表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーガリア戦記  作者: さくも
第5章 王国の猛攻
100/163

5-10「優しいのね、人の面倒まで見ようと思うなんて」

 舞台では次々に違うグループが踊り、歌い、演じていく。方々に焚かれた松明の炎と、演出の為の炎が、広場を明るく染めている。冬だというのに、熱気に包まれた広場だった。酒をかっくらってそのまま地べたで眠る兵士たちの姿も多数見える。

 広場でマリーナと夜が更けるまで語り合った。彼女は城塞都市ゾゾドギアで暮らしていると言った。


「普段はゾゾドギアの地下で踊っているんです」


 ゾゾドギアの歴史は浅い。英魔戦争の際に、クイダーナ帝国によって王国軍を塞き止める為に建設された城塞都市なのである。マリーナの祖母は、城塞都市建設の際にゾゾドギアに連れてこられた踊り子の一人だったという。母親もまた踊り子になり、マリーナもそれを引き継いだ。それより以前のことは、マリーナは何も知らないと言った。ゾゾドギアの地下で、途中立ち寄った商人たちに踊りを披露する。そうして日銭を稼いでいるのだと、彼女は語った。


 ラッセルは代わりに、自分の生い立ちを話した。スラムでの生活、アルフォンとのトレジャーハンターの日々。女帝エリザの話もした。


「エリザ……いや、女帝のエリザ様と、おれは一緒に暮らしてたんだ。おれたちが食い扶持を稼いで、それで何とか生きていた」

「優しいのね、人の面倒まで見ようと思うなんて」

「当然のことだよ。困ってる人がいたら放っておけない。自分と同じような境遇の人がいたら、放っておけない」


 自分を良く見せようと思って、知らず知らずに言葉の中に嘘が紛れてしまっていることに、ラッセル自身気が付いていた。子どもたちが憐れだったのは間違いない。だが、ラッセルが彼らを助けようと思ったのはミンが世話をしていたからだ。ミンに振り向いて欲しくて、善人を演じていたのかもしれない。

 言ってしまってから自分が嫌になって胸が痛んだ。しかし、その痛みはマリーナの顔を見るとすぐに和らぐ。マリーナからは、微かに花の匂いがした。好かれたい、とラッセルは思った。好かれるために虚構の自分を作り上げるのは、果たして悪いことだろうか。ラッセルは虚構の自分を演じようと思った。善人である自分。善人である自分は、同じ境遇の子どもたちを決して見捨てない。


「それで帝国軍に入ったの?」


 気が付くと、マリーナは敬語でなくなっていた。ぎこちない発音も、少しはマシになっている。打ち解けた、という気がしてラッセルは嬉しかった。少しでも近づきたい。


「そうなんだ。エリザ様が頑張っているのを見て、おれもやらなきゃ……ってさ。エリザ様が本気で世界を変えようとしているなら、おれもその力になりたい」


 嘘ではなかった。虚構の自分と、本来の自分の意見が合致する。だけどそれも美化しているのかもしれない。ミンが死に、エリザが世界を変えようとしている。そういうことがなければ、自分は帝国軍に入らなかっただろう。それをマリーナに言い出せない自分が、ひどく醜く感じる。だが醜い部分をさらけ出して、嫌われたくないという思いが強い。


「優しいのね」


 マリーナは再度、そう言った。


 凍えるような寒さで目を覚ました。広場で眠ってしまっていたようだ。太陽はもう昇り始めている。マリーナの姿はない。ラッセルはひどく寂しい思いにとらわれた。マリーナがいない。それだけで、胸にぽっかりと穴が空いたようだ。夢だったのかもしれない、とラッセルは思った。マリーナがあまりにミンに似ていたから、知らず知らずに彼女を求めていたのかもしれない。冬の風が、ラッセルの胸に吹き込んだようだった。


 立ち上がったラッセルは、自分の眠っていたすぐ脇に、青空色のベールが落ちていることに気が付いた。マリーナの物だ。昨夜のことは、夢じゃない。ラッセルはベールを拾い上げると、土埃をはたいて落とした。丁寧に畳み、腰袋にしまう。マリーナは今晩も舞台に立つだろう。その時にこれを返す。また会えるのだと思うと、胸の空洞に気力が満ちていく。


 カートの部隊も休暇を与えられたようだ。先についたアーサーの部隊の面々は一日半の休暇、カートの部隊は一日の休暇である。到着が遅れた分だけ、休暇が短くなった。カートの部隊はそのことに文句を垂れながらも、ジャハーラに逆らおうとはしなかった。ジャハーラは約束通りに休暇を出してくれた。早く着いたアーサーの部隊が半日得をしただけだ、と誰もが思っている。次に同じような機会があれば、兵たちはスピードを求めるようになるだろう、とラッセルは思った。


 宿舎に戻り、昼過ぎまで眠った。昨夜遊び惚けていたほとんどの者たちが同じ状況のようだ。ラッセルが起きると、酔っ払いたちが吐き出す酒の臭いがむせ返る程に宿舎の中に溜まっている。ラッセルは気持ち悪くなって宿舎を飛び出した。まだ陽は高い。川沿いを歩く。ワニの姿はもうないが、不用意にリズール川に近づき過ぎないようにした。あのモンスターは人間を襲う。


 人間を襲うモンスターがいるのに、ゾゾドギアの踊り子は危険を冒してでも川を渡ってジーラゴンにやってくる。ラッセルにはその理由が想像できた。そうでもしないと、生活が成り立たないのだ。ゾゾドギアの地下で踊るより、昨夜のような舞台で踊った方が金になるのだろう。それで、何とか食いつないでいる。そういうことなのだろう。


「やあ、ラッセル。また会ったな」


 ナーランだった。今日も十騎程のお供を連れている。


「見回り……ですか」

「そのついでに、ちょうど君の所にいくつもりだったんだ」


 ナーランが合図すると、騎士の一人が進み出てきて、馬から降りた。ラッセルに小袋を差し出す。


「昨日のルーン・アイテムの代金だ」


 袋を開くと、銀貨がぎっしりと詰まっている。


「いいんですか、思ったより多いみたいですが」

「民を救ってくれた分も入れてある。気にせずに受け取ってくれ」

「……ありがとうございます」

「礼を言われるようなことじゃないさ」


 ナーランと部下たちが去っていく。ラッセルはそれを見送ると、広場に向かった。広場は既に人だかりになっていた。皆、休暇を思い思いに楽しんでいるのだろう、とラッセルは最初気にしなかった。しかし、次第に彼らが何をしているのかが見えて、血の気が引いた。舞台では既に芸を披露する者たちの姿がある。しかし観客の兵士たちの中に、服をはだけさせた踊り子たちがいる。兵たちに執拗に迫られ、押し崩されてしまったのか。それも一人じゃない。嫌がっているように見える。


 よくあることだ、とラッセルは自分を納得させようとした。気に喰わないかもしれないが、よくあることだ。


(マリーナ……おれは……)


 ラッセルは昨夜、マリーナに語った自分のことを思った。正義感に溢れる、虚構の自分。マリーナに語った姿が本当なら、決して彼らの蛮行を許さないだろう。困っている人がいたら見過ごさない? 嘘に決まっている。


 そう、虚構の自分だ。本当の自分じゃない。

 本当の自分は、よくあることだ、と見過ごす。マリーナが襲われているのでなければ、赤の他人など知ったことじゃないと思う。


(そうだよな……)


 思い込もうとすればするほど、自分を納得させられないことに、ラッセルは気が付いた。

 ――マリーナに語った自分のことを、嘘にしたくない。


 ラッセルは踊り子に伸し掛かろうとしている兵士の一人の横面に殴り掛かった。下卑た笑い顔に、ラッセルの拳がめり込む。男は吹き飛んで倒れた。広場は、しんと一瞬静まった。


「野郎、やってくれたな」


 ラッセルは「逃げろ」と助けた踊り子に言った。はだけた胸元を両手で隠し、踊り子は去っていく。ラッセルは取り囲まれていることに気が付いた。


(無事にはすみそうにないな……)


 男たちは、一斉に殴り掛かってくる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ