1-1「一生誰かに恵んでもらって生きてくのか? おれはまっぴらだぜ」
戦争は多くの物を変えてしまう。かつて繁栄を極めた魔都クシャイズは、今や人間族の娯楽街に成り果てていた。
魔都内で生活することさえ苦しくなった下級市民層は、城下を離れ、門の外にスラム街を形成した。
その中でも酒場が軒を連ねるニーズヘッグは治安が悪いことで有名な通りである。酔いどれ労働者と娼婦、道化それに人売りや泥棒たちの溜まり場になっている。
そんなニーズヘッグにある居酒屋の一つでは、酔っ払いたちが肩を組みながら、こんな詩を歌っていた。
黒き時代を思い出そう
我らが主 我らが女帝
すべてを壊すは人の王
終わりなり 始まりなり
彼に従う五人の騎士
一人は聖騎士と称えられ
一人は愛の騎士と羨まれ
一人は荒太刀の騎士と恐れられ
一人は成金騎士と蔑まれ
そして一人は背徳の騎士と汚名を被る
へべれけたちは大きく足踏みをし、そのたびにテーブルの上の酒瓶や料理が踊る。そのテーブルの下で、二人の少年が息を潜めていた。
「ったくよ、毎日毎日、飽きもせずによく飲むよ」
蒼い髪を右側に流している少年がそうぼやく。彼の名はアルフォン、もう一人、茶髪で小憎たらしい表情をしている少年はラッセルという。
「おかげでこっちは商売繁盛」
ラッセルは、銅貨の入った袋を三つほどもてあそびながら、そう返事をした。安っぽいテーブルクロスの下からひょいっと手を伸ばして、すぐに引っ込める。手の内にはまた別の財布が握られている。
「お前なあ。なんつうか、商魂たくましすぎるよ」
アルフォンもそう言いながらラッセルと同じように酔いどれたちから金目の物を盗み取る。二人とも、孤児の少年である。まだ、人間の年齢で十五歳といったところか。痩せた体には無駄な肉はない。無駄な肉がないからこそできる、しなやかな動きだった。
やがて懐が他人の財布でいっぱいになったラッセルは、ほくほく顔でアルフォンを見る。
「さ、出ようぜ」
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ルイドと呼ばれるスラムでの生活は貧困を極めた。その中で、親に死なれた者や、親に捨てられた子どもたちには、二つの道しか残されていなかった。
奴隷として、尊厳を捨てる代わりに最低限の生活を保障されるか、あくまでそれに抗って日々の糧を得るか。
非力な少年少女たちが自力で生活をしようと思えば、できることはそう多くはない。盗みを働くか、物乞いをするか、大道芸の真似事でもするか。アルフォンとラッセルが生きるために選んだ手段は盗みだった。
スラムの家々は、ただ天井や壁を板で作っただけの粗末な物だ。勝手を知る人間でなければどこが道で、どこが家なのかもわからない。
アルフォンとラッセルは盗んだ財布の中身を抜き取って、財布袋そのものは投げ捨てると、路地をすいすいと進んでいった。
やがて、スラムの外れのぼろ家に、二人は入っていった。
「ただいまー」
「あ、おかえりー」
アルフォンとラッセルが帰宅すると、十人ほどの小さい子どもたちが彼らを出迎えた。人間の年齢にして大きい子どもでも十歳といったところだ。
子どもたちの実年齢が十を上回ることはありえない。人間族と魔族の混血は、心身ともに成長が純粋な人間族や魔族よりも早い。そしてその分、寿命が短いのだ。アルフォンとラッセルも、人間族の年齢にすれば十五というところだが、おそらく実年齢はその半分程度なのである。
戦争の勝者である人間族は偉そうにしていたし、敗れたとはいえ魔族たちも、まだ魔都内に居場所があった。
魔都の中に居場所を失った者は、何の取り柄もなく、寿命も短い混血ばかりである。スラムに暮らすほとんどの者が、人間族と魔族の混血だった。
「ねえ、ラッセル、いつになったらスリ教えてくれるの?」
子どもたちの一人、ヴィラがラッセルに訊ねる。ラッセルはヴィラの頭をなでながら、また今度な、と応えた。
「散々、盗みをしてきたってわけね?」
奥の部屋から呆れた顔をして出てきたのはミンという少女だった。黒い長髪に大きな瞳、きめ細かな肌は小麦色に焼けている。ラッセルが彼女に思いを寄せていることに、アルフォンは気づいていた。わかりやすいやつだな、とさえ思っている。
「こうでもしなきゃ、生きていけねえんだ、しょうがないじゃん」
ラッセルが平気な顔をして返す。ミンは、そんなことないわ、と言って、近くにいた金髪の少女の頭を撫でた。
「私とエリザはちゃんと働いてお給金をもらいましたから、ね」
撫でられた少女の名は、エリザという。
エリザは自信なさげな表情で、うん、と頷いて、ポケットから何枚かの銅貨を取り出した。
「だからさ、それっぽっちじゃ全員食えないだろ? せめて銀貨でももらってこいよ」
「今日のご飯代くらいはあるわ」
「これから先はどうするんだよ、一生そうやって誰かに恵んでもらって生きてくのか? 毎日? 休まずに? おれはまっぴらだぜ」
「人の財布から盗ったお金で偉そうなこと言わないで。子どもたちが真似したらどうするの?」
「そうなる前に、アルフォンと洞窟潜って稼いでくるさ」
一攫千金を狙って、この貧乏生活からの脱却を考えるラッセルは、盗みで生計を立てつつ、いずれはトレジャーハンターとして成功することを考えていた。
「……そんなの、死んじゃうかもしれないじゃない」
「バーカ、そんなわけねえじゃん」
ラッセルを引き留めようとするミンだが、ラッセルは話をまともに聞こうとしない。
会話がループし始めたのを尻目に、今日の夕飯は何かなとアルフォンが視線を逸らすと、泣き顔のエリザと目が合った。歳の頃は十というところだ。実際にはまだ、生まれて五年かそこらだろう。
エリザは赤い瞳に涙を溜めながら、アルフォンを見上げていた。
「どうした?」
「死んじゃう、の?」
アルフォンは、そんなことないさ、と言ってエリザの金髪を撫でて、慰めた。
「酒場で歌うお仕事じゃ、食べてゆけないの? これじゃ、全然足りないの?」
エリザが握りしめた銅貨を両手でアルフォンに差し出す。アルフォンは、エリザの小さな手をそっと包んだ。泣きじゃくるエリザの頭を撫でる。
「いいや、エリザが働いてくれたから、みんなご飯を食べられるんだ。エリザのおかげだよ」
「でも、スリの方が儲かるんだろ、な、アルフォン、教えてよ、スリ! おれもやる!!」
目を輝かせながら二人の間を割ろうとするヴィラを制止して、アルフォンはエリザの頭を撫で続けた。
……な、大丈夫だよ、おれたちにだって、きっと良い未来が待ってるさ。
頑張って更新しますので、読んでくださったら嬉しいです。