094 愛する人の殺し方について
愛する人の殺し方について考える。
雑考。
私に必要な知識は何か?
疑問は幾つもある。
一つ目は、私と言う存在、そのキメラの配合は何かという事。
私はキメラとして『限り有る』不死に近い生命体となった。
『限り有る』とするのは、アルバート王やエルフの女王様相手には通じない事からとする。
この世から存在事かき消されては不死も糞も無いだろう。
さすがに身体を一片の欠片まで消されると――
凶悪なまでの『力』という名の物理学で殴られると私は死ぬのだ。
あの二人がいなければ、そして『存在消去』の魔法が無ければ、『限り無く』と呼んでも差し支えないだろうが。
――それはどうでもいい。思考を続ける。
おそらくは私は定命を棄てた者になった――私自身はそうだと考えていなかったがな。
何せ老化現象は始まっているからな。
認めたくない事ではあるが、年々オッサンになりつつある。
それは間違いない。
そんな事はどうでも良いが――まあともかく。
私は既に定命を棄てている。
何故ならば、モルディベートと同じ時を歩めるように改造されたはずだから。
結論。
私は『魔女になるのに近い改造を受けた』。
「魔女になる方法ってなんだよ」
独り言を口走る。
先日、王様から貰ったワイン瓶はもう空だ。
樽のコックを捻り、エールをジョッキに注ぐ。
そして、それを飲みながら雑考を続ける。
「魔女になる方法……」
もう一度、同じセリフを呟く。
知らんわ、そんなもの。
私の知識の中では――
アカデミー。
ふいに、その言葉が頭に思い浮かぶ。
アカデミーには魔女が数名存在している。
そもそも男でも定命を棄てた者、アカデミーに属している人間はいる。
少なからず親交のあるアカデミー長がそうだ。
だが老人である。
男と女で違いがあるのだ。
その原因は未だ未解明であるが。
まあいい、アカデミー長が不死となった成り行きは知っている。
かつて古代に50万の心臓を祭壇に捧げた事で生成された、古代文明の代物。
――賢者の石。
ありとあらゆる知識を得られるというそれだが、アカデミー長のケースは違った。
遺跡からの発掘時にそれが暴走し、アカデミー長の体内に取り込まれた。
キメラで言う魔核。
まるで、それのようにして体内に存在し、永命を保っているらしい。
人生に飽きたら、この身の賢者の石を砕いて自殺する。
そうアカデミー長はかつて、酒を飲みながら笑っていた。
そんな昔の話はいい。
「そうだ、魔核だ」
魔女になる方法は幾つかあるのだろう。
だが、今はそれはどうでもいい。
私はキメラだ。
だから、魔核がこの身体のどこかに存在するはず。
「いや、最初からそんな事は判ってんだよ」
エールをあおる。
ジョッキの中身が空になり、また樽のコックを捻る。
音とともに、ジョッキの中身が満たされる。
「何のモンスターの魔核か、それが問題だ」
調査しなければならない。
キリエの解剖では――脳に魔核は見つからなかった。
ならば身体のどこかか?
もう一度手術を受け、身体の隅から隅まで探すか?
いや――そんな簡単な事で魔核が見つかるとは限らん。
モルディベートの為した処置だ。
手術中にそれを避けるように移動しないとも限らん。
「先代の研究資料を漁るか」
モルディベートが不死に辿り着くまでの、膨大な資料。
アカデミーにあるそれも、アカデミー長に頼み込めば自分には見せてくれるはずだ。
……調査に何年かかる?
いや、何十年かも知れない。
アカデミー始まって以来の天才であるモルディベートと、ただの異世界人、凡人の自分。
その知能の差は激しい。
ふと思いだされるのはフロイデ王国の吸収の際の事。
そうだ、王宮の魔術師長であるマリー嬢と王宮魔術師団を使って一気に調査を――
「使えるかバーカ」
自分を罵る。
もはや自分はアリエッサ姫の婚約者ではない。
その権限は無いのだ。
ましてアリッサムの併合で、文官はブラック作業の真っ最中だろう。
彼らの協力を仰ぐことは出来ない。
ましてや、アカデミーの魔女たちがその永命の秘密を漏らすことは無いだろう。
「となると、魔女になる方法――自分をキメラとした、その配合を知る事は不可能か」
一つ目の思考を終了する。
この結論は出ない。
二つ目の思考を開始する。
愛する人の殺し方について考える。
雑考。
『どうすれば不死の魔女モルディベートを殺せる?』
その方法が思い浮かばない。
「当然だ」
また独り言。
キメラの配合が分らない以上、魔核の在処が判明しない。
魔核。
それさえ潰せばキメラは死ぬ。
不死の魔女モルディベートを殺せる――かもしれない。
だが在処が分らない。
一つ目の思考が解けない限り、無駄な思考。
「……」
エールをあおる。
結局、魔女モルディベートを殺す方法が見つからない。
先ほど思い浮かんだ『存在消去』の魔法は呪文の詠唱に時間がかかる。
それこそ入念な準備をして、時間をかけて成功するのだ。
わたしは自分のこめかみをトントン、と叩いた後に呟く。
「じゃあ死ぬか」
それもいい。
モルディベートへの嫌がらせには成るだろう。
だが、最期まではあがくと決めた。
ならば、思考を続けよう。
雑考。
三つ目の思考。
愛する人の殺し方について考える。
『単純にモルディベートより強くなる』
「……」
無理だ。
そう思考を罵りたくもなるが。
「やらなければ、ワンチャンスも無い、か」
自分を鍛え直そう。
この世界にレベル何ぞ無い。
此処にあるのは剣と魔法の世界と、その応用だけだ。
「とりあえず、ギルドに来た困難な依頼は出来る限り自分でこなすようにするか。書類仕事はアルデール君とルル嬢に押し付けて」
私は酒量を過ごした事を頭痛で自覚しながら、ベッドに倒れ込む事にした。
出来る限り、困難な依頼が来ることを期待しながら。
◇
「この門をくぐる者は」
「性癖を明らかにしなさい」
ジルエル姉妹の台詞が続いて聞こえる。
マリー・パラデスはそれに辟易としながら、とりあえず問いを投げかけることとした。
「私に聞く前に、まず自分の性癖を明らかにしなさい」
私は聖者の言葉のように呟いた。
そしてジルエル姉妹は答えた。
「スズナリ殿にされる時は、ちょっと強引に、嫌がるところを無理やりされたい」
「とにかく尻をペチンペチンぶたれながらされたい」
何をされたいというのか。
私は頭痛を覚えながら、アンナ・フロイデ姫の寝室前で蹲る。
「どうした行き遅れ」
「その年で性癖も明らかにできないのか」
歳は関係ないだろう、歳は。
私はふーっ、と息をついた後。
なんとなく正直に答えた。
「初めては純白のシーツの上で丁寧に抱かれたい」
「性癖とは少し違うが……お前の言葉で扉は開かれた」
「アンナ姫はきっと貴様の言葉に耳を貸すだろう」
バタン、とエルジル姉妹が扉を開く。
馬鹿かこいつら。
いや、いちいち確認するまでもない。
馬鹿だこいつら。
私は頭痛を覚えながら、アンナ姫の寝室に入る。
「アンナ姫、起きていますか」
「マリー嬢、アリッサムに行ってブラック作業の真っ最中かと思っていましたが」
アンナ姫は起きていた様だ。
寝間着姿ではあるが、眠気眼ではなく目はぱっちりと開いている。
深夜だと言うのに。
「アリッサムの統治は私の教練した文官達で事足ります。子供は寝る時間ですよ」
「訪ねて来た癖にそれを言う? まだ調べ物が終わってませんからね」
アンナ姫の寝室のテーブルには本が積み重なっている。
アカデミーから持ち出された本。
モルディベートがアカデミーに残した研究資料だ。
「まさか、私より先に資料を持ち出している人がいるとはね」
「いけない事かしら?」
「いえ、アンナ姫はもうスズナリ殿には興味が無いと思っていましたから」
「そうでもないわ」
パタン、と音を立ててアンナ姫が開いていた本を閉じる。
「正直言って、スズナリ殿の事は好きよ。愛しているかもしれないわ」
「おやまあ」
これは意外だ。
アリエッサ姫の婚約者でなくなった以上、アンナ姫にも関係のなくなった事だと考えていたが。
この少女、意外とスズナリ殿への執着があるらしい。
「というか、これが初恋というのでしょうかね」
「ほう」
「モルディベートへの単純な反感? あの映像にカチンと来て判明したのですけれど」
「なるほど」
惚れた男にあんな仕打ちをしてくれたんだ。
仕返ししてやりたいと当然のごとく思う。
というか殺してやりたい。
「何かしらモルディベートの秘密に迫れればと思ったんだけど、全然ね」
「一人だと限界がありますよ」
「一緒に協力してくださる? マリー嬢」
「喜んで、と言いたいところですが」
指をピンと一本立て、アンナ姫の視線を指に感じながらもったいぶったかのように喋る。
「私に一ついい考えがあります」
「何かしら?」
「直接師匠に聞くんですよ。モルディベート嬢の」
「師匠なんかいるの?」
「いますよ。かつて――300年前にドラゴンを封印した事もある魔女」
私はその名を呟く。
「メアリー・カシアス、『名もなき魔女』とも呼ばれる方です」
私は彼女の作ったクッキーの味を思い出しながら、何であの方は辺境の森なんかに住んでいるのだろうと疑問に思った。
了




