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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
スズナリの過去編
82/113

082 10年前


ナイフを握らされている。目の前には犯罪者――奴隷商人が転がっており、私はその前でナイフを握らされている。

地に伏した奴隷商人は、懇願した目で私を見ている。


「さあ、殺しなさい」

「できません」


素直に答える。

師匠の振り下ろしたハルバードの柄がミシリ、と私の顔面に当たり、歯が折れた。

歯茎から吹き出す血を手で抑え、生物魔法をくぐもった声で呟く。

癒しの効果は為され、歯は元に戻る。

出血した血までは戻らないが。


「まだ未熟ね」


私の血塗られた顔を見て、師匠が呟く。


「はい」


私は素直に答えた。

私の生物魔法――治癒術の分野はまだ未熟だ。

服の袖で顔の血を拭う。


「何故殺せないの? 相手は罪のないエルフを奴隷として扱い、強姦もした奴隷商人よ」

「法による裁きを受けさせるべきです」

「今この場においては、私が法よ」


師匠は臆面もなく、そう呟く。

そうして、足元の死体を蹴飛ばした。


「これ、スズナリが殺した奴よね」

「はい」


首肯する。

奴隷商人に捕らわれたエルフ達の救出戦。

その最中、私と相対した敵を土魔法と生物魔法の合わせ技で空気中の成分を操り、窒息死させた。

この一年でこれだけは完成させておけと――師匠に初めて仕込まれた、殺しの術だ。

今まではモンスターだった。

今日、初めて人を殺した。


「ならば何故殺せない。戦場でなければ人は殺せないとでも?」

「その通りです。殺し合いなら殺せます」


震えた声で呟く。

今日、初めて人を殺した。

何度も頭の中で言葉をリフレインさせる。


「無抵抗の人間は殺せません」

「貴方のその価値観はどこから来たの?」


不思議そうに師匠が尋ねる。

返答に困る。

この価値観がどこから来たものかはわからない。

元の世界でも――殺せる奴はいるだろう。


「何度も言いますが、法による裁きを受けさせるべきです」

「私も何度も言うわ。今は私が法よ。依頼としてエルフの救出と、奴隷商人の『駆除』をエルフの王女から受けた。エルフの国に連れて行ってもどうせ死刑よ。凌遅刑かもね」


師匠は冷たく言い据える。


「ハッキリ言うわ。お前がここでコイツを殺せないなら以後、私の弟子を今後名乗るのは許さないわ」

「それは――」


見捨てるという事か。

それは――困る。

一言でいうと、困る。

いや、何が困るというのだろうか。

この一年間のスパルタ教育――本当にスパルタだった。

何度も問いを間違えてはハルバードで歯茎をへし折られたり、耳を手で千切られたり、特に意味もなく脇に蹴りを入れられては肋骨をへし折られたり――

突然、片腕を切り落とされて「治せ、さもなくば死ぬぞ」と告げられたこともあった。

その甲斐あって、この世界の共用言語は話せるようにも書けるようにもなった。

生物魔法――強力な治癒術と、簡単な土魔法。

それを組み合わせた殺人術――護身用には過ぎるものだが。

それも学んだ。

今見捨てられても、何とかこの世界で生きていくことはできるだろう。

だが――困る。


「………それは、困ります。やりますよ」


恩返しが、まだ、済んでいない。

左も右も判らず、この世界で路頭に迷っていた自分を拾い上げてくれた、師匠への恩返しがまだ済んでいないのだ。

だから、まだ見捨てられるわけにはいかない。

私はナイフを強く握りしめた。


「お、やる気になった?」


師匠の軽口を背にしながら、血に伏した奴隷商人に歩み寄る。

奴隷商人は両足をへし折られており、すでにマトモに動ける状態ではない。

それでも命を欲さんと手でもがき、私から離れようとするが――

すでに私は決意を決めている。


「死ね」


私は奴隷商人の背を踏み、その首にゆっくりと握りしめたナイフを埋めた。

奴隷商人はしばらくもがいていたが、やがて息を引き取った。


「オーケー、やればできるじゃない」


パチパチと拍手。

師匠は喜んでいる。


「だーいぶ手間取らせてくれたけどね」


げしげしと私の腹に蹴りを入れる。

師匠は喜ぶときも怒るときもボディランゲージとして暴力を振るう。

悪意は無いのだ。悪意は。

心の底から止めて欲しいが。

これで"不死の魔女"と世間からは敬られ、恐れられもする存在なのだからよくわからん。

だが、まあいい。

私はこれからも人を殺すことになるだろう。

今日はその決意を決めた一日になった。







「大分ぬるかったのね、昔のスズナリ。人一人殺せないなんて」

「私はこの頃の方が好みですが」

「そうか? ガンガンぶっ殺すスズナリの旦那の方が好きだね、私は。


私の言葉に引き続き、パントラインとモーレットが感想を漏らす。

パントラインの意見はハッキリ言って疑問だ。


「何が好みなの? パントライン」

「顔」

「そりゃ33の今と比べると、若々しい頃のスズナリの方が良いに決まってはいるけどね。……アンナ姫はどう?」


私は飴玉を一つまみし、口に放り込みながら横を見る。

アンナ姫はきょとん、とした瞳で答えた。


「私が初めて人を殺したのは10歳の頃でしたよ。スズナリ殿はぬるすぎます」


何やらせてたガードナー。

いや、本当にどういう教育方針を敷いてたんだよ。

これでも元はフロイデ王国の第一王女だぞ。

修羅に育ててどうする。


「私達もやらされました」

「無抵抗の奴をこの手で殺す瞬間気持ち悪いっすわ。相手が犯罪者でも」


聴いてもいないジルとエルも同じく答える。

恐らく犯罪者の死刑をその手でやらされたんだろうが。

――スズナリと同じ経緯か。


「というか、エルフを強姦した連中なんか凌遅刑が良かろう。スズナリ殿は甘い」

「このクッキー美味しいですね」


エルフのウォルピス嬢の言葉は厳しい。

マリーは話聞いてねえ。

『名もなき魔女』お手製のクッキーの味にハマっている。

本当に王都で店開かないかしら、あの魔女。

わざわざ辺境の森から輸入するのに時間かかるのよね。


「若い頃のスズナリ様も素敵ですわね。犯したいですわ」


アリー嬢はシスターにふさわしくない台詞を吐いている。

なんで私、こんなろくでもない連中を苦労して集めたんだろう。

アリエッサ姫は頭痛を覚えながら、頭を抱えて呻く。



「ここからも早送りしていくわよ」


私は周囲に了解もとらず、ヘッドギアの目盛を回した。

画面の映像が早送りになる。

が、途中でその目盛を止める。

気になる映像があったからだ。


「じわじわと溶けていけ」


スズナリの手を握る相手の身体が、悲鳴を挙げながら、じわじわと溶けていく。

例の――今は懐かしきデライツ伯爵の身体をスープに変えた術であろうか。

その相手が絶叫を挙げるとともに、スズナリはニヤニヤと笑い声をあげる。

相手はどうせろくでもない事をしたんだろうが――

目盛は9.5年前を指している。


「え、半年でここまでスレたのスズナリ」

「今のブチキレた時とあんまり変わりありませんねえ」


アリーナ・ルルがほんわかとした口調で感想を述べた。


「半年で人が変わりすぎて無い?」

「一線超えたんじゃないですか? 道を踏み外した人間には容赦ないですからねギルマス」


ルル嬢は、やはりのほほんとした口調で言葉を繋ぐ。

それにしても変わりすぎではなかろうか。

私は首を捻りながら、まあいいや、と思い早送りの目盛を更に回す事にした。

死は誰にも等しく訪れる。

それが悪人であることはこの世の幸いだ。

私はスズナリが暗殺者の過去を持とうと、特に気にはならないのだ。






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