2-7「敵の指揮官を討つのはダークエルフ部隊の仕事だ」
町中が、明日の演習の話でもちきりだった。いくら戦争の英雄でも、ダークエルフの部隊に勝てるはずがない。そういう意見が多かったが、スッラリクスはルイドが勝つと思っていた。
武力だけなら黒樹も負けていないだろう。それに、黒樹が率いるのは自身の手足とも言えるダークエルフの部隊である。それに対してルイドが率いるのは寄せ集めの民兵だけ。傭兵や冒険者もいるにはいるが、中にはこないだまで武器を持ったことすらなかった者も含まれる。それでも、ルイドが勝つだろうな、とスッラリクスは思っていた。
歴戦の勇士であるということも、理由の一つだ。だが、一番の理由は、ルイドが騎馬隊の調練を始めたからだった。スッラリクスはそれを館から見下ろしていた。
騎馬の必要性に関しては、スッラリクスも常々感じていた。もし本格的に砦が攻められた場合、籠城したところでいずれ落とされる。援軍の見込みはなく、兵糧にも限りがある。移住者を受け入れ続けていることもあり、兵糧がふんだんにあるというわけではない。今は、クイダーナの政治に不満を持つ商人たちなどから援助を受けているが、包囲されればそれは途絶える。対して、魔都クシャイズからそう離れていないこの地までであれば、攻め手の補給が途絶えることはない。籠ることになれば確実に負けるのである。砦に拠ると見せかけて、敵の本陣を叩く。それ以外に勝機はなく、そのために騎兵を組織すべきだとスッラリクスは何度も黒樹に話をした。だが、黒樹は「敵の指揮官を討つのはダークエルフ部隊の仕事だ。騎馬隊など要らん」と言って聞かなかった。
確かに、ダークエルフの部隊が砦の外で伏兵として働き、敵の本陣を叩く、というのは戦術として正しい。彼らは騎兵にも負けぬ速度を出せるし、暗殺にも適している。風の精霊の力を借りれば弓矢も恐れる必要はなく、現在の反乱軍の中では間違いなく最大の戦力である。
だが、ダークエルフの一部が反乱軍に合流しているという情報は、すでに知れ渡っている。敵は確実にダークエルフ部隊を警戒してくる。だからこそ、騎兵の動きが重要になる、とスッラリクスは読んでいた。馬はそのために徴収していたのだ。
「おれに一太刀でも浴びせてみろ。それができたら今日の訓練は終わりだ。全員でかかってきていいぞ」
ルイドがそう言ったのが、聞こえた。
無様なものだった。騎乗の経験はある者たちだったが、馬の上で武器を扱うことには慣れていなかった。剣を空振りしてそのまま落馬する者がほとんどで、仲間との距離を測れないで馬を衝突させてしまう者もいた。結局、ルイドが剣を抜かないまま、全員が落馬していた。
ルイドは根気よく指導していた。陽が落ちても、騎兵二十人だけはルイドの下で調練を続けていた。
一朝一夕で、戦えるようになるはずがない。ルイドが即席の騎馬隊をどう扱うのか、スッラリクスは興味が湧いていた。
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市街地に布陣して、黒樹は昼の鐘を待っていた。
付近の住居の屋根に風王は座っている。こんな模擬戦で風王は力を貸してはくれない。見物しにきただけだろう。
ルイドは方陣だった。一日訓練させた騎兵たちは、まとまって配置されているわけではなく、分散させているようだ。方陣の正面は大盾を構えた兵が二十人ほどで、その後ろに弓を持った兵士が備えているのが見える。総勢の半数近くが弓兵のようだ。こちらの攻撃を防ぎつつ弓で射ようというのか。風の精霊の力を借りれば、矢など当たらないというのに。
(結局、ありあわせで騎馬隊など無理だったというわけか)
黒樹はルイドの布陣を見て、そう判断した。もし騎馬隊が役割を果たすのなら、その機動力を活かして側面か後方に回り挟撃の形を作るのだろうが、騎馬が部隊としてまとまっていない以上、それはないだろう。
ダークエルフ部隊は、長蛇の陣だ。三列の縦陣で、黒樹自身は中央である。敵が弓矢を主力にするのであれば、こちらは精霊術で風を起こし、矢の軌道を逸らす。それでも広がった陣形では流れ矢に当たる者も出てくる。それがルイドの狙いだとすれば、縦陣を組んでしまえばいい。矢を左右に逸らしてしまい、中央突破でルイドを討つ。
鐘が鳴った。
真正面、ルイドが剣を抜いた。
「射よ」
ルイドが剣を振った。敵の本陣から、矢が飛んでくる。矢じりは取ってあるが、それでも当たれば怪我をする。黒樹はあらかじめ指示してあった通り、精霊術で矢を左右に逸らさせた。
「騎士様に一泡吹かせてやれ、突撃!」
縦列のまま、ダークエルフ部隊は突撃を敢行した。盾を構えた前衛の兵士たちの後ろで、敵の部隊が左右に割れる。
騎兵を含んだ二十人ほどの小隊を組んでいるようだ。それが三組ずつ左右に割れてゆく。住居が視界の邪魔をして、それ以上は敵の小隊一つ一つの動きが読めない。
黒樹は、自分より後ろに配置していた兵士を、二列一組で六人ずつ、それぞれ敵の小隊に向かわせた。ダークエルフの優秀な戦士たちだ、一対三なら、十分戦えるはずである。最悪、足止めをしてくれさえすればいい。
ルイドが包囲を狙っているのは明らかだった。だが、甘い。そもそも兵の質が違うのに、数に頼んでの包囲作戦など、愚の骨頂でしかない。
半数以上の兵力を左右に展開してしまっているから、ルイドの本陣は手薄だ、百人もいない。それならば包囲を阻む程度の兵力を左右に向かわせ、残りは本隊への突撃に集中させた方がいい。指揮官を倒せば、勝ちなのだ。
敵の本陣にぶつかる。盾を持った兵士たち。必死で耐えようとするが、ダークエルフの方が力が強い。
押し切れる。そう思った瞬間、黒樹は左右から圧力を感じた。
左右に回った騎兵が、突撃してきたのだ。それぞれが別々の方向からバラバラに駆けてくる。馬の鳴き声があちこちであがり、住居の合間から、急に飛び出してくる。土煙が上がる。戦場は混沌としていた。騎馬の突撃に続いて、左右に割れた歩兵たちも突撃を敢行したようだ。ルイドは包囲を目的にしていたわけではない、乱戦に持ち込みたかっただけだ、と、黒樹はようやく理解した。
精霊術で風を起こす。土煙を払い、状況を確認したい。
目の前に棒が飛び出してくる。それをかわして、黒樹も棒を構えた。精霊術を使う暇がない。わずかに起きた旋風で、棒を突き出してきた相手の顔が晴れた。
黒樹に棒を突き出していたのは、ルイドだった。馬上から、冷ややかな目で黒樹を見ている。こいつには勝てない、黒樹は心のどこかでそう思った。
ルイドの繰り出す突きを飛びのいてかわす。何かが足に当たって、よろめいた。ルイドが棒を薙ぎ払う。黒樹はすんでのところで棒を構え、受け切った。体勢を崩し、尻もちをついた格好になってしまう。黒樹は足にあたったのが、誰かが落とした棒だと気が付いた。
ルイドが馬を旋回させている隙に、その棒を拾い、立ち上がった。両手に棒を構える。黒樹には、もはや周囲の状況を確かめている余裕はなかった。
「なかなかしぶとい」
ルイドがそう言った。悪魔のような声だ、と黒樹は思った。
ルイドが馬を走らせる。薙ぎの一閃、黒樹はそれを二本の棒で受けた。衝撃で腕がしびれる。ルイドはもう馬を旋回させている。次の一撃。
止められない……。
黒樹は、自分の身体が宙に飛ぶのを感じた。