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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-13「ジャハーラ公のご子息というのは、貴公かな」

 失った馬は、二百頭を超えていた。幸いにして死者は三十名程で済んだが、貴族から無理に徴収した騎馬隊は返さざるを得なかった。サーメット、ターナー、ナーランの三人を除くジャハーラ領の兵はすべて徒になり、残った馬はすべて貴族に返す形となった。

 足に棘が刺さり、すぐには使い物にならない馬も多数いる。


 完全に、最初からこちらの馬をつぶす為に作戦を練っていたとした考えられなかった。


「ふん、最初から騎馬を一まとめになどしなければ良かったのだ」


 貴族の一人に、そう言われた。

 不思議と腹は立たなかった。敵の奇襲を恐れるあまり軍勢を固め、その結果が裏目に出た。作戦負けなのは事実だった。


 罠を避けて、あるいは一つずつ潰しながら進軍した。日が暮れるまでには、町をいつでも攻撃できるという距離まで詰めておきたかった。ダークエルフの部隊は、進軍するとたびたび攻撃を仕掛けてきた。木々の枝の上、茂みの間、四方至る所からの弓に注意を払わなければならず、兵は疲労していた。それも、ダークエルフたちは馬を最優先で殺してゆく。むしろ兵とは戦わないようにしてさえいるようだ。戦わずに、こちらの兵を疲弊させている。

 敵の三百人余りの兵は、町を守るように堅陣を敷いたまま動いていない。偵察の兵から報告を受けた。サーメットには何よりそれが恐ろしかった。やつらは、いつ動くのか。どこまで攻め寄ったら動き出すのか。騎馬が半数以下になった自軍では、一撃であの堅陣を敷いた三百を崩すことはできないだろう。


 陽が沈む頃になって、ようやく砦が攻撃できる範囲に入った。これで圧力をかけられる。先行した騎馬兵に、先に営舎の準備をさせた。その矢先、偵察兵から報告が入った。


「柵の前で布陣しているように見えるのは、ほとんどが兵ではありません! 女と老人ばかりです!」

「……なんだと?! 急いで方円の陣を組ませろ。奇襲が来るぞ」


 サーメットの指示は、だが、またしても一足遅かった。

 陣を組む前に、左右後方の森から敵の伏兵が飛び出してきたのだ。後方の歩兵部隊が襲われている。陽が、落ちる。喧騒は聞こえるが、敵の規模も、編成も、どこで争いが起きているのかも分からない。サーメットは馬にまたがり、炎の精霊に命じて辺りを照らした。


「なかなかの精霊術だな」


 闇の中に現れた騎馬兵のシルエットは、黒づくめだった。黒髪を後ろに流している。炎で照らされた冷徹な目が印象的だ。鎧には、すでに多量の返り血を浴びている。


「ジャハーラ公のご子息というのは、貴公かな」


 騎士が、腰の剣をゆっくりと抜いた。寒気がする程の、威圧感だった。


 唾を飲む。

 サーメットもまた、剣を抜いた。


 周囲の兵が、敵の騎士に斬りかかる。やめろ、とサーメットが言うよりも早く、その兵は斬り捨てられていた。


「ジャハーラ卿が三男、サーメットと言う」

「三男……三男か。どうやら、ジャハーラ公は死んだ人間はカウントしないようだ」


 騎士が、にたり、と笑った。

 ジャハーラのことを「公」と呼ぶのが、サーメットは気になった。漆黒の騎士は名乗らなかった。何者だ。ただ者でないのは確かだった。


「少しばかり遊ぼうか。なに、手加減はするさ」

「ほざけっ!」


 サーメットは、馬を走らせた。ルイドは動かない。すれ違いざまに、薙ぎの一撃。胴を狙う。渾身の力を込め、敵の剣が届くよりも早く……


「ごふっ」


 腹に鈍い衝撃を喰らって、サーメットは馬から落ちそうになった。かろうじて耐える。


「どうした、もう終わりか?」


 ルイドは、剣を逆手に構えていた。腹を剣の柄で衝かれたようだ、ということにようやく気が付く。

 信じられないほどの神業だった。


「くそっ!」


 サーメットは精霊に呼びかけ、巨大な炎の玉を作ると、ルイドに投げつけた。ルイドはかわすでもなく、剣で炎の玉を打ち払った。炎は四散する。


「まさか……その剣は……精霊殺し(スピリット・キラー)?!」

「ああ、言わなくてもわかると思ったんだがな」


 現在のルーン技術では絶対に作り上げることのできない伝説の武器を、目の前の男が持っている。


「殺すのは簡単だが、ジャハーラ公に恨まれるのも嫌なのでな。少し眠っていてくれ」


 ルイドが馬を走らせる。剣を、構えろ。身体に命じているのに、腕の筋肉に力が入らない。

 戦ってはいけない。彼はそういう部類の人間だ……! そう身体が拒否を示している。


「また会おう、サーメット」


 漆黒の騎士が、すれ違いざまに言った。


      ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::


 スッラリクスの作戦が完璧に決まった。ルイドはそう思った。


 門の手前に反乱軍の主力三百人がいると偽装し、本隊は森の中に隠す。偽装の為に門の前に布陣しているのは、五十の弱兵と、有志の女性と老人たちだった。鎧をつけ、兜を被ることで偽装する。陣についてはスッラリクスが指示をして、敵に本隊がそこにいると思い込ませた。偽装の為に夜も火をたかずに寒さに耐えさせた。老人には堪えたことだろう。


 偽装を見破る距離にまで近寄ってきた偵察兵はダークエルフが始末し、喉を掻っ切って、死体を目立つところに置いておく。

 そうすれば偵察に出される兵は、本隊から少し離れると不安になる。陣にいるのが女性と老人ばかりだと気づく距離まで偵察には来られないだろう。


 さらに彼らの恐怖は、進軍中の敵部隊に弱点を作ることになる。そこでダークエルフ部隊による奇襲攻撃。馬を優先的に殺し機動力を削ぐ。敵に馬が狙いだと教えてやれば、本隊と騎馬隊を分けて運用しようとはしない。そうすれば騎馬の機動力は削がれ、ダリアードの町の前に布陣している囮に気がつくことはない。偵察兵は出すだろうが、隠密行動でダークエルフの上を行ける者はいない。本陣から離れすぎれば殺される。


 そして、敵が本隊に見えていた三百が囮だと気づいてもおかしくない距離まで近寄ったところを、後ろから攻撃する。ルイドの組織した騎馬隊が先行して突撃することで、敵を混乱させる。たった二十騎ではあったが、敵を後方から衝き、突破口を開くには十分な数だった。


「陽が落ちてからの方が奇襲は効果が高い。落とし穴をいくつも作り、敵の進軍速度を落とします。ダークエルフ部隊も撹乱と足止めの為に、なるべくちょっかいをかけてください。そうすれば敵は黒樹(コクジュ)たちにどこから襲われるかわからず、進軍速度を落とさざるを得ない。そして敵がこの位置まで来たら、背後から本隊で襲い、そのまま敵陣を突っ切って砦に逃げ込みます」


 すべてが、スッラリクスの描いた通りに進んだ。

 敵の後方を衝くことに成功した反乱軍は、そのまま敵の陣を突っ切って、砦に逃げ込んだ。失った兵はわずかだろう。逆に、敵の兵は、ダークエルフ部隊の奇襲と合わせて二百から三百は削ったはずだ。


(なかなか、良い策士のようだな)


 敵が布陣を整え直している。明日から先は、しばらく砦を囲んで戦線が膠着することになるだろう。ルイドは馬首を返した。

 ルイドは敵将サーメットのことを考えた。殺しておくべきだったか。そうすれば討伐軍は瓦解したかもしれない。だが、ジャハーラ公の息子を殺めたくはない。かつて共に戦った仲なのだ。それに、エリザの存在を明かせば、また共に戦えるやもしれない。そうなったとき、サーメットを殺したことが共闘できぬ理由になる可能性を考えれば、生かしておいたのが正解だったはずだ。


 さて、あまり考えている暇はない。敵が総攻撃に移る前に、軍勢を率いて戻らねばならない。

 スッラリクスと黒樹には十五日後と約束をしている。

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