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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-20「ジャハーラ子爵が三男。この首取って宝とせよ!」

 戦場は、混乱の極みにあった。黒女帝の力を継いだという少女が見せた力は、確かに純血種が持つ強大な魔力に他ならなかった。そして、背徳の騎士が向かってきているという。

 貴族の首を取り、それを手土産に反乱軍に加わろうとする者たちが後を絶たない。貴族の私兵たちはほとんどが逃げ出し、城下兵は、反乱に加わろうとする者と、それを止めようとする者たちで割れている。


「兄上、今が機です! 我らも反乱軍に加わりましょう」


 ターナーが言った。

 サーメットは最初のぶつかり合いで敗れてからというもの、全軍の指揮権をはく奪されていた。今回の総攻撃においても、砦を囲む左翼に配置されただけで、戦果を上げる機会さえ得られていない。

 後に援軍として五百人ほどを率いてきた貴族に総指揮の権利は譲られていた。その貴族は今や首だけになって、反乱軍に加わろうとする勢力の穂先に掲げられている。


「いや、ダメだ。真否の分からない情報に踊らされるわけにはいかない。おれはこの軍の指揮も執っていたんだ。それに万一、これが何かの罠だったら、王国を裏切ったと父上に迷惑がかかる。……見ろ、ダークエルフの部隊まで出てきている。この混乱の中で、少しでもこちらの戦力を削ごうとしているんだ。どんなに気にくわなくとも、友軍を見捨てるわけにはいかない。」

「背徳の騎士が背後から迫っているとも言っていましたね」

「ああ、だから魔都へ一直線に逃れるわけにはいかない。挟み撃ちにあって全滅する。全軍をいったん散らせる。誰でもいい、生き延びて魔都に戻りこの事態を伝えるんだ」


 サーメットは、最初のぶつかり合いで出会った騎士を思い出していた。精霊殺し(スピリット・キラー)を持つ漆黒の騎士。

 まさか、彼が背徳の騎士ルイドだったというのか。そうだとすれば彼が父を知っているかのような発言にも納得はつく。

 だが――それならば、なぜ、今頃になって出てきたのだ。この四十年何をしていたのだ。


「わかりました。あくまで討伐軍であるというのなら、指揮官が次々討たれているいま、指示を出せるのは兄上だけですからね」

「そういうことだ」


 ナーランが寄ってきた。


「兄上、どうしますか。味方同士で戦いになっている以上、ここはもう持たない、と思いますが」

「わかっている。ターナーもナーランも、兵を十人ずつ一組にして、別々の方向へ駆けさせろ。少なくとも夜明けまでは駆けるように伝えろ。それができなければ死ぬぞ、と。兵の大半を逃がし終えるまで、おれはここでできる限りの足止めをする。お前たちは兵を率いて中央まで走り、全体に指示を伝え終えたら少数の兵だけを率いて、兵たちと同じように別々の方向へ駆けろ。幸いにしてお前たちは騎馬だ。逃げ切れる可能性は十分にある」

「兄上、私も」

「ダメだ、お前はまだ若い。ここで死ぬには早すぎる。それに、この状況は元はと言えば、この戦にお前たちを引っ張り出したおれの責任だ。お前たちは生きて、ライデーク伯にこのことを伝えろ。父上にも、おれは勇敢に戦ったと、どうか良く言っておいてくれ」


 ナーランが、顔をくしゃくしゃにして涙ぐんだ。


「さあ、行け。泣くんじゃない」


 ターナーが、涙ぐむナーランを連れて行った。兵に指示を出し、乱戦の中でも声を張り上げ、逃げるように伝えてゆく。


「このことを魔都にいるライデーク伯に! リズ公に伝えるのだ! この反乱は、ただの反乱ではないと、見たことをそのままに、正しく伝えよ!」

「十人以下の小隊で行動しろ! 大人数でまとまっていては狙われるぞ!」

「できるだけ散るんだ。そうすれば生き延びられる者も出てくる! 十人以上の規模にならないよう注意しろ! 追われたくなければ火を消して、ただひたすらに駆けよ!」

「生き延びたければ、夜明けまでは駆け通せ! それだけ駆ければ敵も追ってはきまい」


 どうすべきか迷いあぐねている兵たちに、ターナーとナーランの指示は響いたようだ。町を包囲する格好のまま、先ほどまでの仲間同士で乱戦になっていた自軍が、反乱軍に加わろうとする者と、逃げ出そうとする者に分かれる。さらに追い打ちをかけてこようとするかつての仲間を、サーメットは何人も斬り倒した。馬を走らせ、声を張り上げる。


「ジャハーラ公が三男、サーメットである。王国を裏切り、反乱に加わろうとする者どもよ、この首取って宝とせよ!」


 裏切り者たちの中、馬を走らせる。寄ってきた兵は叩き斬り、弓を射かけてきた敵には精霊術で対抗した。

 左肩に受けた矢傷が開く。サーメットは吠えた。こうなれば命尽きるまでに何人を道連れにできるかだ。一人でも多くの兵をこの場から逃がしたい。


 サーメットはその時、周囲の景色に違和感を感じた。一瞬だけ、敵の姿がぼやけて見えたのだ。

 ダークエルフだ。透明化の精霊術で戦場に溶け込んでいる。


 サーメットは、辺り一帯の地面に小さな爆発を起こした。硝煙が上がる。ダークエルフは、風と空気の精霊の力で透明になっている。それを汚してやれば、透明化の術にも綻びができる。

 炎熱の大熊公と畏れられた父には遠く及ばなくとも、火の精霊は手足のように使いこなせる。兵を率いての戦いでなく、自分一人の武を試すというのなら、ダークエルフに負けるはずがない。


 サーメットは透明化が不完全になったダークエルフに斬りかかり、その首を落とした。鮮血が舞い、ダークエルフは倒れた。

 まだ、いる。

 至る所に爆発を起こした。あちこちで戦場がぼやけて見えた。数が多い、何人だ。


 サーメットは剣を構えると、深呼吸をした。落ち着け。一人ずつ倒すのだ。ダークエルフを一人倒せば、それだけで味方が生き延びられる可能性が上がる。それは、ただの兵を倒すよりもよっぽど価値があるはずだ。

 確実に居場所を掴んだダークエルフに火を放った。透明化が解け、火だるまとなったダークエルフが姿を現した。絶叫がこだまする。

 サーメットはさらに、近づいてきた気配を斬り倒した。肩の傷から、血が滲んだ。


「勇敢な男だ」


 耳元で声がして、サーメットは剣を背に向けて振り回した。風を切る音がする。

 振り返った先で、ダークエルフが透明化を解いた。


「お前が、指揮官か」

「ダークエルフ部隊を率いている、黒樹(コクジュ)という」

「黒樹、おれの首を落とせるチャンスをふいにして良かったのか」

「おれはこう見えて卑怯な手が嫌いでな。こうも勇敢に戦う男に対しては特にそう思う。部下に手出しはさせない、一騎討ちといかないか」

「願ってもない」


 サーメットは剣を構え直した。握った柄が、血でべとつく。黒樹は両手に短刀を構えている。もう、透明化はしないようだ。


 黒樹が先に動いた。左から来る。サーメットは剣に火の精霊を宿した。

 渾身の力を込め、下段から突く。手ごたえがない。サーメットはそのまま剣を横薙ぎにした。黒樹の姿がない。透明化か。そう思った次の瞬間、右から風を感じて、サーメットは倒れこむようにして黒樹の短刀を躱した。

 このダークエルフは、最初の突きを飛んで躱したのだ。


 サーメットの剣が纏う炎が、緩やかに色を失ってゆく。


「どうした、もう終わりか」

「ほざけっ!」


 剣を構え直す。ごうっと炎が勢いを取り戻した。

 強がっては見せたが、そう長くは持たないだろう。精霊術を使いすぎている。それに、血を流しすぎた。


 黒樹が突っ込んでくる。サーメットは二歩下がり、黒樹の短刀を受け止めた。二本の短刀と、一瞬、刃がぶつかった。

 このままつばぜり合いに持ち込めれば有利だ。剣の纏った炎で、黒樹に手傷を負わせられる。サーメットは剣に力を込めた。


 黒樹が退いた。サーメットは力余って前のめりになった。

 態勢をすぐに立て直さねば。剣が重い。身体が持ち上がらない。剣を構えろ。頭でいくら命じても、踏ん張りがきかない。


 黒樹はこの隙を逃さないだろう。

 殺される。そう思った瞬間、サーメットは首根っこを掴まれていた。


「助けに来たわよ!」


 聞き覚えのある声がした。すさまじい速度で引っ張られている。身体が地面と平行になっている感覚をサーメットは味わった。

 意識の隅で、サーメットを追おうとした黒樹が、追うのを諦め、武器を収めるのが見えた。

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