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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
スズナリの過去編
85/113

085 7年前


ゴブリンロードの統率するゴブリン部隊が草原に展開し、迫り来る。

私は慌てずに両手を組んで詠唱を始めた。


「"大いなる大地よ、不浄なる全てを泥濘に包み焼き尽くせ”」


数十のゴブリンどもの足元の土、数十メートルに渡るその全てが黒い泥濘と化して、ゴブリンどもの下半身を飲み込む。

そして――ぐつぐつと、スープを窯で茹でるように泥濘は揺らいだ後、一気に炎上を開始した。

――後は見るまでもない。

ゴブリンロードを含めた全ゴブリンの肉体が炭化するのを見守るだけだ。

これは街のギルドからの緊急依頼であった。

――だが、我がパーティーにとっては若輩者の鍛錬でしかない。

そう、私の鍛錬だ。


「これで集団戦もオッケー、と。後は応用ね」

「応用?」

「こんなんじゃ通じない化物――キメラの類とかもこの世には存在するからね、言っておくけど」


師匠がゴブリンロードに歩み寄り、炭化したその首を蹴飛ばす。

首はゴロリと地面に落ちた。

師匠はその頭を掴み取りながら、私に向けて呟く。


「お前、私が炭化したぐらいで死ぬと思う?」

「"不死の魔女"でしょ? 思いませんよ。こんな魔法ではクラウスやイルーですら殺せません」


パーティーメンバーに視線をやる。


「そうですね、炎上したまま歩き寄ってスズナリの首をマントの一撃で跳ね飛ばしますね」

「ワシも『うわ、あつ』と炎に向かって呟きながら、斧でスズナリの首を刎ねるの」


化物どもめ。

というか師匠も炭化すらせんのではないか。

なんか不可思議なバリアとか張るだろ絶対。


「これからは魔法の共同開発もしましょう」

「共同開発? 師匠と私ではレベルが違いすぎますよ」


師匠はくすくすと笑いながら、首を振る。


「レベルの問題じゃないわよ。価値感や想像力の問題よ」

「価値観や想像力?」

「時にお前の考え方は面白いわ。まるで違う世界からやってきたみたいにね」


心臓が跳ね起きる。

その心音を聞き取られまいとしながら、私は口を噤む。


「ああ、それは感じる。スズナリは時々変な事を言う」

「聞けば意味が分かるのじゃが、時々変な造語も口にするの」


クラウスとイルーが余計な事を言う。

――いや、私が余計な事を口走るからだ。

どうしても、共通言語を学んでからも余計な事を口走る癖は抜けない。

バレてはいけない。

私が異世界からやってきたということは。

――あくまでも秘密にするつもりだ。誰にも信じてもらえはしないだろう。

それに――元の世界の知識など、今の私には何の役にも立ちはしない。







「はあ、異世界?」


アリエッサ姫が口を大きく開きながら、呆気にとられた顔をする。

私は珍しいその光景に眼を奪われながら、自分を落ち着かせようと手首の匂いを嗅いだ。

――ギルマスに買ってもらった香水の匂い。


「ルル嬢、アンタ知ってた? スズナリが異世界人だって」

「知りませんよ」


本当に知らない。

だいたい異世界って何だ。

どういう世界から来たのだギルマスは。


「……誰か異世界から来たって奴を聞いたことがある奴ー」


しーん、と室内が静まり返る。

そんなもの物語やおとぎ話で異世界に迷い込んだ話ぐらいでしかない。

つまりギルマスはおとぎ話の人物?

――どういう思考だ。

驚きのあまりに頭がおかしくなっている。


「君は異世界から訪れた天使だと言われた事ならある」


モーレット嬢のどうでもいい言葉。

アリエッサ姫の質問。


「そいつはどうした?」

「胸を掴んで来たので股間を潰した」


本当にどうでもいい会話。

だが、それを聞いたおかげで落ち着いた。


「アリエッサ姫、それはどうでもいい話でしょう」

「どーでもよくないわよ。良い恋人の間に隠し事は良くないわ」


お前とギルマスが何時恋人になったよ。

いや、暫定の婚約者ではあるがな。

私は頭にカチンときながら、息を吸って落ち着く。


「それに――異世界の知識に興味があるわ」

「異世界の知識?」


またウチの国の姫様は妙な事を言いだす。


「ひょっとしたら、ウチの国を更に発展する知識も隠し持っているかもしれないわ。なんとかスズナリから聞きだして――」

「姫様。スズナリ殿に少なくともその気は有りませんよ。もしくは役に立たない知識でしょう」


パントライン嬢が横から呟く。


「どうしてそう思うの?」

「スズナリ殿からは王家に様々な案が提案・献策がされておりますが、それが理外の範疇であったことは一度もありません。――役に立ってはいるようですが」

「そうですわねえ、アカデミーに対してもそうですわよ」


パントライン嬢を擁護する様に、マリー嬢も続いて呟く。


「それに、スズナリ殿は若い――いいえ、この世界に来られた時は若かったですわ。何かの専門家でもない限りその知識は」

「普通役にはたたない、と」


残念そうにアリエッサ姫が呟く。

それにしても、一応国の事とか考えていたのか。

私はアリエッサ姫への見方を少し変えた。


「何か面白い知識があれば、スズナリの婚約者の地位が更に盤石になるのに」


前言撤回。

徹頭徹尾、自分の事しか考えてないわこの人。


「で、異世界人だとして、それでこれ以上何か変わるんですか」


アンナ姫が今までの会話を聞いた後、首を傾げる。


「知識が役に立たない以上、何にも変わんないわね。出生の秘密が知れたというだけで」


強いて言うなら、これ11年前じゃなくてそれ以前に設定すべきだったわ。

このヘッドギアの目盛。

そう呟いてアリエッサ姫は嘆息づいた。


「いせかいー」


意味のない呟き。

ギルマスは――もう3年もの付き合いになるというのに、異世界人だという事は打ち明けてくれなかった。

だからどうした――とも思うのだが。

先代のギルドマスターには打ち明けたのかどうかが気になる。

私は出力された映像を注視しながら、そこにいるギルマスを再び見つめた。











「決めたわ、この技は"薔薇の棘"とでも名付けましょう」

「殆ど私が考えたのに共同研究も糞も無いですね。あとネーミングセンスがゼロです」

「何だと。最近反抗的だぞお前」


ブン、と振られたハルバードの柄先を避けながら、私はニコリと笑う。


「もう慣れました」

「チィ!」


師匠が舌打ちしながら、ハルバードをズシンと下す。


「それにしてもスズナリ、お前との付き合いももう4年ね」

「そうなりますね」

「一つ聞きたかったんだけど、ギルドマスターの代理をやる気はある?」

「ギルドマスター、ですか?」

「そう、短く言うとギルマス」


別に短く言わなくてもいいのだが。

――その場合、師匠はどうするのだろうか。


「継ぐ、といってもその場合師匠はどうするのですか?」

「またしばらく旅に出る」

「何処へ?」

「……何処でもいいじゃないの」


クラウスもイルーもいない部屋の中。

空気が少し沈滞する。


「……もしかして付いて来たいの」

「……わかりません」


冒険は楽しい。

だが、この旅も二年となる。

そろそろ落ち着いてアポロニア王国に帰還しても良いのでは、と思うところだ。

いや。

冒険で得た財宝や報酬は公平に分配されている。

正直、私では師匠、クラウスやイルーに実力的に遥かに劣るにも関わらずだ。

まあ私以外は全員金持ちなので気にすべきではないのかもしれない――今はそれは置いておいていい。

問題は、その報酬がすでに人生を何度も遊んで暮らせるほどの金額になっている事だ。

私は何故、ここまでの資産を獲得しながら、いまだに師匠に付いてきているのだろう。

まだ冒険の旅は終わってないから?

――それはあるかもしれないが。


「わかりませんじゃこっちが困るわよ」


師匠が顔をこちらに寄せてくる。

私の頬が少し赤く染まる。


「実力も身に付いた。知恵も付けた。私はアポロニア王国のギルマス代理としてお前を押すつもりよ。誰にも反対させないわ」

「その間に、師匠は旅に出る、と」

「そうよ。ギルド幹部にいつまでも任せてはいられないしね」


どうも師匠が居ない間に、アポロニア王国の冒険者ギルドはグダグダになっているようだ。

噂では、アポロニア王国のアルバート王が自らギルドを整理して、新しく国で管理する覚悟を固めたとかなんて話まである。


「どうよ、お前は。いえ、今日からは一人前と認めてスズナリと呼ぶわ。悪い立場じゃないと思うんだけど」

「ええ、悪い話ではないですね。人生遊び惚けられる金を持ってなければですが」

「……遊び惚けるって真面目なお前が一体何するの? 女遊び? 向いてないわよ」


そこらへんは放っておいて欲しい。


「真面目な話、生きがいの一つとして仕事か趣味はしといた方が良いわよ」

「……」


私は黙して答えず。

ただ、師匠が私を置いて旅に出ると考えていると知った時から胸に走る、ズキズキとした痛みがなんなのか。

それを考えていた。




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