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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-17「そこの首謀者の首を持ってこい。そうすれば君たちは英雄だ」

 約束の十五日が過ぎても、ルイドは来なかった。

 レーダパーラはスッラリクスが何度も物見の兵に確認を取っているのを見ていた。珍しいな、と思う。いつも冷静なスッラリクスが、焦っているようにさえ見える。


 対してエリザと黒樹(コクジュ)は落ち着いていた。エリザは一緒に怪我人の治療に出てくれることは少なくなったが、その分、隠れて戦場に出ている。

 ダークエルフたちが風の精霊術で火矢を弾き返しているように見えるが、そのほとんどが風王の力を借りたエリザの仕業だと、レーダパーラは知っていた。


 エリザから、スラムでの生活の話を聞いた。信じられないような話ばかりだった。

 子どもを売り買いする商人たちの話や、目の光をなくした人々の話、知識のないレーダパーラでさえ下品だと感じる低俗な唄、貧困、盗みに走る少年たち。それから、エリザの燃やされた家。


(ボクはまだ、恵まれていた方なんだ……)


 スッラリクスに出会うまでも、それほどに過酷な環境に身を置いたことはなかった。物乞いではあったが、エリザの口から出てくるような状況にまでなったことはほとんどない。

 そのエリザが、ルイドが来ることを疑っていない。落ち着いて、自分の成すべきことをやっている。


 レーダパーラは、怪我人の手当てにより時間を割くようになった。エリザに「眼の下のクマがすごいよ。休んだら」と言われたが、レーダパーラには彼らを見捨てることはできなかった。


 自分の代わりに傷ついてくれているんだ。レーダパーラはそう思っている。

 虹色の眼だなんだと持ち上げられても、ただ変わった眼をしているだけで、エリザのように精霊術が使えるわけでもないし、スッラリクスのように学があるわけでもない、ルイドや黒樹のように戦えるわけでもない。それなのに、レーダパーラを希望の光と思って、反乱軍は一つにまとまっている。彼らはレーダパーラを守る為に傷ついている。


 戦闘には参加しないように、きつくスッラリクスに言われていた。それなら怪我人の手当てをさせてほしい、自分からそう言った。そうでもしていないと、気が狂いそうだった。


 ルイドさんは来るよ、大丈夫だよ、とスッラリクスに言った。スッラリクスは「わかっていますよ」と、いつもの優しそうな笑顔で言ってくれた。


「レーダパーラ、あなたも無理をしないでくださいね」

「エリザがあれだけ頑張ってるんだよ。ボクは、ボクのできることをするさ」

「あなたたちは、本当に強いですね。私たち大人がしっかりしなければならない物を。我ながら情けないばかりです」


 敵がやり方を変えてきた。

 わざと、こちらに見える場所に兵糧を置き、防備を固めると、匂いの強い糧食を取り、酒を飲んで騒ぎだした。それが三日続いた。


「こちらには食料も十分にあるし、薬もある。毛布やマントも支給できる。精霊術師も大勢いる。手当てを受けたい者、歓待を受けたい者は砦を出てくるがいい。ほんの些細なすれ違いからこのような乱などになったが、元はクイダーナの民ではないか。降伏した者の身の安全は保障しよう。リズ公にも良く言っておく。これから共に世を正しく直してゆこうではないか」


 こちらの砦の中にまで声が届く位置まで、貴族風の男が馬で寄ってきて、大声で言った。戦場だというのに兜もつけていない。


「口からでまかせを言うとは、貴族ならでは、ですね。誰一人生きて帰すつもりなどないでしょうに。それに、ここに集まった者たちは勇士。女子どもも含めて皆がそうです。決死の覚悟でここにいる。誰があなたの口車になど」


 スッラリクスが大声を張り上げて応戦した。

 口合戦では、指揮を執る者が言い返さねば兵の士気はより下がってしまうのだ、とレーダパーラは教えてもらっていた。


「貴君はそうかもしれないが、果たして皆がそう思っているだろうかな。いずれこの砦は落ちる。だが私はクイダーナの民の血が流れるのをこれ以上見たくはないのだ、分かってくれ」

「いいえ、わかりません。これまでリズ公が私たちの為に何をしてくれましたか? これまで何もしてくれなかった者が、これから何かをしてくれるなどと考えるような楽観主義者はここにはいませんよ。どうせ短い人生、死ぬまで王国貴族の為に働くくらいなら、ここで果てます。すべてを奪われるのは、死よりもつらいことを誰もが知っています」

「飢え死にしてもか」

「私たちが飢え死にすれば、多くの民が立つでしょう。リズ公の最期が、少しばかり遅れるというだけです」

「これ以上の問答は不要だな。いいか、反乱軍に加担しているすべての者よ。そこの首謀者の首を持ってこい。そうすれば君たちは英雄だ。リズ公は賢明なお方だ、報奨金も出るだろう。幸福な人生を選ぶか、ここで全員果てるか、選ぶがいい」


 貴族が馬首を返した。

 その後ろ頭に、矢が刺さった。貴族がゆっくりと馬から落ちる。


「それが返事だ」


 射たのは黒樹だった。砦の中が歓声で溢れた。おおよそ人離れした距離からの射撃、それも敵が精霊術で躱す暇も与えない一撃だった。主を失った馬が敵陣へ駆けてゆく。


 それきり、敵は静かになった。こちらが焦れて動き出すのを待っているようだ。攻撃の手もわざと緩めているようだ。負傷者の数は減ったが、その代わり、貴族の男の甘い言葉は、しっかりと反乱軍の中で根を張った。

 スッラリクスは懸命に人々を説得して回った。


「私の首を差し出したところで、何一つ変わりはしませんよ。ただ乱が鎮圧され、反乱に加担した者は皆殺しにされる。敵の思うつぼです。こちらには変革の証でもある虹色の眼を持つレーダパーラもいるのですよ。ここで死ぬはずがない、と私は思っていますよ。統一帝ダナリアンと同じ虹色の眼を信じましょう。それに、敵は攻めあぐねてあのような甘言を流しているにすぎません。いいですか……ルイド将軍は必ず来ます、それまで耐えるのです」


 不審がる民をなだめ、負傷した兵を労っている。それでも兵士たちの士気は下がっていた。開戦前に檄を飛ばしたルイドがいないのである。いつまで耐えればいいのか、耐えるよりもスッラリクスの首を差し出すべきではないのか。いったいどれだけの兵がそう思っていることだろうか。レーダパーラは兵を誰一人信用できなくなっている自分に気が付いた。


 エリザなら、もしかしたら疑心を持っている人に気が付いているかもしれない。ただそれは、そうやって人を信じきれないというのは、どんなにつらいことだろう。

 レーダパーラは考えるのをやめた。エリザに訊くのもやめた。間違いなく、彼らは自分の為に戦っている。たとえスッラリクスや自分の命を狙おうとするのなら、それは自分たちに人望がなかったというだけの話だ。考えないようにするために、より負傷兵の看病の時間を増やした。


 ルイドが魔都へ向かってから、二十日が経った。


「ルイド将軍は絶対に来る。耐えろ」


 黒樹が兵を集めて言った。スッラリクスとレーダパーラも立ち会った。いつまで耐えればいいのか。兵の顔にはそう書いてあるようだった。まだ物見の兵から報告は入らない。

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