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080 戦争の終わり


アリッサムの王宮。

贅を凝らしたその装飾に辟易としながら、玉座へと歩み寄る。


「さあ、アリエッサ姫。さっさと座ってくださいな」

「ここはスズナリが座るべきじゃなくって」


ここで座ったら最後、お前座ったからアリッサムの王様代理な、とかアルバート王に言われるに決まってるからな。

その罠には釣られんぞ。


「さっさとどうぞ。それでこの戦はお終いです」

「はーい。さっさと終わらせちゃおうかしら」


テクテクとアリエッサ姫は玉座に近づき、その席に着いた。

これでこのくだらん――実にくだらん戦はお終いだ。


「なんだ、お前が座ってしまったのか」

「スズナリの奴が嫌がるのよ」


チッ、と舌打ちしながら現れるアルバート王。

その顔は何でお前座ってないの、という風情だ。

やっぱり地位を押し付ける気満々だったか。


「まあいい……で、逃げた王族は?」

「先ほど、ウジューヌ枢機卿殿から水晶玉で連絡がありました。全員確保したそうです」

「女子供は、か?」

「はい、女子供は、です」


他はもう面倒臭いから全員殺したらしい。

何かくだらん戯言ばっか並べたんだろうなあ。教会の買収とか。

女子供は教会が預かってくれるだろう。僧院にぶちこむ。

それには金がかかるが――必要経費だ。

女子供まで殺すようなことはしたくない。

仮に子供が将来アリッサムの王族の末裔を名乗ったところで袋叩きにされるだけで、国をとる大義名分には成らん。

他国からの侵攻の大義名分に使う事すらできまい。

この国はもはや奴隷貿易王国ではなくなるのだ。


「これで全部終わりか?」

「あと各オアシスの確保――残り7つが残ってますね。まあ全兵力をほぼ野戦で消耗してますから……降伏するなり、抵抗して無残に敗れるなりするでしょうが」


アポロニア王国の優秀な将兵がヘマをやらかすとは思えん。

最初から内通しているオアシスもあるし、その他のオアシスの都市長は無能だ。

世は全て事も無し。

ロクな争いにすらならず平和に片付くであろう。


「つまらん」


ボソっとアルバート王が呟く。

つまらなくていいんだよ、戦争なんて。


「戦争はどうでもいいんですよ。勝つのはわかりきっていました。アルバート王無しでもそもそも勝てる戦でしたし。アポロニアの被害が少なくて何よりでした」

「ぶっちゃけそうだな。で、何か意見でもあるのかスズナリ」

「平民の教育、どうしましょう」


アルバート王が顔を思いっきりしかめ面にしながら呟く。


「無学文盲の奴らが多いって話だったな、確か……だから殺したかったんだよ」

「アポロニア王国じゃ信じられないものばっかね、この国」


アリエッサ姫が玉座でぶー垂れたように口をはさむ。


「とりあえず、今回ばかりは教会の力を頼るしかありませんね……」


アポロニア王国の総力を結集しても、正直手に余る。

いや、四則計算や文字くらいならそこらの平民捕まえて教師にすりゃいいんだが。

それにしたってなあ。

アポロニア王国が大国家としても、アリッサムもそこそこの国家だ。

総国民合わせて100万も超えんが、その国民の教育を最初から始める事になると……。


「スズナリ、お前がやれよ。もしくはいい案だせよ」

「出したでしょう。教会に頼りましょうよ」

「アイツら金とるだろ」


とるだろうなあ。

今まで浄財はキッチリ払ってるから、その分は働いてくれるだろうし。

今回は念願であったアリッサム――奴隷国家を亡ぼしたんだ。

各オアシスの教会の建設に加えて、奴隷や平民の教育、その一役を担ってくれるだろう。

それこそ他国のシスターや神父を呼び寄せてまで。

……よって、この規模になると金は要求してくる。

必要経費ではあると思うんだが。


「アリッサムの王族の全財産を使い果たしてしまいましょう。この王宮の趣味の悪い金装飾や金箔なんかも全部剥がして」

「その金で亜人の教育係も雇うか……祖国なんか無い亜人もいるだろうし」


エルフやドワーフ、吸血鬼と言った亜人は奴隷にされていない。

というか、されたところですぐに祖国が本気となって解放に向かう。

だが、サキュバスやデュラハンなんて亜人の国は無い。

あったら見てみたい。

――こういえば誤解されそうだが、サキュバスへの性的な好奇心ではなく。

どうやってサキュバスで国家を形成しているのかという純粋な疑問だ。

まあ、どうでもいい。

私に――自らからの、他者への性的な欲望は無い。

ただ性的な興味への反発的な作用として痛みがかえってくるだけだ。

そういえば、サキュバスの群れが奴隷として捕まってたので助けてあげた事があったな。

御礼に輪姦されそうになって逃げまわったのは懐かしい話だ。

あの頃はまだ頭痛がしなかった。

頭痛がするようになったのは、キメラになってからだ。


「……」

「どうしたスズナリ」

「なんでもありません」


偏頭痛。

それを抑えながら、アルバート王に答える。

拙い。

何か判らんが、この反応がアルバート王に察知されると拙い気がする。

努めて平静を装う。


「私に出せる案はこの程度ですよ。用が済んだら、アリッサムの冒険者ギルドの様子を見に行かせて頂きます。ちゃんと全員解放されているのかどうか確認しないと」

「……ああ、いいだろう」


勘づかれたか?

何分、直感スキルの持ち主だ。

何かに感づかれたかもしれない。

何か?

何に感づかれると拙いのだ?

若干、自分で混乱しながらも背を向けて席を立つ。


「スズナリ―、そういえばこの間面白いもの見つけたんだけど……」


私はアリエッサ姫の声に幾ばくかの偏頭痛を引きずりながらも無視をし、アリッサムの冒険者ギルドへと足を向けた。










「ありゃ拙いな」

「拙いって何が」

「これ以上はほっとけないという意味だ」


アルバート王は独白する。

――モルディベート。

先代の冒険者ギルドマスター。

元々、冒険者ギルドは嫌いだがアイツは特別胡散臭い女だった。

魔女だから当たり前かもしれないが。

その弟子であったスズナリへの扱いを調べてある。

確かに師弟ではあった。

だが、時にモルディベートのあのスズナリへの視線は「まるで実験動物へのそれ」であった。

当時のパーティーメンバーからの話ではそう聞いている。

――それ以上は、何か言いたくないのか口ごもって話さなかった。

当時のスズナリとモルディベートのパーティーメンバー、ワルキリア王国のクラウス王。

アイツ、俺に結局何を言いたかったんだ?

何かを言おうとしたが、何かに耐えるようにして口ごもったんだよな。

スズナリが何をされたかはパントラインやマリー嬢から聞いている。

モルディベートへの疑問や反抗、また他者への性的な感情を抱くと強烈な頭痛がするようになっている。

だが、それだけか?

アルバート王は疑問に思う。

時々、スズナリにはおかしな印象を受けるのだ。

何かこう……足りていない。

人として。

俺が4000人を戦場でぶっ殺した際に、スズナリはてっきり文句をつけに来ると思っていた。

貴方なら指揮官だけを狙えたんじゃないかと。

狙えた。

俺はわざと4000人ブチ殺した。

戦後の面倒くささを考えてな。いらない人間は殺すに限る。

その程度の事に気づかない奴じゃあるまい。

普段、細かい事に口うるさそうな癖に妙なところだけ倫理観が外れている。

いや、それ以外にも言いたいことはあるな。

あいつの――あの「あやふやで稚拙なところ」、やる気の無さはどこから来るのだろう。

人から言われなければ、ろくに自分から動こうとしない。

総合的なアイツの人格を一言で切り捨ててしまえば、子供のようで思慮に乏しい。

あいつの性と言ってしまえばそれだけなのだが。

まあこれはモルディベートの件とは関係ないかもしれないが。

さて。

俺は――

どうしてやるべきか?

さっさと引導を渡してやるべきか?

今なら、あのモルディベートが弄った脳味噌を綺麗に破壊してやれる。

そうすれば自動的に元のスズナリに――脳味噌を弄られる前のスズナリに戻るかもしれない。

なにせアイツは――キメラらしいからなあ。


「どうしたの、お父様」

「うん」


アリエッサに生返事を返す。

娘はスズナリがキメラである事を知らない。

別に知らなくても良い。

知ってても良いのだが。

娘がスズナリの事を好きである事には変化が起きないだろう。

それは確信できる。

さて、どうすべきか。

ここらへんで教えておくか。

そうだ、その他の知らない事についてもクラウス王に問い質しておく必要がある。


「そういえばアリエッサ、先ほど何を言いかけた」

「んーとね、アカデミーの連中が持ってきたんだけどね。パントライン!」


アリエッサはぱちくりと眼を開きながら、パントラインの名を呼ぶ。

パントラインは妙なチューブがそこかしこに付いた、兜のようなものを持ってきた。


「これを被ればね、過去の記憶を追体験できるんだっけ。で、外に映像としてそれが出力されるの」

「ほう」


また生返事で返す。

俺にはスズナリが救いを求めているようにさえ見える。

あの偏頭痛は尋常ではない。

アカデミーの連中によれば、錐を歯の神経にグリグリと突き刺しているような痛みという予想らしい。

それに耐えれるスズナリは何なのか。

何百回と耐えて来たのか。

想像できない。

正直言って、スズナリは狂っているのだ。

そうだ、そうだな。

ああ、それだ。


「アリエッサ」

「何ですの、お父様」

「それで何をするつもりだった」

「スズナリに過去を思い出してもらうつもりだけど。そしてそれを映像として私達が見るの」

「ふむ」


なかなか面白い試みだ。

アリエッサにそれをやらしてみるのは悪くない。

パントラインに報告させよう。

スズナリの過去に何があったか。何がスズナリを壊しているのか。

ただ。


「素直にそんなもん被るかねえスズナリの奴」

「絶対被るわ。先代の事を思い出せるんでしょう、これ被ると」

「……」


どうやら、スズナリへの理解度は我が娘の方が上らしい。

俺はニヒルに笑いながら、娘の頭を撫でて、次にヨセフを呼んだ。

スズナリの事は、とりあえずそれで良い。

アリッサムの統治事業の始まりだ。





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