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かわいそうな猫

作者: 月立淳水

 これは、昔々かはるか未来か、もしかすると今も隣近所で起こっているお話。


 人間、欲望には勝てぬ。人が欲望をその胸に抱くとき、戦って奪ってでも欲望を満たしたいと思う心はどうしようもない。

 それは、金銭欲であったり名誉欲である。あるいは義憤に基づく正義欲であるかもしれないし、単なる自己顕示欲かもしれぬ。

 話し合いや裁判や競売などの非暴力的な手段でのみ争うのであれば負けたほうもむやみに怪我をしたり傷ついたりという羽目を見ずにすむものだが、得てして、欲望に駆られた人間というものは、手っ取り早い暴力的な手段を選ぶのである。


 あるとき、ピールジャという集団の人々が、イーグプトという集団の人々に争いを仕掛けた。

 この争いが穏当な言論だけの応酬で済むのであればよかったのであるが、ピールジャの人々は、最初からそのつもりは無かった。

 彼らは、イーグプトの人々に有形無形の石を投げて痛めつけることにしたのである。

 もちろん、ただ石を投げつければイーグプトの人々は大いに腹を立て、石を投げ返すことだろう。

 何しろ、無辜のイーグプトは多勢であった。彼らが名分を得て石の投げ合いになれば到底勝つ見込みは無かったのだから、ピールジャたちは一計を案じた。

 ピールジャの人々は、大きな盾を用意した。

 盾の陰から石を投げればよいのである。

 しかしそれでも、多勢に無勢、いずれは盾を打ち砕かれることは避けられぬ。

 そこでピールジャの人々は、物言わぬ猫をいくらか捕まえた。

 そして、猫を盾にくくりつけたのである。

 哀れ、みずから意思表示することあたわぬ猫らは、次々と盾にくくりつけられ、身動きできぬ。

 そうしておいてから、ピールジャたちは、イーグプトに向けて石を投げ始めた。

 こうなってはイーグプトたちもかなわぬ。

 なにせピールジャの盾には頑是ない猫たちがくくりつけられているのである。

 ただ黙って石つぶてに耐えるしかなかった。

 ピールジャたちは、我こそは猫らの代弁者なり、と言ってはばからぬ。それは彼らが猫らを盾にくくりつけ石を投げる大義名分であり、ピールジャたちの何らかの欲望を満たすための建前かもしれぬし、あるいは、いくらかのピールジャたちにとってはそれこそが彼らの本心なのやもしれぬ。

 やがて、その争いを、日々の出来事を人から人へ伝えて口に糊する者どもが取り上げるようになった。そういった者どもを、彼らの自称からとって以降『ホードー』と呼ぶこととしよう。

 ホードーたちは、石つぶて一つ一つを取り上げては、

「みてください。この石ひとつひとつには、物言わぬ猫たちの思いがこもっているのです」

 と人々に伝えるようになった。

 過去と異なる価値観を伝え新鮮味を出すことでホードーたちの売り物はより高く売れる。

 ――猫らはイーグプトの横暴に耐えかね、ピールジャを代弁者に立てイーグプトに正統な権利を主張するものなり。

 と、ホードーたちもここぞと書き立てるのだ。

 やがて、イーグプトの中で変化が起こった。

 それまで猫を憎からず思っていたイーグプトの中に、猫憎し、猫許すまじ、という声が上がり始めたのである。

 そうした異端イーグプトは徐々に数を増やし、ピールジャやホードーの目をかいくぐっては、猫たちに報復の石つぶてを投げ始めた。

 ピールジャが石を投げる。

 腹を立てたイーグプトが猫に石を投げる。

 物言わぬ猫は黙って耐えるしかない。

 哀れ、猫らはとうとう全うな住みかさえ得るのが難しくなってきた。

 一方、盾にくくられた猫らだけは、その自由を奪われあちらへとこちらへと借り出されながらも一等の扱いを受けて満足に生きている。

 ならば、と進んで盾にくくられに出る猫らがあらわれる。

 こうして猫らの間に厳然たる格差が生まれた。

 とり残された猫らは社会から打ち捨てられ極貧と不自由に耐えて生きていくしかない。

 神や悪魔でさえ彼らを救わぬ。

 物言わぬ猫はやはり黙って耐えるしかないのだ。

 かわいそうな猫。


 これは、昔々かはるか未来か、もしかすると今も隣近所で起こっているお話。


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