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ユーガリア戦記  作者: さくも
第3章 魔都攻略
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3-1「私こそ、あなたとの約束を守れていないわ」

 水で濡らした植物の葉に、小さな実がいくつも握り込められた食べ物が運ばれてきた。その実は透き通るような白色で柔らかく、噛むと少しだけ甘みがした。岩塩を少しだけ振りかけると、旨味がより空腹に沁みる。茶も出された。ルイドがいれてくれた紅茶に色は似ていたが、もっと渋みがあり、エリザはむせこんでしまった。スッラリクスが心配する。

 世界には色んな食べ物があるんだ。同じクイダーナ地方でも、これだけ違う食べ物がある。


 生きるか死ぬか、今日はご飯が食べられるのか。肉や魚より、パンや植物の根の方が腹持ちが良い。スラムで生きる中で「何を食べるか」よりも「今日は食べられるか」を考えていた。美味しく食べることの大切さを教えてくれたのはミンだった。


 一口食べる。美味しい。涙が出そうになって、エリザは大きく深呼吸をしてそれを止めた。

 鎧をつけたままのルイドが入ってくる。スッラリクスのように駆けてはこなかったが、思いつめた表情で、足早だった。


「エリザ様……援軍が遅れ、御身を危険に晒し、何とお詫びすれば良いか。どのような処罰でも受けます故、何卒ご容赦を」


 ルイドは平身低頭、エリザに謝罪した。エリザは頬張っていた白色の実を慌てて飲み込んだ。


「ルイド、いいの。あなたは来てくれた。そして、私は信じていた。それだけで十分。私が黒女帝の力を継いだことを言ってしまった。私こそ、あなたとの約束を守れていないわ」

「エリザ様さえご無事であられましたら。そもそも私の援軍が遅れたことがすべての原因。責を問うなら私に、どうか」

「そんなに自分を責める必要はないわ。だけど……そうね、どうしても罰して欲しいというのなら」

「はい」


 ルイドが頭を上げた。その表情は真剣そのものだ。


「紅茶をいれてもらえるかしら? ここのお茶も美味しいけれど、私はやっぱりルイドのお茶がいい」


 エリザは意地悪げに口元を歪ませた。スッラリクスが声を出して笑った。


「それはいい。将軍の処罰にそれ以上に最適な物はないでしょう。お叱りを受けるのであれば、将軍よりむしろ我々の方ですから」


 ルイドが出てゆくと、今度は代わりに黒樹(コクジュ)が入ってきた。


「エリザ……いや、エリザ様。おれはあなたの覚悟を見た。ダークエルフ部隊は皆、あなたの下につく。好きに使ってほしい」

「スッラリクスやレーダパーラは、それでいいの?」

「むしろ、私たちもエリザ様の傘下に加えていただきたいのです。これはもともと、ルイド将軍とは話していたことなのですが。私やレーダパーラにできるのはせいぜい、手の届く範囲での変革にすぎません。ですがエリザ様はもっと遠くを見通していられる。私たちよりももっと強い信念をお持ちだ。世界を変えたい、と願っていらっしゃる。そしてそれだけの力がある。なれば、微力ではありますが私たちのことも使っていただければと思います」


 黒樹が頭を下げ、続いてスッラリクスが頭を下げた。レーダパーラも二人を真似て頭を下げる。


「……わかった。ありがとう」


 彼らを使うということは、彼らの命を預かることでもある。

 いつだったか、ティヌアリアから臣下を持つことについてそう教わった。エリザはその責任の重さを、しっかり理解しようと思った。


 エリザは立ち上がると、三人に向かって言った。


「黒樹、スッラリクス、レーダパーラ。あなたたちの命、私、エリザが預かる。私は誰も傷つかない世界を作りたい。その為にあなたたちには身命賭して働いてもらう。いい?」


 全員が頷いた。


 ルイドが紅茶をいれて戻ってきた。やはりルイドのいれてくれる紅茶は美味しい。ティヌアリアももしかしたら好きだったのかな、とエリザは思った。今度訊いてみよう。

 紅茶を味わっている最中、ルイドとスッラリクスが現状の説明をしてくれた。


「防衛戦で百人余りを失いましたが、それでもダリアードの町の兵は二百人程が戦える状態です。黒樹のダークエルフ部隊がおおよそ九十人。これにエリザ様が名乗ったことで、敵兵のうち六百人余りが我が軍に加わりました。それに、ルイド将軍が率いてきた兵が、騎兵二百」

「二百? もっと大勢かと思ってた」

「兵糧が足りず、置いてきたのです。部下は魔都でのクーデターを想定して兵を集めておりました。クシャイズ城に蓄えられた兵糧をそのまま奪ってしまえばいいのですから、ほとんど必要がないという判断だったようです。それで、騎兵二百の兵糧だけを何とか手配し、駆けて参りました」


 ルイドの援兵が遅くなったのは、そのせいだったようだ。


「兵糧がなければ軍は動かせません。たった五日の距離とは言いますが、五日間何も食さずに走り続けられるはずがない。五日間、一日二食としても一人で十食、二百人の食糧となれば二千食を用意する必要があります。それも保存の利く物でなくてはならず、市で派手に購入しては目立ってしまう。時間がかかったのも当然と言えば当然でしょう」

「遠征をする大商人に伝手があれば良かったのですが、残念ながら、頼りにできる人物がおりませんでした」

「それで正解だった、と私は思います。もちろん、ここが落ちなかったから言えることですが。リズ公は無能と言われてはおりますが、それでも成金騎士ダーンズの息子。商人たちとのつながりは強いでしょう。下手に大商人を取り込もうとすれば、むしろこちらの情報が漏れるだけです」


 成金騎士ダーンズ。貴士王ダーンデッドに従い、英魔戦争を金銭面で支えた縁の下の力持ちのような存在だと、エリザは思っていた。


「どうだろうな、すでに公爵家の資産はほとんどないという。回収の見込みのない投資に走り、むしろ商人たちにはカモにされているように見えるが」

「だからこそです。資産がなくとも、彼は公爵であり、クイダーナ地方の統治をする立場にあります。その地位を利用したい者にとっては、まだまだ彼の存在は魅力がある。金を得た者が次に求めるのは権力です」

「そういう物か。言われてみれば、そうかもしれないな」


 エリザには分からなかった。金や権力とは、無縁で生きてきた。

 だから、それらが、人の幸せに必要な物だとはどうしても思えなかった。それを追い求めなければならない考えなど、すべて滅ぼしてやる、とまで思っている。


「話を戻しましょうか。エリザ様の存在が明るみに出たことで、反乱に加わろうという者たちが集まってきております。それらをすべて含めて、現状、反乱軍の兵力は二千弱というところです。それにルイド将軍が魔都周辺で集めている兵が一千。合計で三千」

「魔都クシャイズの城下兵は通常時五千というところですが、反乱軍がこの規模になった以上、貴族たちも私兵を集めるでしょう。周辺の町や村からの徴兵も激しくなります」

「私の予想では、今からすぐに進軍したとしてもぶつかるのは十日後、それまでに敵は少なくとも二万は集めるでしょう」


 途方もない数字だった。エリザはそもそも、そこまで数を数えたことがなかった。だが、三千対二万というのが分の良い数字でないことは分かった。


「時を与えれば、敵はどんどん兵を集めます。無理にでも徴兵するでしょう。町や村からは働き手が奪われ、クイダーナの荒廃がより進むことになります」

「どうしたらいい?」

「可能な限り早く、魔都クシャイズを攻め落とすのです。すでにエリザ様の存在が知られた以上、敵は是が非でもこの反乱を止めに来るでしょう。敵がより肥大化する前に、進発を。エリザ様が眠られている間に準備はすでに整えてあります」


 エリザはまだ実感が湧いていなかった。


「二万人と、戦うの?」

「魔都の軍の中核を成すのは魔族です。エリザ様とルイド将軍の存在を知って、こちらに寝返る者もいるでしょう。そういった者たちをいかに取り込めるか。今回はそういう戦いです」


 スッラリクスが言った。ルイドが頷く。


「『炎熱の大熊公』と『青眼の白虎公』がどう動くか、だろうな」


 ルイドが言った。


「かつての仲間だろう。ルイド将軍が話せばわかってくれるのではないか」


 黒樹が言ったが、ルイドは頭を振った。


「いいや、おれにも読めないのだ、あの二人は。ティヌアリア様には忠誠を誓っていたが、それはティヌアリア様だからだ。帝国が敗れてから四十年、彼らは牙を隠すように領地に籠り、隠遁生活のようなことをしている。おれには、あの二人がティヌアリア様の力を継いだからといってエリザ様の下に来る、とは短絡的に考えられない」


「純血種のお二人が動けば……というのは、クイダーナの各地で言われていたことです。言われ続けていながら、二人とも動かなかった。もし彼らが敵方につくのであれば、反乱へ加わろうとする魔族も減ることでしょう」


「そうなると、苦しい戦いになる」

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