095 コボルトの婚活
スズナリは薬草茶を啜りながら、見間違えたかな、と。
そう思いながら、目の前の優秀極まりないコボルトの事務員に質問した。
「もう一度言って――いや、書いてくれないか、アレキサンダー君」
『はい』
ホワイトボードに返答が為された後、それをかき消し。
スラスラと文字を再度書く。
『コボルトの婚活について悩んでいます』
「婚活も糞も、冬の間は洞窟に全員籠ってるんだからその間に勝手に愛する者同士が番えばいいんじゃないかな」
『それがそうはいかないのですよ』
私の返答を予期していたかのようにホワイトボードには、すでに反論が書かれている。
本当に優秀だなアレキサンダー君。
そうして、またカキカキとホワイトボードに文字を書く。
『雇い主の因果が関係しているのですが』
「うん」
そこまで言われると、凡人の私でも分かる。
今コボルトが雇われているのは主に木っ端貴族の執事、王宮勤め、商人の補佐、その三箇所だ。
公爵がなんで本家本元の故郷の山が領地にあるウチにコボルトいないのと嘆いていたが。
まあ、アリッサムの奴隷解放時にコボルトがまた大量にいたので、公爵家にもいつか仕えるであろうが。
コボルト領に派遣された教会の神父から文字やら四則計算やら常識を学んでからの話だが。
まあ、それはどうでもいい話だ。
となると――
「人間社会の因果がコボルトにも絡んでくるのか」
「そうです」
仲の悪い貴族。
絶縁にまで至った貴族。
その逆に、仲の良い貴族。
貴族と深い付き合いのある商人。
そして最大の問題は王宮勤め。
「コボルトは大業を為した。アポロニア王国の末端から中枢にまで食い込んだ。しかし、その勤め先と言えば限られているというか――雇用者側が問題という事か」
『そうです』
仲の悪い貴族同志の雇っているコボルト同志の婚姻は難しいだろうと容易に想像はつく。
過去に因縁がある貴族同志などほぼ論外。
商人だって、雇い主の商人としてはよく利用してくれる貴族のコボルトとくっついて欲しいと思うだろう。
いや、その逆もあるかもしれない。
コボルトの縁は新規開拓にもなる。
縁故関係は時として役に立つが、逆に邪魔にもなる。
商人も貴族も面倒くさいものだ。
そして最大の問題はというと。
「王宮勤めのコボルト。王宮に繋がりのあるコボルトとの婚姻を、雇先の貴族や商人たちが望んでいるという事か」
『そうです。さすがに強要されているわけではありませんが、口には出さずともその雰囲気はあります』
アレキサンダー君の苦慮というか、困っている事はわかった。
数こそ少ないものの、王宮の雇用にまで上り詰めたコボルトと言うのは少数居る。
出世栄達を望む貴族や、王宮の御用商人になりたい商人にとっては見事な的だろう。
自分の雇用しているコボルトと結婚してくれれば、ひょっとしたら自分の伝手にもつながるかもしれない、と思ってしまうのは人の性か。
「……人間界での出世栄達がコボルト族内の力関係に及んでないか?」
『そこは大丈夫です。コボルトはそこらへん気にしませんので。そりゃ雇用主の機嫌伺いはしますが、洞窟に帰ればそこら辺は関係ありません。皆仲良しですよ』
コボルトの気性が穏やかでよかった。
私は安心しつつ、それはそれで置いておいて。
「なんで、そんなことアレキサンダー君が気にしてんだ」
『……それは一応、王族の末子ではありますし』
何か重要な事を隠してる気がするんだよな、アレキサンダー君。
まあそれはいい。
「今、コボルトって何人いるんだっけ」
『アリッサムの奴隷解放で約2000名に増加しました』
元が550程度だから、ほぼ4倍じゃねえか。
よくそれだけのコボルトの流入を受け止めて平気でいられたなコボルト族。
「コボルトがいくら温厚とはいえ、俺が新しい王になるとかいう馬鹿いなかったのか? それだけいれば馬鹿も混じるだろう」
『……』
ホワイトボードを書く代わりに、アレキサンダー君は黙って腰のショートソードをポンポン叩いた。
うん、殴って判らせてあげたんだね。
一番早い手だ。
というかアレキサンダー君に勝てるコボルトが思いつかん。
……本当に、何者なんだろうかアレキサンダー君。
コボルト族の中でどういうポジションに居るのか。
それを疑いながら、まあ話を続ける。
「それで? 話を戻そう。婚活は人間界での因果が絡んで難しくなってるというのは分かる。それをアレキサンダー君が解決する必要があるのか?」
『……王族の末子として、解決担当員に任命されました』
うわあ、いらない苦労背負ってやがる。
アレキサンダー君を憐れみながら、とりあえずモフモフの肩をポンポンしてやる。
で、だ。
「お疲れさん」
『いや、相談に乗ってくださいよ』
私、強くなるのに忙しいんだけどなあ。
まあ少しくらいは相談に乗ってあげても良いが。
「私にどうしろと?」
『良いアイデア、何かありませんかね?』
「アレキサンダー君より私は頭悪い自覚あるぞ」
それでも案を出せと言われれば――
これが必ずしも解決案とは言わないが。
「人間界で見合いしろよ、もう」
『見合い、ですか』
「就職先に気兼ねして、コボルト内で勝手に番えないくらいなら、もうそうしろ」
私はもう人間界なんぞ無視して、コボルト領地内で勝手に番えばいいと思うのだが。
雇用者に絆されて勝手な振る舞いなんぞできない、と言うのであれば。
いっそそうしろ。
「立会人はむろんお互いの雇用者でな。それくらいの苦労はさせてやれ」
『……王宮の雇用者は、立会人はどなたを選べば?』
「直属の上司でいいだろ、もう」
王宮には伝えといてあげるから。
それぐらいはしてあげてもいいだろう。
おそらくは侍女長クラス――もしくはマリー嬢が文官筆頭として自ら出てくるだろうから。
王宮に食い込もうとする木っ端貴族や商人にとっては、どこまで上手く立ち回れるか見ものではあるがな。
『……』
アレキサンダー君は熟考する。
そして、私がエール樽からジョッキの中身を3杯埋めるまでに結論は出たようだ。
『そうしましょうか』
「そうしろ」
人間界の見合いで決着がつくのであれば、それでよい。
私は正直自分でも正しいのか疑問な問題を――適当な提案で片づけながら。
大きくゲップをした。
酒の飲み過ぎだ。
『お酒の飲み過ぎです、スズナリ様』
「もう言われ慣れた」
私はエール樽のコックを捻り、ジョッキの中身を注ぎながら。
ジョッキが満ちた事を微笑んで受け入れ、アレキサンダー君に呟いた。
「君も飲むか、アレキサンダー君」
『……頂きます』
アレキサンダー君はホワイトボードに沈黙符を浮かべながらもそれを受け入れ、ジョッキを受け取った。
後はただ酒を飲み合うだけだ。
会話はいらない。
私は笑いながら、さて、雇用者付きのコボルトの見合いは上手くいくものだろうかと。
――きっと王宮への伝手目当ては上手く行かないだろう。
木っ端貴族や木っ端商人がうまく立ち回れるわけがない。
まあ、結局は無難な結婚に落ち着くだろうよ。
上手くいくなら拍手喝采してやる。
私は少し愉悦気味に笑いながら、酒を煽った。
了




