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ユーガリア戦記  作者: さくも
第2章 虹色の眼
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2-4「受け入れるかどうかは、これから決めるのですよ」

 ダークエルフの森は、小高い丘を中心に広がっている。エリザは、その丘の中心に一本だけ、異質な大きさの木が生えているのが気になった。


「あの一本だけ大きな木は?」

「……申し訳ありません、エリザ様、私には木々の塊にしか見えません」


 ルイドには見えていないようだった。エリザはそのときはじめて、それが精霊たちと同じで人間には見えない部類の存在であることを知った。


「見えてきましたな。それにしても堅牢に作っているようです」


 ダークエルフの森にもたれかかるようにして、砦ができていた。町を丸ごと柵で覆い、砦にしたようだ。壁状に並べられた柵は、人の背丈の三倍はある高さで何重かになっている。柵の周りには棘の生えた植物がぎっしりと巻かれている。この武装した砦がダリアードの町という名だと、ルイドは教えてくれた。

 ルイドは馬の速度を落として、砦をぐるりと一周しようとしたが、ダークエルフの森に遮られて反転した。見たところ出入りできる場所は森と逆側に作られた門だけのようだ。


「エリザ様、私はこれから王国に恨みを持つ流れの傭兵として、砦の中に潜入致します。一兵でも欲しがるでしょうから潜り込むのはそう難しくはない、と思います」

「私はどうしたらいいの?」

「それを考えておりました。私の連れとして入るか、あるいは故郷を焼かれた難民として潜り込んでいただくか。その二択だとは思います」


 故郷を焼かれた難民。エリザはあながち間違ってはいないと思った。


「ですが、スラムから来たとなればエリザ様の足では十日はかかる計算になります。ここまで無事にたどり着く可能性は極めて低い。それに追われる理由も考えねばなりません。疑われるような理由は避けるべきでしょう」

「ルイドが助けてくれたことにすれば?」

「この人相で、ですか」


 ルイドが笑った。彼が笑う姿を、エリザは初めて見た。口元だけで笑うんだな、とエリザは思った。

 確かに善人には見えない。彼の周りには未だ血塗られた色が映っている。それでも、エリザはルイドが悪人だとは思えなくなっていた。

 英魔戦争でただ一人、人間族を裏切り魔族の側についた、背徳の騎士ルイド。クシャイズ城下町では吟遊詩人は彼がいかに残忍かを歌っていた。女子どもであろうと容赦なく斬り捨て、時には虐殺に手を下し、かつての仲間を何人も斬り殺したという。だが、スラム街ではルイドは人気があった。人間族でただ一人、黒女帝ティヌアリアへの忠義を果たしたのだ、と。

『そして一人は背徳の騎士と汚名を被る』

 スラム街がルイドの名を冠し、スラム=ルイドと呼ばれるようになったのは、彼が下級市民たちに人気だったからに他ならない。エリザはその理由がなんとなくわかるような気がしていた。


「そうですな、私の娘とでも言っておきましょうか。その方が不都合がない」


 ルイドは馬を走らせ、砦の門の前で止めた。


「我が名はルータス。王国の悪政に立ち向かう有志がこの地に集っていると聞きつけ、こうして馳せ参じた。腕には自信がある。どうか受け入れてはもらえぬだろうか」


 ルイドは偽名を使った。門のさらに上に設置された櫓から、物見の兵が応えた。


「そなたは人間族だろう。魔族の血が入っているのか」

「いいや、私には魔族の血は流れてはいない。だが、王国に恨みがある。それだけでは不十分か」


 ゆっくりと、門が開いた。左右に開く型ではなく、上に持ち上げるようだ。わざと中央に微かな隙間を作って偽装している。

 外側から見たときには木の柵で作られているようにしか思えなかったが、門の内側には金属の板が張ってあった。ルイドは馬を進めた。エリザは砦の中から威圧感と緊張感を感じ取った。精霊たちが張り詰めているように見える。


「ルータスと言ったな。どこから来た」


 出迎えたのはダークエルフの男だった。黒い肌に尖った耳。ルイドは馬を降りた。出迎えたダークエルフは、ルイドより頭一つ背が高い。

 反乱軍の中ではある程度の地位にある者だろう、とエリザは思った。ルイドが物見の兵に対していた時の粗暴な口調を抑えたからだ。


「魔都クシャイズ郊外のスラムから参りました」

「王国への恨みというのは」

「父を殺されました。老いた父でした」

「スラムとはいえ、そこまで秩序が崩壊しているわけではないだろう。何か理由があったはずだ」

「濡れ衣を着せられたのです。何でも、リズ公爵から金貨を盗んだと」


 嘘の中に、真実を紛れ込ませる。すると嘘は真実味を持って聞こえる。エリザはルイドの吐き出す言葉にも精霊が宿っているのを見ていた。言が嘘か真か、それも精霊がすべて教えてくれる。ティヌアリアの言った通りだった。


「その子は?」

「私の子です。エリザと言います」


 ダークエルフは馬上のエリザを一瞥した。鋭い目つきだったが、エリザは怖いと思わなかった。むしろ優しさを感じる。肌は黒いが、彼の周囲の色は鮮やかな森と空の色だった。


「案内しよう」


 ダークエルフの男がルイドに背を向ける。ルイドは馬の手綱を曳いて、それに従った。エリザは馬上のままだ。

 全員が門の内側に入ると、大きな音を立てて門が落ちた。エリザはびっくりして馬の首に抱きついてしまった。暴れそうになる馬を、ルイドが静めた。

 エリザは落ち着くと周囲を見渡した。門の中には普通に町があって、普通に人々が生活をしていた。エリザはそれをうらやましく感じた。魔都に近いスラム街よりも、よっぽど健全だ。子どもが走り回っている。女性も多い。


「ここだ、代表が会う。門をくぐった者はみんなそうする。そういう決まりだ」


 エリザはルイドに抱きかかえられて馬を降りた。町の中でもひときわ高い所に建てられた館に、ルイドと共に入った。

 館は質素で、金目の物は何一つ置いていなかった。通された部屋には机すらなかった。植物の茎を編んで作られた床に、正方形のクッションが置いてある。ルイドはその上に腰かけた。エリザもそれに倣った。ダークエルフの男は、代表を呼んでくると言い残して出ていった。


 しばらく待つと、四人の男が入ってきた。最初に入ってきたのは片眼鏡(モノクル)をつけた青年で、その後ろにエリザと同じ年ぐらいの少年、それから二頭身ほどしかないよぼよぼのおじいちゃん。最後に、先ほどのダークエルフが従う。

 片眼鏡の男性は、ルイドに微笑み、それからエリザにも微笑んだ。柔和な顔だ、とエリザは思った。優男だ。


「こんにちは。良く来てくださいました」

「こちらこそ、受け入れていただき感謝申し上げます」

「受け入れるかどうかは、これから決めるのですよ」

「なるほど」


 エリザはダークエルフが武装しているのに気が付いた。先ほどは持っていなかった槍を持っている。もしルイドが信用に値しないと思えば殺す、そうやって圧力をかけようとしている。だが、エリザにはダークエルフの男にそういう精霊がまとっているようには見えなかった。

 それよりも、片眼鏡をかけた男とダークエルフの男以外の二人のことを、エリザは怖いと思った。少年と老人だ、戦場では役に立たなさそうな二人だが、精霊の気配が異常だった。恐ろしいほどに色が濃い。だが、敵意はない。

 片眼鏡の男と、少年が、エリザとルイドの前に座った。老人はその後ろに立っている。ダークエルフの男は槍を持ち、出入り口に立った。


「私はスッラリクス、彼はレーダパーラ、それから、そこで怖い顔をしているのが黒樹(コクジュ)です。宜しくお願いしますね」


 スッラリクスと名乗った優男は、後ろで立っている老人のことを紹介しなかった。エリザは、老人をじっと見てしまった。老人はエリザににっと笑って見せた。歯が半分もない。エリザはそっと顔を逸らした。

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