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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編
9/113

009 ゴーレムの製作


その瞳は若竹色をしていた。

薄幸そうな――事実、不幸があったのだ。

その雰囲気を如実に表しながら喪服姿の中年男性が、私の目の前で沈黙していた。


「それで? 要件はわかっていますが一応お聞きします」

「あの子似のゴーレムを造っていただきたい。いや、ハッキリ言う。もう一度蘇らせてほしいのだ」

「お断りします」


私はしょぼくれた男――以前に見たときは、もっと覇気のある顔をしていた。

それこそ生粋の男爵としての威厳ある顔だった。

今のしょぼくれた顔にややゲンナリしながら、説明を行う。


「規制されて――いや、ギルドが規制した禁忌の行いですから」

「たしか、抜け道はあるだろう。孤島状態の人間の緊迫緩和。これを題目として造るなら法に触れないはずだが」

「貴方の場合は該当しませんし……死体を利用しなければ似た生き物は造れませんよ」


それでもやりますか。

そう問いかけると、男爵は狼狽したように身を震わす。


「いや、それは駄目だ。それだけは……」


死体はあくまで荼毘に付す。

それだけは譲れないようで、男爵は首を横に振った。


「しかし、妻も娘も毎日泣いているのだよ。私も悲しい」

「お悔やみ申し上げます。心から」


私も家族を失った――いや、「家族らしきもの」だった。

私を養育してくれたその人を失った時は衝撃だった。

元の世界のころの話だが、その時はさんざん泣いたものだ。

しかし、永遠な物など何もないのだ。

朽ち果てないのは生きたドラゴンくらいのものだろう。

それに――死体を用いたゴーレムは時にフォールン化、堕ちたものと化す可能性すらある。

大事な家族が化物と化すようなこと、したくはあるまい。


「時間が解決してくれますよ。ペットロスは。もしくは、また新しい猫をお飼いになることです」

「新しい猫か……今はとてもそんな気にはなれない」


私はテーブルの上に並べた数枚の資料、絵や写真。

私はそこから写真――この世界でもある現像された一枚のフィルムに目を通す。

そこには若竹色の瞳をした、猫の姿が写っていた。





男爵が陰鬱な顔のまま、街のギルド室から退出していく。

しばらくして、ドアから、いつもの甲冑姿ではない私服のルル嬢が私室に現れる。


「人工生命体が知恵を持つのですか?」


そして私に質問を行う。

どうやら話が隣まで聞こえていた様だ。


「通常は持たない。持たせることは可能だ」

「例えば猫の脳みそ程度ならば?」


「いや……何と言えばいいかどうか。方法は二つある」


知的好奇心からか質問を続けるルル嬢に少し戸惑いながら、答える。

指を二つ立て、その内一つを折る。


「意思は創造できない。だけど、”時が持たせる”のだ」

「というと?」

「そうだな……そこにいるファウスト君なんだが」


テーブルの上から、客用のグラスを片付けているファウスト君を指さす。


「私が死した後に、数百年もすればアンデットのパーティーに自由参加してるかもしれない」

「時が自由意志を持たせるという事ですか」

「フォールン化はわかるか」

「読んで字のごとく、堕ちたものですよね」

「そうだ。化物になることだ」


何も、それは悪しきものになるとは限らない。

元の世界では付喪神という呼べばいいのか、単に物が数百年の時を経て意思を持つことも同じ意味を示す。

時を経て自由意志を持ったゴーレムは存在する。

数は少ないが、喋る剣なんてのも稀に存在する。


「もう一つは、あまり言いたくない」

「脳の移植ですか」

「わかってるじゃないか」


立てていた指の二本目を折る。

文字通り自由意志を移植するのだ。


「だからギルドはその仕事を受けないし、たとえ猫でもゴーレムとして蘇らせようなんてことには多大な制限を掛けてる。それはどこの国でも同じことだ」


抜け道を悪用する違法国家は存在するがな。

そんな事を考えながら、私は今回の依頼書に断りのサインを入れた。


「しかし、ルル嬢が何故ここにいる? ダンジョンのギルド管理はどうした?」

「アレキサンダー君が有能ですから、たまに抜け出しても問題ありませんよ」


本来、私は秘書としてギルド長の傍にずっといる立場ですから。

そうルル嬢は呟いた後、だから余り置いていかないでくださいね、と口を連ねた。


「悪かった。今までは不在中のダンジョン管理を全て君に任せてしまっていたからな」

「そうですよ」

「……たまには食事でも行こうか」

「食事一つでチャラなんかに、と言いたいところですが、お供しましょう」


ルル嬢はご機嫌だ。


「ところで、ルル嬢に一つご教授願いたいことがある」

「何ですか」

「デートのやり方だ」


何がおかしいのかクスクスと、ルル嬢は笑って答える。


「それを相手に聞きますか?」

「いや、君が相手ではなくマリー・パラデス嬢となんだが」


ピシリ、と音がした気がする。

何故か笑顔を硬直させたルル嬢が、私の肩に手を置く。


「そういう知恵は、ドラゴンに聞いてはいかがですか。もしくは脳の移植でもしましょうか?」

「肩むっちゃ痛いんだが」


レッサーデーモン殺しの名持ち剣士の握力が、私の肩にのしかかる。


「望んでではない。この間のアカデミーの依頼の件でそうなってしまったんだよ」

「また変な流れでそうなったんですか」


はあ、とルル嬢がいつものことかとため息をつきながら、私の瞳を見つめる。


「ついでです。今日食事のついでにデートしませんか。そのルートをマネすればいいですから」


ルル嬢は実に慈悲深い選択を私に与えてくれた。






街の中核をなすのは、橋の南側に広がる半円形の広場だった。

半円形のかたわれ、つまり円の上半分である北側の広場は冒険者が赴くダンジョンへの道、上流の関所へと繋がっていることから、それ相手の屋台や武器・防具等の専門店が立ち並んでおり活気こそ勝っているが。

南側の広場は市民相手の商店街や住宅地となっており、こちら側が本来の街の中心といえた。

私たちは南側での食事の後、あえて中心ではない北側の魔法店に私たちは足を寄せた。


「何かデートコースとして間違ってないか」

「……」


ルル嬢は答えない。

真剣な面持ちで物品を選んでいる。


「私たちは所詮冒険者ですからね。南側の商店街を出歩いて、ファンシーショップを見回るくらいなら魔法店の方がいいですよ」

「まあそれもそうか。マリー嬢も魔法使いだしな」

「買うのは魔法具じゃありませんけどね」


ルル嬢は商品の中から香水を取り出した後、匂いを試しに嗅ぐ。


「これ買ってくださいません?」

「別に構わないが、マリー嬢の時も何か買ってプレゼントした方がいいのだろうか」

「それは自分で考えてください」


なんだか、ルル嬢の声が冷たい。

普段、ギルドマスター――実のところ単なるトラブルシュータ―な仕事をしているが、こういう時の処理の仕方はわからん。

とりあえず、店員に商品を包んでもらう。


「ほら」

「有難うございます」


自分で受け取った商品を、プレゼントとして手渡しする。


「そこら辺の礼儀ぐらいはわきまえてるんですね」

「ん、まあ……」


少しだけ気分の良くなったルル嬢の瞳を見つめながら、曖昧な声を返す。


「もう何年になりますかね」

「何年というと?」

「私がギルマスの秘書になってからです」

「最初は普通の事務員としてだったから……2年ぐらいじゃないかな」


指折り数えながら、返事をする。


「いろいろありましたね」

「いろいろあったな」


忙しさは変わらないが、彼女を仕事のパートナーとして迎えてからは随分楽になった。

そんなことを考えながら、私はルル嬢の顔を見る。


「ひょっとして、だが。ルル嬢は私に好意を持っているのかね」

「やっとわかりましたか? 鈍いですね」


鈍いとはされたくない。

二十台前半の女性から、好意を持たれていると思うほど自分に自信はないだけだ。


「……妙な趣味をしている」

「ええ、自分でもそう思います。好きになったのは秘書になってからでしたけど」


この2年の間か。

切っ掛けになるようなこと、何かあったかなあ。

深い思考に落ちる。


「切っ掛けなんてありませんよ。慣れですね、慣れ」


私の考えを読んだように、ルル嬢が言葉を紡ぐ。


「慣れで人が好きになれるのかね」

「ずっとこうしていたい、と思うのはおかしな思いですか」

「いや」


それには否定の言葉しかでない。

私が先代のギルドマスターに感じていた感情と、同じものだからだ。


「……ギルマスが、先代に憧れを抱いているのは知っています。でも、たまにはこちらも見てください」

「ルル嬢、私としては」

「好きの返事を聞いているわけではありません。断られることはわかってますから。でも」


ルル嬢の視線がまっすぐにこちらを見つめてくる。

私はそれを避けられない。


「たまにはこちらを見てください。気が変わるかもしれませんよ」

「……わかった」


そうとしか返事できなかった。

情けない話だが、キッパリと断る事はできない。


「それではデートを続けましょうか」


私はただただ、ルル嬢の後ろをついて歩くことしかできなかった。





最近は酒ばかり飲んでいる気がする。

正直、ロクな事が――いや、失礼な言い方だ。

悩むことが多すぎるのが原因だ。


「何故、私なのかね」


幾らでもほかに相手が見つかりそうなものだが。

マリー嬢もルル嬢も。

ワイングラスを傾け、一気に中身を飲み干す。


「何もかも忘れて逃げ出したい気分だ」


酒は既に適量を過ごしている。

だが、逃げ出すことは許されない。

真摯に答えなくてはなるまい。


「知能が――心があるというのは実に面倒くさいものだ。そう思わないかファウスト君」


私は酒をワイングラスに注ぐ、ファウスト君に語り掛ける。


「君に心が芽生えるのはいつだろうな」


その時、私は生きてはいないだろうがな。

生きてるのは、迷宮の奥底にいるドラゴンやアンデットくらいのものだろう。


「まあ、私はやるべきことを全うするだけだ」


任されたギルドマスターの立場を維持する。

それだけが、今の私の行動基準だ。

私は注がれたワインをまた一気に飲み干し、次の杯をファウスト君に催促した。







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