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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-5「世界が、変わろうとしているのかもしれないな」

「私はルータス。父を王国兵に殺され、娘のエリザを連れてこうして逃げ延びてきました。少々腕に覚えはあります。どうか軍に加えてはいただけませんか」

「どうしてここに? 私たちは王国と戦うつもりなどないのですよ。ただ、この地を守れさえすれば」


「どういう主張をするにせよ、反乱には違いないでしょう。それを王国軍が放っておくはずがない。現にもう二度も侵攻を受けているそうではないですか。リズ公がいかに無能とはいえ、そろそろ本腰を入れてきてもおかしくはない、と私は思いますが」


「私たちは一度も王国軍と戦ってなどおりませんよ。魔都クシャイズの貴族たちが雇った傭兵部隊は確かに来ましたが、自滅して帰って行っただけです」

「正規軍が出てくる、とは思いませんか」


「その前に講和を結べばどうでしょう。自由都市連盟のように、このダリアードの町と、ダークエルフたちの森だけの自治権を得られれば」


 スッラリクスは静かに語る。エリザには半分も会話の内容が理解できなかったが、間違った理屈ではない、と直感した。でも、この人は本気でそう言ってはいない。


「もし本当にそのつもりなら、どうして虹眼の子を私に会わせたのです。その気になればあなたともども、ここで殺すことができる」


 ルイドがレーダパーラを見て、言った。ルイドの周囲に殺気が滲んだ。レーダパーラはきょとんとした顔で座っている。その眼が虹色に輝いていることに、エリザはようやく気が付いた。虹彩が円を描いて七色になっている。

 スッラリクスが、声を出して笑った。笑うとどこか女性のようにも思える。そのくらい柔和な顔つきだった。


「そこまで分かっておいででしたか、ルイド殿」

「どうして、私の名を」

黒樹(コクジュ)は気づいていましたよ」


 槍を持ったダークエルフは恥ずかしそうに眼を逸らした。


「ああ見えて、黒樹は百歳を超えているのですよ。英魔戦争では人間族の侵攻を止めるため、ダークエルフ部隊の一員として戦ったと聞いています。だから、ルイド殿だとすぐに分かったそうです。それが、偽名など使われるものですから、私に試してくれと。それにしてもお子様がいらっしゃるとは、存じませんでした」



 スッラリクスはしばし笑い続けた。

 ルイドは、スッラリクスが笑い終えるのを待ってから訊ねた。


「それでは、受け入れていただけるのだろうか」

「もちろんですよ。私も自由都市連盟のように行くはずがないと分かっております。王国とはいずれにせよ戦わねばならないでしょうから。歓迎しますよ、ルイド殿」


 スッラリクスは立ち上がり、ルイドに手を差し伸べた。ルイドも立ち上がり、二人は握手をした。


「それにしても、英魔戦争の英雄にお会いできるとは。失礼ですが、ルイド殿は人間族ですよね」

「マーメイドの血を吸ったのだ」

「なるほど、それで」


 スッラリクスの訊きたいことに先回りするようにして、ルイドは応えた。


「人間と魔族は半世紀以上も生きられるというのに、二種族の混血はその半分程度しか生きられません。たった三十年の寿命です。にも関わらず、ほとんどの者が人間にも魔族にも蔑まれ、極貧のまま生を終えることになります。一生が奪われ続ける運命です。私はそれを手の届く範囲で変えたいと思っています。今はまだ、農民上がりの兵が五百しかおりませんが」


 スッラリクスの言うことは、エリザにも分かった。スラムに住むほとんどの人が精霊術を使えなかった。人間族であればまだ貴族に拾い上げてもらえる希望もあったし、クイダーナ地方を出るという選択肢もあったが、魔族でも人間族でもない混血たちは、短い生涯をクイダーナの最下層で終えてゆく。エリザ自身そうなるはずだったのだ。

 ルイドが先を促し、スッラリクスは自分の生い立ちを語った。反乱に加わる全員と会っていると黒樹は言ったが、全員に生い立ちを語っているのだろうか。


「運よく、私は混血でありながらも東の地で生まれ、黒竜の塔で十歳まで育てられました。精霊を見ることも叶わないので、知識を得るだけで実践は何一つできやしなかったですが」

「それがどうして、こんな西の果てで反乱を?」

「たまたまですよ、本当に。黒竜の塔を卒業という名目で追い出されてから、私は各地を流浪しました。しかし、自分の居場所を見つけることはできなかった。それで流れ流れて西の果てで、この子に出会った」


 スッラリクスは、レーダパーラの頭に手を乗せた。柔らかそうな手だ、とエリザは思った。


「綺麗な眼をしている。食べ物をねだって私のところにやってきた彼に、最初はそう思いました。それから、黒竜の塔で読んだ書物に、虹色の眼(アース・アイ)をした者に関する文献があったのを思い出したのです」


「それで?」


「虹色の眼を持つ者は世界を変革する。私は半信半疑でした。レーダパーラの持つ瞳が、私が文献で見たものと同じかどうか、分からなかったのです。そこで、ダークエルフの森を訪れようと思い、この町に立ち寄りました。町長に事情を説明し、私はレーダパーラを連れてダークエルフの森を進み、ダークエルフの長に会うことができました。そしてレーダパーラの持つ眼が本物の虹色の眼だと確信できたのです」


「ふぉっふぉ、驚いたよ。こりゃ本物の虹色の瞳だった。それを教えてやったら黒樹(コクジュ)のやつは森を出ると言い出しおった。暴れたかっただけじゃろうに」


 スッラリクスとレーダパーラの後ろに立っていた老人が、初めて口を開いた。


「虹色の眼って、そんなにすごいものだったの?」


 エリザも、初めて口を開いた。老人に訊ねる。


「そうじゃのう、統一帝ダーナリアンが虹色の瞳だった。私はやつ以外に虹色の眼を持つ者を知らんかったの」


 統一帝ダーナリアンは、ユーガリア大陸全土を支配したクイダーナ帝国の初代皇帝である。エリザは、とにかくすごい人だということは知っていた。


「へえ、すごいね」


 感心してレーダパーラを見る。レーダパーラがまじまじとエリザを見ている。レーダパーラだけではない、全員の視線がエリザに向けられていた。全員、無言でエリザを見つめている。老人だけがふぉっふぉと笑っている。


「お前……見えるのか?」


 黒樹が握っていた槍を落としそうになって、口を開いた。


「ええと……その……」


 ルイドをちらっと見る。ルイドは溜息をついた。


「エリザ様、何が見えていらっしゃるのですか」

「おじいちゃんが、そこに」

「なるほど。最初からですか」

「スッラリクスたちと一緒に入ってきて、それからずっとそこに」


 ルイドはもう一度、溜息をついた。ルイドは、エリザのことを隠すのを諦めたようだ。


「上位妖精である風王(ジン)が見えるとは、この子はいったい……? ルイド殿……?」


 スッラリクスが訊ねる。ルイドは「この場にいる者以外には他言無用で頼みたいが」と断ってからエリザが黒女帝の力を継承したことを話した。

 精霊たちは薄いもやのような色に見えるが、稀に実体を持つかのように振る舞う精霊がいて、そういう精霊を区別して妖精と呼ぶ。ティヌアリアから教わったことだった。その中でも上位の妖精は、よほど強力な力を持つか、よほど相性が良くないと見ることは叶わない。この場で風王の姿を視認できるのは、エリザと黒樹だけだった。

 黒樹は、槍を置いた。


「エリザは、風王が見えるんだね。僕は見ることができないんだ。風王だけじゃない、虹色の眼を持ってるって珍しがられるけれど、精霊も妖精も見えないんだよ。風王はどんな人なの?」


 レーダパーラが訊ねた。エリザは風王を見ながら「長いひげを生やしてて、身体が小さくて、お年寄りで、なんだか弱そう」と評価した。レーダパーラは、へえ、と笑った。黒樹は冷や汗をかいている。風王は、これこれ、言いすぎじゃと笑った。


「このことは内密にお願いしたい」

「もちろんですよ、ルイド殿。だがそれにしても、虹色の眼を持つ少年に、黒女帝の力を引く少女とは」

「世界が、変わろうとしているのかもしれないな」

「私もそういう気が致します」

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