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「アイスコーヒーお待たせしました」
笑顔の店員が僕の席にアイスコーヒーをおいた。
会釈をしていっきに喉に流し込んだ。
苦みが喉を通り抜けていく感覚がなんともいえない。
煙草を取り出し火をつけた。
はぁ。
僕はため息をついた。
久しぶりに袖を通すスーツの感覚に慣れない。
着慣れないというのはもちろん、授賞式というのも憂鬱の一つだった。
もちろん、僕の授賞式ではない。
「全国高校生写真コンクール」の特別スピーチだ。
十年は前になるが、僕はそのコンクールで審査員特別賞を受賞した。
それからフォトグラファーとして活動をしている。
もちろん、名が知られているわけでもないからたいした稼ぎはなく、毎月ぎりぎりな生活をおくっている。
それでも、サラリーマンと違い人とあまり関わらなくてすむから僕には助かっていた。
「恭介くん、お待たせ」
浅見が息を切らして入ってきた。
走ってきたのだろうか、髪の毛が乱れていた。
浅見は今朝と違うピンクのカッターシャツを着ていた。
「ほら、行くよ」
浅見が僕の手を引っ張った。
ふと、視線を感じて僕は窓の外を見た。
――――片桐恭介くんでしょ?
初めて会ったときのあのにっこりした笑顔が浮かぶ。
え?
まさか?
「せんっ…」
「恭介くん、なにしてるの?」
浅見が僕の言葉を遮り、顔をのぞきこんだ。
「いや、なんでもない」
僕は視線をそらし、再び視線を感じた先を見てみたが窓の外には誰もいなかった。
そんなことがあるわけがない。
僕は頭ではわかっていたが、とっさに浅見の手を振り払い、外に出た。
辺りを見渡したが、はやり誰もいなかった。
「恭介くん、どうしたの、急に」
気がつくと浅見の外に出てきていた。
「いや、なんでもない…」
「…ねぇ、千咲に似た人でもいた?」
千咲――――
久しぶりに聞くその名前に僕は口を噤んだ。
いまでも、目を閉じると笑顔が浮かぶ。
屈託ない幸せそうな笑顔。
それは今の僕にはあまりにも眩しかった。
浅見は僕の肩を叩き、
僕たちはなにも言わず、会場へと急いだ。