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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
スズナリの過去編
98/113

第一部 エピローグ


「眠ったか」


私は道化師姿の男――ミゲルが、私室のテーブルからいびき声を挙げて、床へと倒れ伏したのを眺めながら、呟く。


「さて、逃げるか」


私は単刀直入にすべきことを口にした。

監視役?

冗談ではない。

私はここから本日を以て逃げきるのだ。


「財産の処分は教会にでも――いや。ルル嬢が保全してくれるか」


自分の所持品では最高級のレッサードラゴンの装束で身を固めながら、ズタ袋に希少なマジックアイテムや換金しやすい宝石類を放り込む。


「金なんぞ、もはやいらんのだがね」


だが、先立つ物はいる。

ここから国外に逃げ去るのは容易だ。

王都の検問は厳重とはいえ、私にとってはそれを抜けるなど容易にすぎん。

ちょうどルル嬢は街のギルドでアルデールと、仕事中だ。

呼び止められることはあるまい。

私を止められる実力者は私から今、丁度離れている。


「……」


沈黙し、一度立ち止まる。

これからすべきことは何だ。

ミゲルとの会話で判った事は何だ。


「私はそれなりにアリエッサ姫達の事を好きだということだが」


言われなくても――自覚させられなくても今更だ。

本音ではわかってたよ、そんなこと。

靴音を立てる。


「だからこそだ。これ以上、私事に巻き込むわけにはいかん」


テーブルの上にズタ袋を乗せる。

大きな音が立つが、ミゲルは床から微動だにしない。

生物魔法でエールに睡眠薬を生成したが、量が拙かったか?

どうもこの男、私の予想では諜報や暗殺を担当していた節があり、量が少なくては通じないと見込んだ。

だから象でも寝込む量を生成したが――まあいい。

睡眠薬で死にはしない。

翌朝、私が居なくなった代わりに寝転がっているミゲルを発見したルル嬢が、介抱してくれることだろう。

だから安心して眠れ、ミゲル。

多分死なないから。

……死なないよな?


「……」


私は少し思考し、それを打ち捨てて、これからどうするかを考える。

そして思い当たったそれを口にした。


「最も深き迷宮」


他国――イスカリテにあるこの世界で最悪の最難関ダンジョン。

――世間では60層を超えても未だに最深部が不明と言う、この世の謎のダンジョン。

公式最高記録はアルバート王の60階層だ。

アルバート王がそこで探索を止めたのは、現在愛用している超古代文明のグレートソードを入手した――目的を達成したからだ。

私も一度、クラウスやイルー……そしてモルディベートと潜った事があった。

ギルドを通さずに勝手に深階層に挑んだため非公式な記録ではあるが、67層止まりであった。

モンスターだけが原因ではない。

それ以上は「いかなる呪術を用いても意識の混濁、平衡感覚に異常をきたし、幻覚や幻聴を見る状況」から逸脱することはできなかったのだ。

深階層に至るにつれ、重くなっていくダンジョンの呪い。

そんな状況で探索を続けることなどできない。

吸血鬼の王が愛する女の名を絶叫しながら「そこにいたのか!」と前進する地獄みたいな環境であった。

……唯一、モルディベート本人だけは正気を保っており、探索継続を望んだのだが。

私はもちろん、亜人の王ですらギブアップを望んだ。

モルディベートはいたく不満げそうであったが、一人では狂瀾怒濤の泡を為して襲いかかる凶悪なモンスターに立ち向かう事すらできない魔境。

あのモルディベートですらだ。

アレはこの世の謎と闇が収束されたダンジョンだ。

あのダンジョンが――

そうだ、あのダンジョンこそが私がモルディベートを超える可能性が眠っている場所。

事実、あのダンジョンから掘り上げる事の出来たドラゴンの化石――竜牙兵の元となる牙や骨。

ミスリルやオリハルコンなどの希少な鉱物が――超古代のアイテムが常時当たり前のように生成されるのはあのダンジョンしかない。

実力でモルディベートに及ぶ術は無い。

知能でも。

だが、あのダンジョンを制覇すれば私はモルディベートをも超えたと言えるだろう。

その制覇時までに得られる成果物もモルディベートを討伐するのに役に立つであろう。

制覇できるか?

今のキメラと化した自分の能力でも、自殺行為かもしれない。

それでも、もはや、やるしかないのだ。


「なに、失敗しても、たかが死ぬだけだ」


指でコンコンとこめかみを叩く。

このこめかみに埋め込んだ魔法、「存在消去」のスイッチ。

私が負けると決まった時のモルディベートへの最後の嫌がらせ。

自身の消滅を意味するそれを付けた時から覚悟はできている。

決意は決めるまでもない。

私は旅に出る。


「これは現状からの逃亡と言えるのだろうか?」


周囲にとってはそうだろう。

だが私にとっては前進だ。


「もし、仮に、私がモルディベートを討ち果たせるとしたら」


その後はどうする?

周囲の好意を無視するか?

それとも?


「何、なすがままにされるのもいいだろう」


私は少し笑い、自身の目的を明確化した。

後の事なんか知った事じゃない。

私はただ――モルディベートに思い知らせたいだけだ。

私の想いを。

私の殺意を。


「……」


私はズタ袋を背負い、その中に眠るマジックアイテム――最も深き迷宮の攻略に必要な物が欠けて無いのを、もう一度頭で確認した後、うん、と頷く。


「さて、行くか」


きっと私の行為は間違いなのであろう。

アルバート王にモルディベートを殺害してもらうのが、もっとも正しい選択肢なのだ。

だが、私の心が訴えかけるのだ。

自分で殺せと。

この手で、愛する女を絞め殺せと。

その声に逆らう気は起きない。


「……」


それはアルバート王に指摘されたように。

自分の幼児の頃の母親に対する復讐の炎のような――

愛されたかった事を拒まれた子供の憎悪。

それ、そのものなのかもしれない。

愛してくれなかった母への愛憎を、モルディベートへと置換しているのかもしれない。

しかし、今更だ。

私の心は定まっている。

もう一度、目標を、はっきりと、口に出そう。


「私は今からモルディベートを殺せるようになるために、最も深き迷宮に潜る」


私は目を閉じ、モルディベートへの反抗心から起こる偏頭痛――もはやなくなった――それに苦笑いしながら、私室のドアを開くことにした。

再び、ここに戻ってくることがあるとすれば。

それは、モルディベートを殺しきる自信が付いた時になるだろう。

――或いは、それに間に合わず、モルディベートがこちらを捕らえに来た時だ。

私は少し名残惜しいかのように、ゆっくりと、ドアを閉じた。





第一部 了


第二部へ続く

一部完結します。

第二部開始は半年~一年後。

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