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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
スズナリの過去編
87/113

087 プロポーズと終着点


言わなければならない事がある。

私は師匠を――モルディベートを愛している。

この感情はどこから来たものなのだろうか。

それは不明だ。

路頭に迷っていた赤子のような自分を拾い上げてくれたからだろうか。

それとも、この5年間で自然と湧いた感情なのだろうか。

よくわからない。

恋とは案外そういうものなのかもしれない。

クラウス王に言われてやっと自覚するようになった。

案外、自分も鈍いものだ。


「……」


言葉も出さず、くすりと笑う。

ただ、その前に言わなければならない事がある。

告白の前に。

自分の秘密。

「異世界から来たこと」を。

……おそらく、師匠もずっと不思議に思っていた事だろう。

何故私が王都の裏路地で残飯漁りなどしていたのか。

何故言葉が全く通じなかったのか。

師匠が不思議に思わないはずがない。

ただ、何も聞かれなかった。

それは私の秘密として横に置いておいてくれたのだ。

――だからこそ、話しておかなければならない。

師匠には私の全てを知って欲しいのだ。

だから告白する。

愛の告白の前に――自分の秘密全てを。

私はダンジョンギルドのギルドマスター室の扉をノックし、応答を待つ。


「スズナリでしょう。入っていいわよ」

「はい」


私はいつもの装束に、バラの花束だけを持ってギルマス室に入る。

師匠は何かレポートのようなものと向き合いながら、その片手で書類の決裁をしていた。

――ギルマスの仕事は忙しい。

ただ、一時間だけでいいから。

今は私との時間を取って欲しい。


「師匠、少しお時間頂けますか?」

「何? 時間はこっちが欲しいくらいだから書類の決裁手伝わせようと思ってたんだけど」

「一時間だけでいいんです。その後は手伝いますよ」


一時間後は師匠にフラれて――泣きながら書類の決裁をしているかもしれないが。

それでもかまわない。

今はただ感情のままに、師匠に想いの丈をぶつけよう。

息を吸い込み、言葉を吐く。


「師匠、私は異世界から来ました」


何故か、空気が止まった――ような気がした。


「私は――師匠には判らないでしょうが、ここでいうジパング、その風にも似た日本と言う国の――」


最初、師匠はきょとん、とした目をしていた。

正直、そんな師匠の顔は初めて見た。

私はなんだかそれがおかしくなって、師匠にはよくわからない部分をできるだけ噛み砕いて説明しようと、言葉を続けるが――


「ねえ、スズナリ」

「――何ですか、師匠」

「貴方、どうしてそんな事を口にしてしまったの?」


突如、師匠は、今まで見た事ないくらいの狂気的な笑みを浮かべた。








「モルディベート……これはどういうことだ」

「ごきげんようクラウス、ご機嫌如何?」


そこには脳を露出した人間が椅子に座っている。

愛するスズナリだ。

私はテーブルの上のペンを走らせながら、スズナリに質問する。


「空気からパンを生み出す方法なんてのはあるの?」

「そんなものは――ありませんが――水と石炭と空気からパンを作る方法なら――ハーバー・ボッシュ法というものがあり――」

「何をしている!!」


クラウスが絶叫する。

繰り返し状況を把握する。

愛するスズナリは、その頭蓋を半分斬られ、脳味噌を半分露出した状態で椅子に座っている。

脳味噌には針が何本も刺さっていた。

――一見して、異様な状況。

もう三日にもなるのか。

ギルマス室に私と一緒に籠りきりでクラウスに怪しまれたか。


「クラウス王、お久しぶり。ご機嫌は如何と聞いたのだけれど?」

「以前に――説明した通り――化学式を参考にすると――」

「何をしていると聞いているんだ!!」


――スズナリの答えは明瞭である。

いつもの愛するスズナリ。

何を怒っているのか、と言いたげな顔で、私はスズナリとクラウスを眺める。

クラウスは私に詰め寄り、この肩を掴む。


「スズナリはお前の愛弟子だろう!」

「そうよ、愛しくて可愛い弟子よ」


何を言っているの?

心の底から不思議な顔をした後に、私は呟く。

そう、愛おしくて愛おしくてたまらなくなった。


「面白いわ。面白くてたまらないわ。まるで知識の宝庫よ。万物の知識を与えるっていう賢者の石を手に入れたみたい。いいえ、確実にそれ以上。所詮、賢者の石はたかだか50万の命を詰め込んだ知恵の欠片。どんな質問でも面白い答えが返ってくるスズナリには敵わない。賢しい言葉だけを繰り返す物体になったスズナリには」


本人が覚えている知識外の事でも、脳味噌に一度記憶した事なら答えが返ってくるみたいね。

しかも、それが一言一句正しい質問で無くても、近い回答を返してくれるの。

スズナリ風にいえばシナプスが繋がるっていうのかしら。

くすくす。

そう言って、私は笑う。


「君が何を言っているのかわからん!」

「判らないわよ。判るのは今この世でスズナリと私だけよ。まさかこんなことで不老を懸けても知る事が出来ないと思った天地の構造を知る事が出来るなんて!! 知っているのは私とスズナリだけよ!!」


くすくす。

また笑い声。

自分が上機嫌な時に出る癖。

この三日はこの癖が出続きだ。

私が何を言っているのか、さっぱり理解できないという顔をするクラウス。


「……実験動物なら、別な人間にしたまえ。犯罪者でも何でも。何故スズナリを」

「あら、スズナリじゃないと意味が無いのよコレ。世界でたった一人だけ」


私は立ち上がり、つかつかと歩き、近くのハルバードを掴む。

普段使いのそれとは違う。古代文明のアーティファクト。

このハルバードの一撃を受ければ、吸血鬼の王とは言えタダでは済まない。


「言っておくけど、まさか邪魔しようなんてつもりは無いわよね。クラウス王。私に対抗できるのなんか、かのアルバート王ぐらいのものよ。それも完全装備の、ね」


またくすくすと私は笑う。

――確かに、私では勝てない。

イルーとタッグを組んでも勝利は不可能だろう。

そうクラウスは呟いた。


「……だがスズナリ一人、連れ去ることぐらいはできるぞ」

「そうしたらお前の国の民をみんなみんな殺してやる。スズナリを取り返すまでね」


私はくすくす笑いを止め、口を大きく広げながらクラウスを睨みつけた。

――狂っている。

確かにモルディベートは荒っぽい女性ではあるが、このような女性ではなかったはずだ。

そんな読みやすい表情をクラウスは浮かべる。


「……分かった。止めておこう」

「理解が早くて助かるわ」


くすくす。

私の笑う声が部屋に響く。

スズナリは何の反応もしない。

私の質問への回答が終わったからだ。


「……スズナリの命に別状はないんだな」

「あるわけないじゃない。私のあだ名を知っている? "不死の魔女"よ。すでにスズナリの身体は不死に限りなく近いキメラに造り変えたわ」

「貴様……」


何を勝手な事を。

私の言い分にクラウス腹を立てるが、彼にはもはや抵抗する術がない。


「記憶には適当に事故でそうなったって埋め込んでおきましょうか。 いきなりキメラになったじゃあ、スズナリが可哀そうだし」

「……」


もはや語る事は無い。


「ずっとずっと不思議に思っていたの。スズナリがどこから来たのか? 生物魔法で調べると、何故、身体が一度粉々になったような跡が残っているのか? 本当に不思議だったの」


私はクラウスを完全に無視して――スズナリに歩み寄る。


「聞かないでおこうと思ってた。それは不思議のままでよかったと思っていたから。でも自分から話してくれるなんて」


そして肩を寄せ、脳味噌に刺さった針と額をぶつけながら。


「心から愛しているわ、スズナリ。これは貴方にとっての愛と違うのかもしれないけれど」


モルディベートはスズナリの唇に軽い口づけをした。

それは本当に軽い口づけであった。


「あら」


突如、モルディベートは何かを思いだしたかのように――


「忘れていたわ」


立ち止まり、息を吸う。


「クラウス王、有難う。貴方のおかげで邪魔が入るかもって気づいたわ」

「? いったい何を――」

「でも、スズナリ、もし貴方が気づいたなら、または貴方以外の誰かが気づいたなら、ヒントくらいはあげるわ。あの記憶を引き出すマジックアイテムの事は貴方も知っているでしょうし、できるものなら抵抗してみなさい」


モルディベートは急に――どこからか見られているように辺りを見回し。

やがてそれを止め、”こちら”を見据えながら、呟いた。


「なお、この記録映像は、この私視点の映像記憶の埋め込みだけを残して消去されまーす」


そうくすくすと笑いながら、モルディベートが何か呪文のようなものを呟いた瞬間――

アリエッサ姫の見ていた映像は泡のように弾け飛んだ。







「スズナリ!!」


アリエッサ姫が火のついたヘッドギアを、スズナリの頭から取り外す。

その手は火ぶくれを起こし始めるが、アリエッサ姫はその痛みに気づかない。

――そんな状況ではない。


「起きなさい、スズナリ!!」


スズナリの顔は蒼白で、まるで死体のようになっている。

まさか、このまま目を醒まさないのではないか。

――そんな冷や汗がアリエッサ姫の背中をどっと伝う。


「姫様!」


パントラインがアリエッサ姫の手からヘッドギアを弾き落とし、花瓶の水を掛ける。

もうこのヘッドギアは使い物にならないであろう。

――そんなもの、どうでもいい。


「スズナリ!!」


微かな寝息音。

スズナリのそれが聞こえたと同時に、アリエッサ姫は床にへたり込んだ。

ジクジクと火ぶくれした痛みが、手を襲い始める。


「許さない」


火ぶくれした手を握りしめながら、アリエッサ姫は呟く。


「絶対に許さない」


床にへたりこみながら、静かに、怒りをこめて呟いた。

自分が泣いているのも気づかないまま。





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