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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-5「まさか一角獣をあげるとは、思いませんでしたよ」

 サーメットと別れたディスフィーアは、ユニコを駆って全速力でゼリウスの領地に向かった。

 一角獣の全速についてこられる者はいない。商人たちのキャラバンを追い抜き、モンスターの群れを駆け抜けた。


 何日走っただろうか。疲れるまで走り、疲れたら休むことを繰り返し、やがてゼリウスの館についた。ディスフィーアはユニコから降り、そっと首筋に手を当てた。好きなところで休んでいて、という合図だった。

 ずいぶん長いこと、館に戻っていなかった。館の周りでデメーテが管理している花の一部が入れ替わっていた。


「ただいま帰りました!」


 元気よくリビングに入ると、デメーテとゼリウスが揃ってディスフィーアを見た。お茶にしていたようである。


「あらあら、家出しちゃったのかって心配していたのよ」


 デメーテがまったく怒っていないという感じで言い、ディスフィーアに椅子を勧めた。


「ごめんなさい。ユニコと旅するのがあまりに楽しくて……つい。あ、それで、大事な報告が!」


 ディスフィーアは腰かけると、ダリアードの町で討伐軍が敗れたことと、サーメットから聞いた純血種並みの力を持つ少女のことを、ゼリウスとデメーテに話した。二人とも黙って話を聞いた。ゼリウスは相変わらず表情が見えないし、デメーテはいつも通りおっとりとしているから、なんだか大変なことを報告しに来たはずなのに肩透かしを喰らったような気分になる。


「黒女帝の力を継いだとかで話題になってるみたいで。それで討伐軍は内部分裂して負けたという流れみたいです。それに、背徳の騎士がどうのこうのとか」


 ゼリウスが一瞬だけピクリと動き、デメーテは「あらあら、それは大変ね」と言って笑いながらゼリウスを見た。

 ゼリウスとデメーテが見つめ合う。二人はこうやって意思疎通する。ディスフィーアは以心伝心って便利だな、と思いながら、クッキーを取って頬張った。報告するのに忙しくてつまめなかったのだ。


「フィーアちゃん、良く教えてくれたわね」


 無言の会話が終わって、デメーテがディスフィーアの方を見た。ディスフィーアは咥えたばかりのクッキーを慌てて飲み込んだ。

 デメーテは微笑みながら続けた。


「結論から言うわね、ゼリウスはこれから兵を率いて、辺境の領地にモンスター討伐に行くわ」

「……へ?」


 ディスフィーアは目を丸くした。王国軍につくか反乱軍につくか、そういう話じゃなかったのか。


「フィーアちゃんが教えてくれたから、魔都から出兵依頼が来る前に手が打てるわ、ありがとう。いないものは仕方ないもの、帰ってくるまでゼリウスは出陣できません。私がそう言えばいいことでしょう?」

「それは、どちらにもつかない、ということですか」

「ええ。もし本当にティヌアリア様を継ぐ方が現れたのなら、私たちは大恩あるティヌアリア様と戦うわけにはいかない。かといって、それが何らかの罠だったら、ティヌアリア様がせっかく築いた平和を、私たちの手で壊してしまうことになる。どちらにせよティヌアリア様のご意思を無視することになってしまう可能性があるのなら、しっかり見極めるまで動かないのが一番」

「なるほど」


 考えもしなかったことだった。確かに、いないのならば言い訳がたつ。いつ帰ってくるんだと言われても、魔物の討伐が終わり次第でしょうとはぐらかせる。


「それで、私はどうしたら?」


 ゼリウスとその麾下について、遠出するのは嫌だなあと思いながらディスフィーアは言った。ゼリウスは調練を兼ねて遠征するつもりだろう。そうなると、ヘタすると丸々二日間何も食べないで過ごす可能性もある。願い下げだった。せっかく帰ってきたのだからお腹いっぱいご飯を食べたい。


 デメーテがにこにこしながらゼリウスを見た。ゼリウスが立ち上がり、口を開いた。


「ディスフィーア、お前は反乱軍に合流し、その少女が仕える価値があるかどうかを見極めろ」


 ディスフィーアは驚いた。ゼリウスがしゃべるのを初めて見たのだ。けっこう渋い声をしてるんだ、とディスフィーアは思った。そもそも、しゃべれるんだ。


「え……っと、反乱軍に、ですか? いいんですか? 私がそっちについたらご迷惑では?」

「フィーアちゃん、だからゼリウスは見極めろって言ったのよ。あなたが判断するの。いざとなったら一角獣(ユニコーン)に乗って帰っていらっしゃい」


 デメーテが微笑んだ。もし仕えるだけの価値がないと判断したら一角獣に乗ってさっさと逃げてこい、ということのようだ。確かにユニコの全速ならどんな状況でも逃げ切れるとは、思う。


「で、でも、ゼリウス様が判断なさることですよね、それは。私の判断がもし誤っていて、そのままに魔都が落ちるようなことがあったら……クイダーナ地方はただ無益な戦火に包まれるということになります。私にそんな判断ができるとは……」


 ディスフィーアは自分の声が震えているのに気が付いた。自分の判断で、歴史が変わるかもしれないのだ。

 ゼリウスが立ち上がった。長い髪が揺れ、一瞬だけ普段隠れている瞳が見えた。


「信じてるさ」


 本当に青い眼をしているんだ、と、ディスフィーアは思った。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 一角獣に乗ってディスフィーアが駆けてゆく。反乱軍と王国軍がぶつかる前に反乱軍に合流しなければならない、と考えたのだろう。一直線に駆けてゆく。


 デメーテはそれ見送ると、ゼリウスのところへ戻ってきた。


「ゼリウス……本当に、良かったんですか。フィーアちゃんに頼んで」

「決めたことだ」


 ゼリウスもデメーテも、魔族の純血種である。魔の精霊を介することで、言葉にしなくとも会話ができる。ゼリウスはいつも、デメーテにそうやって意思を伝えていた。

 口がきけないわけではない。話そうと思えば話せる。だが、精霊を介してのやり取りの方が、余計な感情を伝えずにすむ。


 デメーテは、昔から良く気が付く女だった。些細なことに良く気が付く。言葉の端々に漏れる小さな嘘でも、彼女は絶対に見抜く。そしてゼリウスは、どうしても小さな嘘を紛れ込ませてしまう。

 それは照れ隠しであったり、心配をかけないようにという気遣いだったりするのがほとんどだったが、それでもデメーテは見抜いてしまう。


 精霊のやり取りなら、そういう心配はない。言葉に乗る精霊のように真偽を挟むこともなく、必要な情報だけが彼女には伝わる。

 デメーテと結ばれてから、言葉で伝えるのがひどく難しいことのように思い始め、ゼリウスは徐々に口を開かなくなった。気が付くと、軍の指揮を執るときにも口で言わずとも動かせるようになっていた。特に麾下の鍛え上げた三百の騎兵は、手の動きだけでゼリウスの指示を完璧に理解する。


 ゼリウスが言葉を発するのは、デメーテが対話を望んだ時だけだった。そういうとき、デメーテはゼリウスの本心を探ろうとしている。ゼリウスは理解していたが、それでもデメーテが望む対話を拒むことはなかった。


「まさか一角獣をあげるとは、思いませんでしたよ」

「いくら幻獣でも、乗りこなせる者がいなければ宝の持ち腐れになってしまう」


 デメーテは、ふふ、と笑った。


「それだけですか」


 デメーテは、たまにゼリウス自身でさえ気づかないような感情さえも読み取る。


「フィーアちゃんに、ペルセを重ねているのではないですか」


 ペルセは英魔戦争で死んだ、ゼリウスとデメーテの一人娘だった。デメーテがその名を出すのはずいぶん久しぶりだな、と、ゼリウスは思った。


「お前こそ、そうではないのか」


 デメーテは答えなかった。ゼリウスは、自分の言葉も答えになっていないな、と思った。


「あなたが自分で反乱軍を見極めれば良かったものの。どうしてフィーアちゃんに行かせたのです」

「おれが反乱軍側につけば、間違いなく王国軍はこの領地に派兵してくるだろう。おれは自分の領地が焼かれる様を見たくない」

「それだけですか」

「……それだけだ」


 お前が心配なのだ。だから、王国軍とも反乱軍とも決定的には事を構えたくない。ゼリウスの気持ちは、きっと見抜かれてしまっただろう。


「魔都の南に、ヨモツザカというダンジョンがあるそうですね。私は、そこに行ってみようと思っています」

「黄泉の国へつながるとも言われるダンジョンだから、か?」

「ペルセに会って、気持ちの整理をしたいのです」


 ゼリウスは首を振った。


「死者は、もうどこにもいない。無に返ったんだ。言い伝えはあくまで言い伝え、誰も本当に黄泉の国へ行ったことがあるわけではない」

「それでも構いません。整理をつけたいのです」

「危険だ」

「わかっています」


 ゼリウスはデメーテの必死な言葉に、一片の嘘も紛れ込んでいないことに気が付いた。彼女はどこまでも本気で言っている。

 ゼリウスにも、その気持ちはわからなくなかった。ディスフィーアが訪ねてきて一年。どうしても我が子と重ねて見てしまう。整理をつけたいというのも、分かる気はした。整理の付け方は人それぞれだ。


「少し、考えさせてくれ。今回の反乱騒動が終わるころには、答えるようにする」


 ゼリウスはそう言って、デメーテのいれてくれた紅茶を口に運んだ。

 紅茶はもう冷め切っていた。

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