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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-7「それでジャハーラ子爵からの返事はまだなのか」

 ライデークは瀕死のナーランの報告をすぐに信じたわけではなかったが、行動は迅速だった。

 リズ公をはじめとする貴族たちの了承を得ると、即座にジャハーラとゼリウスの元帝国軍の将軍二人に出兵依頼の早馬を出した。続いてクイダーナ全土に危急の徴兵と徴収を呼び掛けた。


 貴族たちから金を捻出させる。その為に、ライデークは自らの私財も投げ打った。

 自分から身を切る。そういう姿勢を見せることが大切だった。口先だけでは人は動かない。

 商人たちにも金や食料、武器や馬などを出させた。貢献した者には、戦後の交易特権を与えるとほのめかしてある。


 ライデークは父に充てて長い書状をしたためた。今こそ伯爵家の財を投げ打つ時である。

 父は返事をよこさなかったが、代わりに、領地を守る兵をすべて魔都へ送ってくれた。伯爵家が所有するルーン・アイテムもすべて運び込まれた。銃と呼ばれる爆発を利用して鉄を放出する道具をはじめ、精霊の力を宿したさまざまな道具たち。ライデークはそれらをすべて魔都に集結した人間族の軍に使わせることにした。


 決して、リズ公の為ではない。ライデークはこの反乱を討伐した先を見据えていた。ライデークが全てを捧げて反乱を止めたとセントアリアへ伝われば、その功績によって侯爵の位を得ることもできるかもしれない。

 一種の賭けのようなものだった。賭けに勝てば、ライデークの地位はより確固たるものになり、いずれ魔都を治めるという野望にも一歩近づくだろう。

 そして、ライデークは賭ける以上、負けるつもりは毛頭なかった。


 ナーランの報告が嘘ではなかったということは、すぐに分かった。他にもダリアードの町から逃げてきた者たちが次々と魔都へ到着し、口々に同じことを言ったのだ。

 改めて、ライデークは爵位を持つ貴族たちを集め、会議を開いた。


「ブラック・パールで会食でもしながら」


 のんきなことを言うリズ公に、今がいかに大変な時かを説き伏せ、ようやくクシャイズ城の玉座に座らせることに成功したのは、ナーランが報をもたらしてから四日目のことだった。


 クシャイズ城の玉座は、その背を二匹の蛇が絡み合うようになっており、両肘掛に向けて、それぞれの蛇の頭が出ている。統一帝ダナリアンが自らデザインしたと伝えられている。

 その玉座にリズ公爵が腰を掛けると、太った腹がはみ出して、肘掛の蛇の頭がどちらも見えなくなった。


 玉座から十段もある階段を下りた先に、貴族たちの為の円卓が並べられた。ライデークの知る限り、初めての光景である。

 会議は混沌を極めた。


「なにが黒女帝だ、背徳の騎士だ。そんなバカな話があるものか」

「ですが、もしそれが本当ならば大変なことです。一応、本国にも早馬を出すべきでは?」

「敵はたかが二千、こちらは二万を超えるのだぞ。そんな中で本国に知らせてみろ。地方の反乱が鎮圧できないというだけでもセントアリアで笑い者にされるのに、十分の一の兵力に恐れているなどと」

「しかし、敵は黒女帝の名を出している。もしそれが真実味を帯びれば、兵たちのうち、魔族の多くは敵に寝返るでしょう」


 集めた二万の内、約半数が魔族だった。残りの一万の内訳は、およそ六千が人間族、四千が混血たちである。


「魔族が全員敵に回れば、一たまりもない」


 それは貴族たちの全員が共通して認識していることだった。

 混血たちも敵に回る可能性が十分にある。そうなれば、単純に兵力が逆転する。


「まず、議題を整理しましょう」


 ライデークは、好き勝手に話を続ける貴族たちをなだめて、言った。無能揃いだ。ライデークの言葉で、紛糾していた場がひと時、静かになった。

 やはり自分が仕切るしかない。


「黒女帝の復活が本当かどうかについては、論じても詮無きことです。今は分かっている情報で話を進めてゆきましょう。大きく、ここまでに示された議題は三つ。

 一つ目は、本国に知らせるかどうか。

 二つ目は、魔族の兵が敵に回る可能性があるかどうか。

 三つ目は、籠城を決め込むか、打って出るか。

 ……これで宜しいですね」


 一同が頷くのを確認してから、ライデークは話を進めた。


「では一つ目、本国に知らせるべきかどうかという話ですが、これは知らせざるを得ないでしょう。反乱の鎮圧に成功したとしても、反乱が起きたということは民や商人の口を介していずれ伝わります。さらに、今回の反乱でクイダーナ全体が荒れることは免れません。知らせてさえおけば復興の為の援助を受けられる。そうでなければ、皆様は鎮圧の為に財産を投げ打つだけになってしまいます」


 最後の一言は、己のことしか考えていない貴族たちに良く刺さったようだ。同調する声が多い。


「ふん、自分の点数稼ぎではないのか」


 ライデークに文句をつけたのは、バーカカ男爵だった。ライデークはバーカカを向くと、大仰な仕草で反論した。


「そう思われるのなら、あなたももっと私財を投げ打ってはどうです。ルーン・アイテムを提供してください。信用できる人間族の装備を整えておけば、魔族が寝返ったとしても戦えるのです」


 ルーン・アイテムは決まった効果しか持たせられないが、たとえ精霊が見えなくても精霊術に似た現象を起こすことができる。

 魔族と人間族の最大の差は、精霊術が使えるかどうかである。人間族の兵士であっても、ルーン・アイテムを装備させておけば、その決定的な差を埋めることができる。

 英魔戦争において人間族が勝利した最大の要因は、発掘したルーン・アイテムを惜しみなく使ったからなのだ。


 バーカカは、それきり黙った。

 ルーン・アイテムは貴重品だ。それも、強力な効果を持つ物となれば、その希少性は測り知れない。手放すのは惜しいだろう。


(だから無能だというのだ……。負ければすべて失う。そういう戦いなのだと、なぜ理解しない……)


 負けるはずがない、そう思っているのか、それとも金を出せば命は取られないと思っているのか。

 ライデークはそこまで甘く考えてはいなかった。人間族に対する、魔族の恨みは深い。もし負ければ、支配者層である貴族など、全員が首を落とされるに違いない。


「反対意見がないようでしたら、すぐにビブルデッド様に知らせを出しましょう。それから、パージュ大公にも。聖騎士の名を持つパージュ大公であれば援助は惜しまないでしょうから」


 反対する者はいなかった。


「リズ公、宜しいですね」

「ああ、そうしよう」


 リズ公爵は、すでに会議に飽きていた。自分の爪をいじって遊んでいる。


「続いて魔族が敵に回るかどうか、という話ですが、これについてはジャハーラ子爵とゼリウス子爵の動き次第、でしょう。すでにお二人には出兵依頼は出しております。どちらの領地へも早馬で二日の日程、ゼリウス子爵の方は、すでに返事が来ております」

「なんと言っているのだ」


 貴族の一人が訊ねた。


「それが、ゼリウス子爵は辺境地へモンスターの討伐に行っており不在だと」

「ならばせめて、ゼリウス子爵の妻を連れてこさせればよかったではないか」


 バーカカが、また口を挟んだ。


「それは無理というものです。子爵に出兵依頼をするのは当然として、その奥方をどういう理由でお呼びするのです? 男爵は何か勘違いをされているようだが、ゼリウス卿は王国の子爵位を持つのですよ」


 あなたより爵位は上です。そういう皮肉を込めてライデークは言った。


「それでジャハーラ子爵からの返事はまだなのか」


 リズ公がそう訊ねた瞬間、玉座の間の巨大な扉が、音を立てて開いた。


 見事な髭を蓄えた巨漢の男が入ってきた。赤い髪は灼熱を思わせ、筋骨隆々な巨体は、どこか大熊を思わせる。彼は、貴族たちの目の前で立ち止まると、リズ公に跪くでもなく、立ったまま声を張り上げた。


「ジャハーラ、傾国の危機と聞き、ここに参上致しました。いやはや、病に倒れているわけにもいかぬと思いましてな」


 その場にいた全員が、息を飲み、目を奪われていた。

 これが純血種か。信じられないほどの威圧感、重圧、そして迫力だった。


 どこが病に倒れている、だ。そんな病弱な気配など微塵も感じない。


「軍議の最中と見受けるが、残っている議題は?」


 ジャハーラが、貴族をぐるりと見渡して訊ねた。ライデークは唾を飲み、答えた。声が震えないように、細心の注意を払う。


「打って出るか籠城するか、それがまだ決まっていない」


 そうか、とジャハーラは口元を歪ませ、言った。


「打って出ようぞ。おれが、指揮を執る」

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