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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-9「包囲されたとして、兵糧はどれだけ持つ?」

 討伐軍が向かってきている、という情報が入ったのは、すでに討伐軍がダリアードの町に進発した後だった。魔都で諜報活動をさせている仲間が、早馬を駆って知らせてくれたのだ。

 あと五日もすれば討伐軍が物見の兵から視認できるようになるだろう。


 スッラリクスは、情報が入るとすぐにルイドと黒樹(コクジュ)に知らせ、館に招集した。軍議である。


「討伐軍は千五百、それも傭兵を含めずにすべて正規兵だとか」

「スッラリクス殿のお得意の謀略は使えないか」


 ルイドが言った。


「ええ、無理でしょうね。傭兵や冒険者を含んだ軍なら手を回せますが、今回は城兵と貴族の私兵だそうです。私兵の中には金を掴ませれば寝返る者も出てくるでしょうが、費用対効果は最悪ですし、確実性もない」

「指揮官は誰かわかるか」

「ジャハーラ子爵の息子、サーメットという男だそうです」

「ジャハーラ公のご子息か。それは手ごわそうだ。だが、純血種は誰も出てこない、そうだな」


 スッラリクスは頷いた。三人の純血種の誰かが動いたという話はなかった。

 ルイドは、かつての帝国時代の爵位でジャハーラを呼んだ。


「編成は? 正規軍ということは、ほとんどが魔族だろうが」


 黒樹が訊いた。


「まず間違いなく、半数は魔族と思っておいた方がいいでしょう。早馬の情報では、騎兵が五百、歩兵が一千です」

「ジャハーラ公はどれだけ兵を出している」

「二百、騎兵です」

「それが主力だな。おそらく、歩兵は別の貴族が率いてくるだろう。サーメットという男は知らないが、ジャハーラ公なら騎兵だけを自分で率いる」


 ルイドは、いかに主力を打ち破るか考えているようだ。主力の騎馬二百。それさえ崩せれば敵は撤退する、と考えているようだ。


「いくらルイド将軍でも、現状の騎馬隊では魔族の騎馬隊は止められないだろうな」


 黒樹が言った。黒樹は模擬戦でルイドに負けてから、ルイドのことを将軍付けで呼ぶようになっていた。今では、ルイドが反乱軍全体の調練をしていて、黒樹はダークエルフ部隊の調練に専念しているという。

 ルイドは模擬戦のとき、騎兵を別々の方向から無秩序に突撃させることで、黒樹を打ち負かした。あの戦闘のとき、二十騎は全員武器を持たず、ただ馬を駆けさせて黒樹の部隊を混乱させただけだった。馬上で武器を扱えなかったのだ。それから十日近くがたったが、まだまだ馬上で武器を振るうのに慣れているとは言い難い。


「包囲されたとして、兵糧はどれだけ持つ?」

「ふた月は」

「町に籠るのなら、風王(ジン)も力を貸してくれる。防備は厚い」

「だが、援軍の見込みがない籠城など、兵糧が尽きていずれ力尽きるだけです。私は籠城には反対です」


 ルイドは黙った。考えているようだ。


 スッラリクスは、状況を整理して考えた。自軍は、たった五百。ダークエルフ部隊の百人は戦力として申し分ないが、二百人の敵主力を叩くには数が足りなさすぎる。ルイドが鍛えている騎馬隊はたった二十騎、そちらは練度不足だ。撹乱か陽動に一度使うのがせいぜいだろう。四百人の歩兵も、千人以上の敵の歩兵と戦わせるには分が悪すぎる。

 リズ公が本腰を上げてきた。そういう形だった。これまで二度とも仲間割れでうち返してきた結果、正規兵だけの軍を呼び寄せてしまうことになった。


「おれは、砦を出る」

「それは、どういう意味でしょう?」

「そのままの意味だ、おれはここを出て魔都へ向かう」

「魔都へ?」

「おれの部下がスラムで兵を集めている。それを率いて戻ってくる。それまで耐えてほしい」


 逃げるのか、とは黒樹もスッラリクスも思わなかった。もしそのつもりなら、そもそもここでは言わない。黙ってエリザを連れ、脱出するはずだ。


「まさか、こういう事態を見越して兵を集めていたとは言わないでしょうね」

「ああ。魔都解放のための軍だ。エリザ様を帝王として推戴する。魔都クシャイズを再度、帝都として蘇らせるつもりだ」


 スッラリクスは、ちらりと黒樹を見た。黒樹は驚いていないようだった。もしかすると聞かされていたのかもしれない。模擬戦から、二人の間にはスッラリクスには計れない信頼関係が構築されていた。


「援軍の見返りは、魔都への侵攻ですか」


 スッラリクスは訊ねた。ルイドが頷いた。

 魔都を攻め落とす為に集めていた兵を使って助ける。その代わり、魔都攻略に手を貸せ。ルイドの話は、そういう交換条件だった。


「わかりました。もともとなかった援軍です。それに、ルイド殿の力がなければ間違いなく今回の討伐軍で反乱の芽はもがれるでしょう。それに私やレーダパーラには世界を変えたいなどと大それた願いはない。目の届く範囲を守りたい、それだけで加わった反乱です。エリザ様がそれに目的を持たせてくださるのなら、私たちはエリザ様に従います」


「感謝する」


 ルイドが、頭を下げた。

 感謝するのはこちらの方だ、とスッラリクスは思った。予想が甘かった。王国の討伐隊はせいぜい千人、それも傭兵を含んでいると見ていたのだ。それなら、傭兵の一部を内応させることもできたろうし、軍として組織した五百人を軸に、砦内の全員で総力戦とすれば、まだ勝ちの芽はあった。傭兵や冒険者とのつながりは深めている。千五百が相手でも、正規兵だけでなければまだ勝機はあったが、すべてが正規兵では、たったの五百で戦うことなどできない。


「それでルイド殿、エリザ様は?」


 もし、エリザを推戴するだけが目的であれば、魔都の城兵も投入した今回の出兵はルイドにとって最大のチャンスだ。城兵が減って手薄になった魔都を、その周辺で集めた兵で攻略する。今以上の機はない。

 エリザを連れて行くのなら、ルイドがそう考えていると疑うべきだった。ダークエルフがいるとはいえ、たった五百の兵を迎えるために魔都攻略の好機を逃すのは理にかなっていない。


「エリザ様にはここにいていただく。レーダパーラが良くしてくれているようだし、籠城するのであればそこまで危険はない、そうだろう?」


 ルイドが訊いた。スッラリクスは背筋が凍った。ルイドの声には殺気が混じっている。


「もちろんですよ」


 そう答えるのが精一杯だった。エリザ様にもし万一のことがあれば許さない。そういう意味の殺気だ、とスッラリクスは思った。

 スッラリクスの答えを聞いて、ルイドは殺気を抑えたようだ。スッラリクスは口の中がからからに乾いているのに気が付いた。茶を口に含む。


 もしかすると、ルイドに試されたのではないか。スッラリクスはそう思った。魔都を落とした後、帝国の人材として役に立つかどうか、測られたのではないか。役に立ちそうになければ、ここで反乱軍を見捨て、エリザだけを連れて脱出し、魔都攻略に移る。役に立ちそうなら助けて恩を売り、後の戦力とする。


「それで、援軍の規模は」

「一千と思ってくれ」

「何日で戻られますか」

「ここを発ってから十五日後。魔都まで馬を駆って四日、リズ公らに気づかれないように兵を魔都の外に出すのに三日。軍を率いて八日で戻ってくる」


 かなりの強行軍を予定しているようだ。馬で五日の距離を四日で進み、歩兵なら十日かかる距離を八日で戻るという。

 ルイドの言に、スッラリクスは覚悟を決めた。


「それでは、すぐにでも向かわれますか? 私と黒樹で砦は守り抜きます」

「いや、一度戦ってからだ。手ごわいと思わせる。力押しで砦を攻めようという気持ちを持たれたら厄介だ。まず出鼻をくじく。やつらが砦を包囲するだけで無理に攻めてこようとしないくらいに、打撃を与えるんだ。それで時間を稼ぐ」

「なるほど」

「それに、炎熱の大熊公と恐れられたジャハーラ公のご子息が相手だ。手並みも見てみたいしな」


 そう言ってルイドは不敵に笑った。

 怖い人だ。スッラリクスはそう思った。

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