていることも、なんとなく精霊が教えてくれる。

 このまま放っておいても、死はまだ先だろう。だが、おそらくこのままだと彼は、人間ではなくなる。


「呪われたモンスターの肉でも食べたのでしょう。胃の中でその呪いが暴れているのです。精霊術でそれを取り除いてやれば、死ぬことはないと思いますが――」

「何か、問題があるの?」

「すでに変わってしまった姿は、簡単には治ることがないでしょう。それは、死ぬよりこの男にとってつらいかもしれません。ジャハーラ公がどんな顔をするか。いっそ首だけにしてやった方が、幸せかもしれない」


 エリザはそれでも、男を助けることをためらわなかった。自分の生をまっとうするかどうかは、彼自身が決めることだ。彼は今、目の前で苦しんでいて、エリザはそれを救える。それだけで十分だ、とエリザは思った。

 サーメットの膨らんだ腹に手を当てる。汗ばみ、黄色く変色した肌着に触れ、エリザはサーメットの身体の中に意識を集中させた。精霊の動きを見る。明らかにおかしい所がある。そこに炎を作り、モンスターの呪いの肉塊を焼き殺してゆく。殺すのはあくまで、モンスターの呪いだけ。細やかな作業だった。作業を続けると、サーメットの膨らんだ腹が、四肢同様にまでやせ細ってゆく。


 ふう、とエリザは自分の額に浮いた汗を手で拭った。


「どういう事情かはわからないけれど、彼はもう大丈夫。ところで、泊めてもらえるのかしら」


 エリザたちを追ってきた村長が、扉の前にいた。村長は涙を流していた。エリザの言葉に返事をせず、別の問いを口にした。


「なぜ、助けたのです?」

「助けたかったから。私は別に人を殺したいわけじゃない。死なずにすむ命なら、助けたい。助けた上で、もし彼が彼自身で死を選ぶのなら、それは彼の決断よ。私は目の前に助けられる命があったから助けた」

「そのお方の身を、拘束されますか?」

「スッラリクスと相談してから、それは決めるわ。ディスフィーアの知り合いかもしれないから、ディスフィーアにも話を聞く」

「どうか……どうか、そのお方を連れ去るのはやめていただけませんか」

「事情を話してくれたら考える。でも、その前に水が欲しいわ。コップじゃなくて、できれば樽いっぱいくらいの水を運ばせてもらえる? それから、彼の着替えを」


 ルイドが指示して、井戸から水が汲まれ、運ばれてきた。スッラリクスも戻ってきている。

 エリザは窓を開けさせた。風の精霊たちに微かにサーメットの身体を持ち上げてもらうと、今度は水の精霊たちにサーメットの身体を包み込ませた。汚れを落とし、汗を流す。変貌してしまった身体は治らないにしても、その原因を取り除くことはできた。後は、サーメットの体力次第だ。そこまでやって、後のことを付き添ってきた兵士に任せた。

 村長の家に、場所を移した。ルイド、スッラリクスも従う。伴は、いつもスッラリクスを守っているダークエルフの三人だけにした。透明化しているがエリザには手に取るように居場所がわかる。しっかり、スッラリクスを守っている。


「エリザ様が純血種だというのは、本当だったのですね」

「いいえ。私は混血。ただ黒女帝ティヌアリアの力を継いだだけ」


 村長は少し驚いたようだったが、そのまま前置きを続けた。


「私は英魔戦争が起きる前、わずかな期間ですが魔都でティヌアリア様にお仕えしていたことがございます。美しいお方だった。誰よりもお優しく、慈愛に満ちたお方でした。為政者として苦しい決断を迫られることも多かったでしょう。それなのに、そういう姿を私どもに一度も見せなかった。……その覚悟があの真っ黒な喪服だったのではないか。私はそのように思っております」


 ルイドは目を閉じていた。彼の周囲を纏う血の色をした精霊が少しだけ和らいだように、エリザは感じた。


「そしてエリザ様、あなたがティヌアリア様を継いだというのであれば、何卒、あのお方を連れてゆかないで欲しいのです。私は、ジャハーラ卿のご子息であられるターナー様とお約束をした。ターナー様は、何もかも徴収されたこの村の状況を見て、必ず何とかするとおっしゃった。だからこそ私はサーメット様をあなた方に差し出さず、ターナー様を信じて待とうと思ったのです」

「どうして、あなたはそこまでして信じようとするの?」

「ティヌアリア様は、ジャハーラ様とゼリウス様、デメーテ様を信用なさっておられた。それは純血種だからというだけではありません。ティヌアリア様のお考えを誰よりも深く理解しようとなさっていたからです。そんなジャハーラ様のご子息のお言葉を、私は信じさせていただきたいのです」


 ルイドは黙ったままだ。スッラリクスが口を開いた。


「だから私たちの支援を断ってでも、ターナー殿が来られるのを待とうと思った、というのですね」

「そうです」

「ですが、ターナー殿の考えがどうだろうと、いま魔都から出ることは叶わないでしょう。出入りは厳しく制限されていると言います」

「それは聞き及んでおります……」


 エリザはティヌアリアとその臣下たちを思った。ティヌアリアが信じた人たち。その一人と、戦えるのか。


「村長さん、私たちのことも信じてはもらえないかしら。私は黒女帝ではないけれど、その力は私に宿った。もしそれに意味があるのなら、きっとジャハーラ卿と戦うことにはならないから。だからどうか、私たちの持ってきた荷を受け取ってほしい」


 エリザは、村長と目を合わせた。村長はじっとエリザを見つめ返していたが、しばらくして頷いた。


「わかっていたのです、ターナー様のご意思がどうあろうと、ここに物資を運ぶことは不可能だと。だというのに、私にはジャハーラ様のご子息と知って、あなた方に売り払うようなことはできなかった。村長としての義務より、私情を優先した。情けない話です。子どもたちも飢えているというのに……」

「サーメット殿以外にも、王国の兵がいるのですね」


 スッラリクスが訊ね、村長は頷いた。


「約束するわ。私たちに武器を向けない限り、私たちも武器を向けない。もちろん拘束もしない。私のことを、信じてもらえないかしら」


 村長は、深々と頭を下げた。

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