089 スズナリの決めた事
「スズナリが目覚めたわ!」
デカい声。
思わず耳を塞ぐ。
アリエッサの叫び声と同時に、ルル嬢やモーレット嬢、パンとライン嬢が部屋へと入ってくる。
「ギルマス、よくお目覚めになられて!!」
「何か変なセリフだな、それ。そんなに眠ってたのか」
ルル嬢の叫び。
それに対し、私は耳の穴をほじくりながら呟く。
「あー、悪かったな。大将、興味本位でえらいもの見ちまった」
「本当に、一か月もお目覚めにならないとは……」
モーレット嬢が視線を彷徨わせながら呟く。
続くようにして、パントライン嬢が私の眠っていた時間を呟いた。
「一か月? ああ……思えばもっと眠っていたような気もする」
「……きっと疲れていたのさ」
モーレット嬢の言葉。
それに、うん、と頷きながら、私はベッドから降りる。
身体がどこかギシギシと軋むような感覚がする。
「まあ、ともかく目覚めた。心配かけたようで申しわけない」
「いや、こっちが悪いからね、スズナリ」
アリエッサ姫が珍しくしょんぼりとした顔で謝罪する。
頭を下げて、私に頭のつむじを見せながら謝罪を続ける。
「本当に。本当に、御免なさい。スズナリ」
「お気になさらずとも結構。こちらにも収穫はありましたので」
「収穫?」
怪訝な声を挙げるアリエッサ姫の言葉を無視しながら、ぐにぐにと手で空気を掴む。
まだ体の感覚がフワフワとしていてつかめない。
大きく背伸びでもするか。
「……本当に、良く寝た」
背伸びをし、軽くジャンプして着地する。
これでようやく身体がほぐれた。
アリエッサ姫が顔を上げたのを見計らって、そちらを向く。
「失っていた記憶を思いだせた。アリエッサ姫には本当に感謝しています」
「私達が観ていた映像、それを全部思いだしたって受け止めても?」
「どこまでご覧になっていたか知りませんが、おそらくはそうでしょう」
私はだいたいの予想を付けて、答える。
そして一つ思いだした事を呟く。
「ああ、私が異世界出身である事は口外しないように。言っても気狂い扱いされるだけでしょうが」
「しないわよ。言った通り誰も信じないし。でも――エルフは別よ」
アリエッサ姫が腕組みしながら、ウォルピス嬢の存在を示唆する。
「彼女はどうした?」
「念のため、先んじて口留めはしておきました。漏らした場合はアルバート王からの制裁がある脅し文句を含めて」
「何もそこまでせんでも」
私はウォルピス嬢が他の女性陣に詰め寄られながら、口留めを求められるシーンを想像した。
アルバート王の名まで出すとはおっかない。
「一度は婚約者になった相手、決して漏らさないと誓ってもらえましたので――まあ許しましたが」
パントライン嬢の台詞。
一度は婚約者になった相手、か。
「一度は、と、いうことは婚約者ではもう無いという意味かな」
「そういう意味です」
すげなくルル嬢が答える。
その表情は冷たい。
「ウォルピス嬢はモルディベートに怯えて、婚約者の座からは退くようですよ」
「それがいい」
納得する様に頷いた。
そして――次を確認する。
「他に諦めた人間は」
「無しよ。アンナやジルエル姉妹はそもそも選択権はスズナリにあるってさ」
「私は選ばんというのに」
選択権をもらってもなあ。
私は誰一人として娶る気が無い。
「誰一人として娶る気が無いって顔ね。……私は諦めないわよ」
アリエッサ姫が、調子を取り戻したようにふん、と鼻息荒く呟く。
そう言われてもなあ。
もう――
そうだ、もう――
何と言うべきかなあ。
「私みたいな面倒臭い人間とは関わらない方が良いですよ、もう」
私は先代――師匠――モルディベートに狙われている。
それだけで退くに値する。
ウォルピス嬢は良い選択をした。
うん。
たった一人、生涯で初めて愛した女に脳を貪られるような――そうか、私の初恋は27だったのか。
自分を真面目に分析する。
完全に異常者だな。
うん。
傍から見て、私はまともな青春時代を歩んでこなかった敗北者だ。
少し自分を憐れんで笑う。
ともかく、そんな惨めな男、愛するに値しないだろう。
できれば引き下がって頂きたいが――
「私がモルディベートを殺すわ。それでいいでしょう」
「良くないです」
アリエッサ姫は実に過激だ。
微笑みを深くする。
「……何笑ってるのよ。まさか、あそこまでやられて、まだモルディベートを好きだとでも?」
「愛していますよ?」
何を言っているのか、という風情で答える。
私は先代を――モルディベートを愛している。
それは今になっても変わらない。
「……アンタ、イカれてるんじゃない!!」
「イカれてますよ。もともと自分はマトモじゃない」
自分は正気ではない。
それは知っている。
「大体、『ああなる』事は予想できなくもなかったのです」
「はあ?」
正気を疑う目でアリエッサ姫が私の顔を見る。
「ノーミソ貪られる可能性も考慮してたって事?」
「異世界出身といえばね、そうする魔法使いも多いでしょうよ」
「じゃあ何で言ったのよ!」
アリエッサ姫がテーブルに拳を叩きつけながら叫ぶ。
部屋中に声が木霊して、私はそれを収束させるように呟いた。
「愛しているからですよ」
だからこそ――すべてを知って欲しかった。
結果は裏切られた。ある意味予想通りに。
それでも愛しているのだ。
「それを言うなら、なんで姫様は私なんかが好きなんです。傍から見ると理由がわかりませんよ」
「以前にもいったじゃない。自由にさせてくれるからよ」
「他にも自由にさせてくれる方ならきっといますよ」
本当に――アリエッサ姫が私を好きな理由がわからん。
パントライン嬢はわかる。アリエッサ姫が好きな相手ならだれでも良いのだろう。
モーレット嬢とマリー嬢も判る。優れた「種」が欲しいのだろう。
何故この姫様は私など愛するのだろうか。
奇妙な人間だ。
改めて、アリエッサ姫を眺める。
金髪ツインテールの、未だ16歳であり若々しい美貌を持った美少女であり、奇妙な変人だ。
……わからん。
判らん事は一時棚に置いておく。
「まあいいです」
「よくないわよ。モルディベートの知識の欲望の対象になってもいいというの?」
「いえ。知識を引き出すだけのブックシェルフになるのだけはゴメンです」
「あ、そこはそうなのね」
そうだ、そこだけは譲れない。
私は全てを――師匠であるモルディベートに受け止めて欲しかった。
もし、もし、異世界出身であることを打ち明けずに、彼女に告白をしていたら。
その愛が受け止められたかは非常に気になるところだが。
そうでなかった。
現実はそうではなかった、だからこの話は終わりだ。
終わりにすぎない。
「で、どーすんの?」
「さて」
アリエッサ姫の問いかけるような視線をまっすぐ受け止め、そして横に受け流す。
私は彼女を、モルディベートを愛している。
だがブックシェルフは御免だ。
結論はただ一つだ。
「そうですね……とりあえず、ウチのギルド随一の生物学者であるキリエに、呪縛を外してもらいます」
「呪縛?」
アリエッサ姫が疑問符を浮かべる。
「脳に埋め込まれたそれですよ」
コツコツ、と指でこめかみを叩く。
「それはいい考えね。私からの性的なアプローチもこれでバッチリ」
「それはお断りしておきます」
「何でよ」
「何でも何もね」
私は何度も貴方を愛していないと言っている。
スズナリは鼻を鳴らし、アリエッサ姫の、目にクマができたその姿を黙って見つめた。
◇
――キリエ。
我がアポロニア王国冒険者ギルド最高峰の生物学者に依頼する。
「まず頼むことは二つある。一つは先代に弄られた脳の器官を――呪いを外す事」
「はいはい、お任せください。不死の魔女、モルディベートの技術にどこまで立ち向かえるか腕の見せ所ですな」
技術料はいりませんが、秘薬、錬金素材を大量に消費しそうですな。
そうキリエがボヤく。
金なんぞ幾らでもある。素材なんか幾らでも用意できる。
潤沢にそれは用意した。
「それからもう一つ。……も頼む」
「……」
キリエが真剣な顔をし、戸惑うように視線を迷わせた後。
まるで誰かに聞かれないようにしながら、小さくつぶやいた。
「それは……それだけはお断りします」
「許さん。決定権は私にある。断れば自分でやるだけさ」
私は強い視線でキリエに手術を命じた。
了




