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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-12「ダークエルフが潜んでいるぞ。警戒しろ」

 クイダーナ城下から連れてきた一千の兵は、全員歩兵である。彼らは魔族でほとんどが構成されていて、動きは悪くない。問題は貴族が出してきた騎馬の三百だった。動きがとろい。貴族の道楽息子たちが数十騎ずつを率いてやってきたような形になっているため、混成軍と化していて、サーメットの思い通りに動かない。


 一日の進軍で、サーメットはそれを見抜くと貴族の代表を集めて交渉を持ちかけた。騎馬の指揮権をすべて譲って欲しい。その代わり、貴族には比較的安全な輜重(しちょう)部隊(※補給部隊のこと)や、包囲戦になった際の歩兵部隊の指揮権を譲る。貴族のほとんどがそれに従い、従わない者は恫喝した。それで、騎馬はすべてサーメットの指揮下に入った。


 サーメットは自身でジャハーラの領地から率いてきた二百の指揮をし、残りの三百の騎兵を半数に分けて二人の弟に預けた。それで、進軍速度はずっと良くなった。


「兄上、見えてきました。あれがダークエルフの森、その手前に見えるのがダリアードの町です。歩兵を待ちますか」


 ナーランが寄ってきて、言った。


「いや、あれを見ろ」


 サーメットが指し示した先、ダリアードの町の柵の手前で、三百人程が陣を敷いている。堅陣だ。


「やつらはやる気のようだ。だが、罠だろうな」

「兄上、罠です。あの中にダークエルフの部隊がおりません」


 ターナーが寄ってきて言った。サーメットは騎馬部隊を止め、野営の準備をさせた。


「ダークエルフか、厄介だな。こう、森が点在しているのではどこに潜んでいてもわからん」

「ですが、やつらの狙いは簡単です。兄上の首を取ること。それだけでしょう。それで討伐は失敗し、反乱軍は規模を増せます。クイダーナ中に火種はくすぶっていますから、反乱軍が大きな勝利を収めればあちこちで一気に火が付きます」


 魔族や、人間と魔族の混血たちの間で不満が広がっているのは確かだった。

 まことしやかに『背徳の騎士』が帰ってきたとか『黒女帝』が復活したとか、帝国時代に戻そうとしているかのような噂が流れているのは知っている。指導者を求めている。そういう民の願望だろうと、サーメットは思っていた。


「いっそ、この討伐隊を率いてこのまま魔都へ攻め込みますか。そうすれば父上も動かざるを得なくなる。クシャイズの城下兵だって、やつらが指揮していたんじゃまともな動きはできないでしょう。まずは歩兵一千を蹴散らし、兵糧や武器を奪って反乱軍に合流する。見てくださいよ、反乱軍のやつらの陣。なかなかしっかりしてる。士気も高そうだ。装備さえ整えば、という気がしますがね」

「物騒なことを言うな、ターナー。誰が聞いているのかわからないんだぞ」


 サーメットは、ターナーをなだめた。

 だが確かに、このまま騎馬隊を駆って反転し、歩兵一千を破って反乱軍と合流し、魔都へ攻め込めば、と言うのは考えた。魔都周辺にもリズ公の政治に不満を持つ者は多い。何か、人心を惹きつける旗が上がれば一挙に瓦解してもおかしくはない、とサーメットは思っていた。


 旗印となる存在。たとえば、元帝国軍の双璧と謳われた『炎熱の大熊公』と『青眼の白虎公』が動けば……。


「それに、父上は動かないさ。おれたちがたとえ離反すれば、父上はむしろ、おれたちを討つ側に回るだろう」

「そうでしょうか」


 何度も考えたことだった。何度も考えたし、父には何度もそのチャンスはあった。だが父は息子たちと袂を分かってでも決して王国を裏切らないだろう、というのは確実だった。何に忠義立てているのかわからないが、とにかく父は動かない。決めたことは頑として譲らない。そういうところがある人だった。


 そして、人心をまとめるだけの存在が中心になければ、反乱が成功することは万に一つもあり得ない。各地で火が起きても、一つにまとまれないままに鎮火する。火が燃え盛っても、せいぜいリズ公の首を取れるかどうかという所だろう。そして首が取れても、王国から新たな公爵なり侯爵なりがやってきて、支配者の首がすげ変わるだけだ。王国の主力や、北の聖騎士の軍勢が海を越えてやってくれば、指導者のいない兵では太刀打ちなどできない。


「まもなく陽が落ちる。松明を持たせた騎兵で、後続の歩兵を誘導してやれ。今日はここで野営する。夜襲には十分注意させる。交代で見張りを出す。野営の準備が整い次第、騎兵の半数は休ませておけ。敵はダークエルフ部隊を擁している。あちらから攻めて来るなら夜だ」

「わかりました」


 ターナーとナーランが兵に指示を出しにゆく。


 後続の歩兵には輜重隊の荷物も運ばせている。食糧はひと月分以上運ばせていた。ダリアードの町に敵が立て籠もるようなら、さらに追加で兵糧は運ばせる。


 時間をかけてもいい。確実に殲滅することだ。反乱の芽は潰しておかなければ、またすぐに次の反乱が起きる。反乱が起きれば兵を出さざるを得なくなり、それには金や食料が必要になる。公爵家の資産が尽きた今、貴族たちの私財が投入されるのは当然の流れだったが、貴族の中には不満に持つ者も出てくるだろう。そうなれば、払った分の財を回収しようと、王国にバレないように私有地の税を上げるに違いない。もっとひどいと、盗賊団にわざと村や町を略奪させ、その見返りを得ようとするやつらも出てくるかもしれない。

 徐々に王国の支配は薄れ、クイダーナは加速度的に荒廃してゆくだろう。


 クイダーナの民の血が、流れる。赤い大地をより真っ赤に染め上げる。

 故郷がそうなるのだけは避けたい。


 その為に、ここで反乱の芽を確実に摘む必要がある。

 陽が落ちた。敵は火を起こさなかった。雲の厚い夜だ。星の光が地表に届かず、敵の動きが見えない。


 サーメットは夜目の利く者を十人選び、闇の中で進ませた。敵の動きを知りたい。とにかく情報が欲しい。門の外に出ていた三百の兵は、町の中に撤退したのか。それとも、闇の中でこちらに近づいているのか。それからダークエルフの部隊だ。やつらは、どこに隠れている。


 朝になった。敵の襲撃はなかった。敵は、昨日見た位置でじっと身を潜めていたようだ。偵察に出した十人のうち、四人が帰らなかった。


「そこかしこに落とし穴が仕掛けられています。注意して進まなければ犠牲が出るでしょう」


 偵察から戻った兵が言った。


 サーメットは落とし穴を警戒して、兵をなるべく離さないようにし、ゆっくり軍を進ませた。途中で、喉をかき切られた兵士が倒れていた。昨夜、偵察に出した兵だ。


「ダークエルフが潜んでいるぞ。警戒しろ」

「こっちは落とし穴だ!」


 サーメットのすぐ近くで、騎兵が落とし穴にはまった。穴は浅かったが、中に鋭い棘の植物が隠されていて、それが足に突き刺さり、馬が暴れた。騎乗の兵は振り落とされ、別の騎馬に当たる。パニックが連鎖的に広がってゆく。


「暴走した馬から離れろ、全員だ」


 サーメットが指示を出した瞬間、サーメットの馬が狂ったように嘶いた。何事だ、と思った時には、馬から振り落とされていた。


「兄上、大丈夫ですか」


 慌ててナーランが駆け寄る。ナーランの馬に乗ろうとして、初めて、サーメットは膝の高さまでの間でだけ、風が流れていることに気が付いた。よく見ると地表付近だけ、風の精霊の動きがおかしい。


「馬を捨てろ! 全員だ!」


 騎乗の兵に気が付かない位置で風を吹かせ、棘をばらまく。落とし穴にはまって暴れた馬の前例があるから、何らかの物理的な罠だという先入観があった。この攻撃の中心は、精霊術だ。


「風の精霊を従えられる者は、地表付近の風を止めるんだ。それが敵の攻撃の正体だ!」


 落とし穴で注意を逸らし、伏兵の脅威からまとまって行動しているところに、馬を混乱させて暴れさせることで打撃を与える。見えるところに布陣した敵の本隊も、目くらましだった。

 やってくれる、と、サーメットは思った。


 その時、サーメットの左肩に痛みが走った。矢が、突き刺さっている。


「ダークエルフだ!」


 木々の枝に、黒い肌をした長身の男たちが、弓矢を構えていた。次々と矢が射られる。馬の混乱は手が付けられないほどになった。振り落とされる者、蹴飛ばされる者、ダークエルフの矢で射られる者……。


「馬を捨てろ! 全員だ!!」


 サーメットは指示を繰り返した。


「精霊術が扱える者はダークエルフどもを木々から叩き落せ。使えない者は盾を構え、負傷者を救助しろ! おれとナーランの近くへ運ぶんだ。急げ!」


 大声を張り上げると同時に、サーメットは周囲の二、三十人を囲えるほどの大きな火の盾を精霊に作らせた。頭上に展開する。ナーランも隣で同じ大きさの盾を作り上げて矢を防いでいる。遠くで、ターナーが同じように火の大盾を作っているのが見えた。これで、何とかしのぎ切れるか。

 左肩に刺さった矢は、鎧を貫通していた。

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