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ユーガリア戦記  作者: さくも
第6章 白霧の中へ
156/163

6-18「然るべき所に金を出すのです。そうすれば、産業は育ちます」

【お知らせ】

マンガBANG!様でコミカライズの配信が始まりました。そちらもどうぞよろしくお願い致します。

その他のお知らせは長くなっちゃうので活動報告ページに記載しております。

「勝利に水を差すような言い方になってしまいますが……未だ、彼我の戦力差は歴然。ルージェ王国は強大です。クイダーナ地方は、魔族が多いことや不満が溜まっていたこともあって、大きな抵抗を受けることなく平定することができました。しかし、他の地域に行けばこうはいきません。種族の違いは、大きな軋轢を生むでしょう。これ以上の侵攻は危険です。すでにご存じの通り、ジーラゴンの領主ラールゴールは我々を裏切り、王国側につこうとしました。ジーラゴンでさえ、そうなのです。ルノア大平原にまで軍を進めれば、これはさらに顕著になるでしょう。誰が敵で誰が味方なのか、わからなくなります。かといって無理に力で押さえつけながら進軍すれば、後の反乱の芽を生み、兵站が乱れる原因となるだけでしょう。これ以上の進軍は危険であり、得るものは少ないのです」

「だから、独立か」

「クイダーナは守りやすい土地です。王国軍の侵攻を許さずに耐え抜けば、やがてクイダーナは別の国だという認識がユーガリア中に広まります。エリザ様の求める理想郷をクイダーナに作りあげれば、それに賛同する者たちは自然と集まってくるはずです」

「それまでに、どれだけの時間がかかる?」

「私の見立てでは二年。ユーガリア全土にクイダーナの独立が広まり、エリザ様の思想に共感する者たちが集まり始めるまでに、そのくらいはかかります」


 スッラリクスは地図を取り出して大枠の説明を始めた。

 軍を三つに分けた通り、クイダーナ地方に侵入するには大きく三つのルートがある。


 まず最初に北海を通じて、パージュ地方とつながるルート。

 しかし、このルートは冬の間しか使うことができない。氷が張っていれば歩いて渡れるが、逆に氷が張っていない時期は大蛸をはじめとするモンスターたちが多すぎて、船団が通行するのは難しいからだ。


 次に、クイダーナ南部からルノア大平原の西岸につけるルート。これは、海岸沿いの都市を含めてアッシカ海賊団が支配している。

 最後に残るのが、リズール川を通過して、ルノア大平原の北西部に出るルートである。


「つまり、冬の間を除けば、我々はリズール川を経由するルート……ここゾゾドギアを守り切るだけで、クイダーナを王国領から切り離すことができるのです。私はリズール川の大平原側に要塞を築き、守りを固めるという手を考えています。ジーラゴン、ゾゾドギア、そして新規要塞都市。三か所の都市を上手く連携させて、クイダーナの出入り口を固めます。機構都市パペイパピルを擁するアッシカ海賊団とも連携が取れれば、いかに王国軍と言えどそう易々とクイダーナへ攻め込むことはできなくなるでしょう。すでに新規都市の建設予定地では、地質の調査も始めております。二月もあれば、簡易的な戦術拠点にできるはずです」

「ゾゾドギアを守るだけと簡単に言うが、聖騎士の軍勢は無傷で残っているのだぞ。リガ山脈を越えて彼らが南下してくれば、建設中の都市など一たまりもあるまい」

「パージュ大公国は、全軍を率いて南下してくることはできません。雪が解ければ間もなく、星が流れる季節になります。そうなれば、異民族バルートイたちが動き出し、聖騎士たちは防衛に軍を割かねばならなくなります。全軍の半数も動員できないでしょう」

「バルートイが動いている間、余力はないということか。だが、冬の間はそうはいくまい。北海が凍り付けば、クイダーナの北部が狙われる。また二方面作戦を取るのは無謀だろう」

「大掛かりな機械を作り、北海の沿岸部に設置します。特に有効なのは、投石器でしょう。エリザ様のお話によれば、割れた氷の下からモンスターが顔を出したとのこと。つまり、冬の間もモンスターたちは氷の下にいるだけで、眠っているわけではないのです。投石器を使って氷を割ってしまえば、モンスターたちが顔を出すでしょう。そうなれば、聖騎士の軍勢は多大な犠牲を覚悟しなくては北海を渡ることができません。投石器は、機構都市パペイパピルからも輸入ができます。アッシカ海賊団から購入すれば良いのです。彼らとしても、ルージェ王国が力を持つよりは、クイダーナ帝国との共存を図ろうとするはずですから、十分に実現可能かと」

「なるほどな。……クイダーナ独立、か」


 ルイドは少し考えたようだったが、やがて「やはり難しいだろうな」と声に出した。


「おれも、ルイドと同意見だ」


 ジャハーラが口を挟んだ。


「確かに軍師殿の言う通り、クイダーナは守りやすい土地ではある。だが同時に、クイダーナはクイダーナだけで経済が回せないということも押さえておかねばならないだろう。クイダーナが帝国となり、ユーガリア全土へ領土を拡大していったのには理由がある。赤い大地では、思うように穀物が育たん。民を飢えさせない為にも、帝国は領土を拡大しなければならない宿命を負っている」

「承知しております。どこかと交易をしなければ、クイダーナは自滅する」

「それも分かって、この戦略なのだな」

「はい。それも考えての上での、要塞都市の建設です。リズール川を使った交易ルートを完全に我々が押さえ、安全を保障すれば商人たちは穀物を運び入れてくるでしょう。穀物には関税をかけず、商人に利益が十分出るようにします。それに、保険としてアッシカ海賊団の存在もあります。彼らの領土のほとんどはクイダーナの南部沿岸都市ですから、ルノア大平原から穀物を運び込んでくれるでしょう。後は収支のバランスが立つよう産業に力を入れていけば……」

「鉄製品だけでは厳しいだろう」

「分かっております。しかし産業は育てられます。今までは富の配分がおかしかったから、産業が育たなかっただけなのです。経済は、血の巡りと同じ。然るべき所に、然るべき金を出すのです。そうすれば、産業は育ちます」

「無い袖は振れん、と思うがな」

「たとえばヨモツザカのトレジャー・ハントなど、資本を回してやれば、良い産業になるはずです。他にも、クイダーナ南部には手つかずの山があります。土からいくらでも鉄が取れるので、旧帝国時代にはあまり熱心に採掘を行っていなかったようですが、これも金と人手をかけてやれば鉱山の発見につながるかもしれません。他にも、中部から北部にかけては森も点在しています。これはかつて黒樹(コクジュ)とも話しましたが、ダークエルフたちは木の伐採のすべてに反対なわけではありません。森が失われる程の伐採に反対なのです。赤土の多いこのクイダーナ地方でも、育つ木はある。これも加工の形を考えれば、良い産業に育つはずです」

「お前は、軍師より商人の方が向いているのではないか」


 ルイドが皮肉の混じった声音で言った。スッラリクスは肩をすくめて「そうかもしれません。何せ、戦争のことなど考える機会はそう多くありませんでしたから」と返す。


 エリザは、クイダーナ地方を独立させるということを想像した。スッラリクスの思い描いている勢力図を地図に重ねていくと、国というものがはっきりした形を持って見えてくる。


 やがて話は、スッラリクスの唱えるクイダーナ独立案に傾いていった。ルイド、ジャハーラは反対の姿勢ではあったが、懸念される内容にスッラリクスが丁寧に答えていくと、ついに反対とは言わなくなった。他にも、千人長たちから質問が挙がるたびにスッラリクスは丁寧に答えていった。

 もともと、戦略を立てていたのはスッラリクスなのである。戦略に関しては、スッラリクスに任せておけば良いという雰囲気がある。それに誰も口には出さなかったが、ひと冬の間の戦争で疲労が溜まっていた。王国軍が攻めてこないのならば今のうちに守りを固めるべきだというのは、将たちの心にも染みるものがあったようだ。話は、要塞都市の建設にかかる日程や資材の話や、今後の産業の話に移っていく。


 エリザも、会議の場でスッラリクスに提案をした。ダントンがやろうとしている、牧場の話である。今ならば、そういう話もあると言う形で自然に話題にできると踏んだのだったが、スッラリクスにも武官たちにも好意的に受け入れられた。


「良馬が育つというのは、とても大切なことです。馬は軍事にも役立ちますし、運搬にも使うことができます。軍事利用のできないような馬であれば、たとえば商人に貸し出すという形を取ることもできるでしょう。魔都クシャイズからジーラゴンまでの運搬に、馬車を貸し出すのです」

「でも、それだと馬車を盗んで返さない人が出てくるんじゃない?」

「最初に、馬車の代金を含んだお金を取ります。ちゃんと返却された時には馬車代は返還し、使用料だけをいただく。これはなかなか、良い案かもしれません。商人たちもリズール川を渡る際に馬まで運ぶ必要はなくなります。また、なるべく通行料などの税金を取らずに商人に行き来してもらう形を取りたいので、この馬車での運搬を国有産業として、そこから税に代わるものを徴収するというのも良さそうです。いや他にも……」


 スッラリクスの口からはとめどなく様々な案が出てくる。こうやっていくつも考えた内から、実行に移せそうなものを取捨選択していくのだろう。エリザは一応、魔都クシャイズで城兵をやっていたダントンの話をした。


「新規都市の建設が落ち着いたら、話を聞いてみようと思います。彼がどのような形を思い描いているのか、他に賛同者はいないのかなど、詰めねばならないことはたくさんありますから」


 スッラリクスは柔和な笑顔を作る。エリザだけでなく、案を持つ者は次々に発言をした。スッラリクスは一つ一つの案に回答をしていく。間に軽食を挟みつつ、会議は三刻に渡って続いた。


「そういえば、ジーラゴンの元領主であるラールゴールの妻子を連れてきているが」


 会議が終わりに思えた時、ルイドが思い出したように言った。


「……許すわけには、いかんだろう」


 ジャハーラが答える。これにはゾゾドギアに籠っていた者たちが全員頷いた。ラッセルさえも頷いている。エリザは部屋中に憎しみの精霊が広がったのをじっと見てから、こう言った。


「せめて、短い苦しみで終わらせてあげて」


 自分でも怖いくらいに冷徹な声だ、とエリザは思った。こういう命令も、出せるようになってしまった。

 ラッセルがぎょっとした顔でエリザを見つめている。エリザはラッセルと目を合わせないようにして、会議の終わりを宣言した。

※現状の各勢力と、人物の動き。

挿絵(By みてみん)


各勢力の動きをまとめておきます。

(必要のない方は読み飛ばしてください)


①新生クイダーナ帝国軍

城塞都市ゾゾドギア・ジーラゴンの周辺に集結している。クイダーナ地方を独立させるというスッラリクスの戦略に従い、防御を固める方向性で動いている。


(魔都クシャイズ)

レーダーパーラと黒耀が留守番中。統治は安定し始めている。


(ヨモツザカ・トレティックの町)

アルフォンとデメーテが出会っている。


②アッシカ海賊団

機構都市パペイパピル、交易都市ニーナを手中に収め、さらに南下。リンドブルム地方の貿易都市ナルカニアを目指して渡海している。


③奴隷商人

城塞都市ゾゾドギアを出てルノア大平原に渡り、リンドブルム地方を目指して南下している。


④ルージェ王国軍

城塞都市ゾゾドギアでの敗戦後、農業都市ユニケーへ撤退。しかしユニケーはドルク族の略奪を受けた後だった。デュラーの指揮の下、軍備再編に努めている。


(王都ルイゼンポルム)

ラルニャとピピーディアが、ルーン・アイテム盗難の件を追いかけている。


(ベルーロ・チェルバ)

農業都市ユニケーの領主の息子ベルーロと、機構都市パペイパピルの領主の息子チェルバは、ルノア大平原で出会う。二人は、剣の国ブレイザンブルクを目指して旅をすることになる。


⑤パージュ大公国

北海での戦いの後は、パージュ大公国領内に戻っている。帝国軍に警戒しつつ、異民族バルートイに備えている模様。


⑥ドルク族

蛮勇王キーグボイスの号令一下、農業都市ユニケーの農業部を略奪し、そのままルノア大平原に駆け去っていった。花の都リダルーンから連れてこられたアナイも、ドルク族の中に混じっている。

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― 新着の感想 ―
[一言] エリザが絡んで軍議など未来の話をしているパートがわりと好きです。温かい気分になるんですよ。
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