3-6「そうなるとこれは家族の問題でもある」
反乱軍から解放されたターナーたちは、スッラリクスの予想通り、ジャハーラの領地ではなく魔都クシャイズへ向かっていた。
「おそらく、すでに父上は敗戦の報を聞き、軍を動かしているだろう。そうすれば領地に戻ったところで何にもならん、ただ戦から逃げた臆病者の誹りを受けるだろう。諸君が臆病者なはずがない。虚言に動じず、反乱軍に加わろうともしなかった諸君は、むしろ勇者である。なれば、魔都にて今一度、戦に臨もうぞ」
ターナーの言葉に、捕虜になった百人の兵たちは奮い立った。
後ろからのんびりと進軍してくる反乱軍よりも先に魔都へ入城し、守備に加わるのだ。傷ついた者も多かったが、それでも進軍の速度は落とさなかった。
「ターナー様、もしジャハーラ卿が反乱軍側につくとしたらどうなさるおつもりですか」
兵の一人が訊ねた。
「その時は、反乱軍に加わるさ。父上がそう判断したのならな。だが、おれは父上は反乱軍と事を構えるだろうと思っている。兄上の敗戦はもう伝わっているはずだ。それに、反乱軍はナーランの仇にもなった。そうなるとこれは家族の問題でもある」
「ジャハーラ卿は、仇討ちにこだわるお方なのですか」
「正確には違う。仇討ちなど二の次で、ただ強者を求めているのだ。血のたぎるような戦争をしたいのだよ、父上は。兄上を打ち破った相手なら、一度は剣を合わせたいと思ってしまう。おれはそういう人だと思っている」
反乱軍から離れて、七日目、街道沿いの村にたどり着いた。ザイードという小さな村だ。もう三日も歩けば魔都へ着く。
あまりに小さな村だったので討伐に行く際には無視した程だったが、百人ならば収容できそうだ。ターナーは一晩、この地で兵を休ませることにした。傷のひどい者はここに置いてゆく。
村は異様なまでに静かだった。活気という物が感じられない。ターナーは村長に挨拶をしにいった。
「おれはターナー、ジャハーラ子爵の息子だ。爵位をかさに着て、ただで休ませろとは言わん。だが、今は持ち合わせがない。後日必ず金を届けさせるから、一晩だけ兵を休ませてはくれないか」
「ジャハーラ子爵のご子息様であられましたか。歓迎させていただきます。と言っても、村にあるあらゆる物が戦時だからと徴収されてしまい、寝床の用意くらいしかできませんが」
「幸いにして、自分たちの食糧はある。寝床の用意だけしていただければありがたい。それから、馬がいればお借りしたいのだが」
「申し訳ありません、馬はすべて徴収されてしまい、一頭も……」
「一頭も、か」
老いた馬も含め、根こそぎ徴収したようだ。リズ公ならやりかねない。
いや、それだけではなく、戦略的な意味もあるのかもしれない。反乱軍が魔都へ進軍するならば、必ず通る道である。反乱軍に物資を与えないという焦土作戦に似た何かが、働いているのではないか。
そうだとしたら、それを企てた人物はクイダーナの荒廃を、民の貧困を何も考えてはいないということだ。
それが、より反乱軍に力を与えてしまう結果となっていることに、気が付いていない。奪われる痛みに鈍感な貴族が、やりそうなことだ。
「糧食の蓄えも、徴収されたのか」
「――はい、このままでは冬を越すこともままならないでしょう」
「負傷者を預かってもらおうと思ったのだが……。十日でいい、預かってはもらえないか。その間に必ず、食料は運び込ませる。住民たちが飢えないだけの分も手配する」
「ありがとうございます。そういうことであれば、喜んでお預かりいたしましょう」
村長が頭を下げた。
「反乱軍に何とか援助を頼む他ないと思っておりました。戦える男は徴兵され、食料は持ち去られ、ここに残ったのは女子どもばかりです。村の外に出て食料を探しにゆこうにも、人手が足りず、途方にくれていたというのが実情でございます」
「まさか、そこまでとは……」
ターナーは村長の手を取った。水分の感じられない、しわくちゃの手だった。長年の畑仕事で荒れてしまったのだろう。
「必ず、何とかする」
「ターナー様、信じさせていただきます」
村長は涙を流した。
兵たちに寝床が与えられた。ターナーは傷のひどい者を十名、この村に置いてゆくことにした。その段になって、村長が「実は……」と話し始めた。
「実は、すでに一人、病人を預かっているのです。おそらく軍の方かとは思うのですが」
「おれたちが通りかからなかったら、その者の身柄を渡して、反乱軍に援助を求めようという考えだったのだな」
「……恥ずかしながら、おっしゃる通りです。私たちにはそれ以外に生きる手段が思い当たりませんでした。それなりに身分のある方とお見受けしましたので」
ターナーは怒る気にもなれなかった。こうなったのは反乱が起きたからだ。だが、反乱が起きた原因は、リズ公とその周囲が無能だったからである。
そして、民を飢えさせる為政者など存在している価値がない、というのはターナーがいつも思っていたことだ。
村長に、その病人の下へ案内させた。
「あ、兄上っ?!」
寝させられていたのは、間違いなくサーメットだった。やつれ果て、生気をなくした顔には汗の粒がびっしりと浮かんでいる。ターナーの声も届いていないようだ。苦しげな呼吸音だけが響く。
頬骨が目立つほどに見えていた。鎧を脱がされ肌着だったが、この冬に関わらず、全身に汗をかいているようだ。手足は最後に見たときより一回り以上細くなっている。それにも関わらず、腹だけが狸のように盛り上がっている。肩の傷はふさがっていたが、そこから奇妙なモグラの頭が生えだしている。
一角獣によって救出されたと聞いたが、どうしてこんな場所に。そして、この異様な姿はいったい……。
「身分のある方だとは思いましたが、ジャハーラ子爵のご子息だったのですね」
村長が、呟いた。
「この姿はどうしたことだ……父上になんと報告すれば」
「呪われたモンスターの肉でも喰らったのでしょう。行き倒れているところを、村の者が見つけました。稀に、食べ物に困った旅人がこのような状態で運ばれてきます」
「治るのか?」
「いくつか方法はありますが、最も単純なのは高位の精霊術師を招くことです。胃の中を浄化さえすれば、後は自然と治癒致します。純血種であるジャハーラ卿ならば確実でしょう」
「父上は、おそらく来れない。他に方法はないのか」
「浄化作用のある薬草を煎じて飲ませるか、清めた水を飲ませ続ければ治るとは思いますが……」
この村にはないことは明白だった。魔都へ行けば、手に入るか。
「それまで、お命が持つかどうかは別の問題です」
どうすればいいのだ。ターナーは、拳を固く握りしめた。