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077 アリッサム側の話


我が国、アリッサムについて説明しよう。

この国は他国から言われるほど完全に腐ってはいない。

例えば官位が金で売り買いされ、盗人や詐欺師や実力の足りないものが実権を掌握したりすることはない。

――いや、訂正しよう、それがたとえ盗人や詐欺師”でも”実力の足るものが実権を掌握する。

王都を除いた各オアシスにおいては。

それがアリッサムだ。だから国家が成り立っているのだ。

各オアシスからの膨大な収益を元に、王の贅沢が成り立っている。

……俺も、元は詐欺師のようなものだ。

この国は実力本位だ。

――その意味ではアポロニア王国と同じ。

違いは、盗人や詐欺師や奴隷商人でも実力さえあれば認められるという事。

囚われた奴隷が解放されることはまず無い事。

そして王とその一族だけが、この上なく愚劣ということだ。

そんな国だった。

――まあ、もう無くなるがね。

そんなことを都市長ヴェルリナは考えていた。


「だから! 最初の先制攻撃がまず間違いだったと言っているのです!!」

「今更遅いわ! 元々、アポロニア王国はやる気だったのだ!」


文官同士の小競り合い――いや、罵り合いが廊下まで響いている。

俺は扉を開け、会議室の中の面々に声を掛けた。


「静まれ!!」


まずは静かにさせる。

状況を把握する。


「今さら先制攻撃云々の話題か?」

「――当たり前でしょう。奴隷商人が殺されたところで――その殺された当主が王の一族であったところで――見捨てればよかった」


文官が息を吐きながら、ちっ、と舌打ちをする。

こいつは余程王の一族が嫌いなようだな。

俺も嫌いだが。

もう一人の男が反論する。


「王族が吟遊ギルドの長を拷問して吐かせたらしいが、当主を殺した『死神』の噂の資金源は次期国王のスズナリであったと聞く。殺した『死神』はスズナリだ。こちらが先制攻撃をせずとも、攻め入って来てたに違いない」


こいつは間抜けだ。

そう考えながら、口を開く。


「そいつは違う。『死神』がカバラという輩であれ、スズナリであれ、関係ない。事実なんかどうでもいい。スズナリが、『死神』がカバラであるという噂を流した事が重要なんだ」

「つまり?」

「まだ言わねばわからんのか? こちらに攻め込む気は無いという明確なサインではないか!!」


だん、と間抜けの目の前でテーブルを大きく叩く。


「お前と同じ『間抜け』の王族は、勝手に怯えて先制攻撃を仕掛けた。結果、アポロニア国王アルバートの怒りをかった。だから、この国はもうじき無くなる。それだけだ」


しん、と室内が静まり返る。

だが、すぐに質疑が返ってくる。


「アリッサムに勝ち目は無いのですか」

「無いな。元々アポロニアは強国。そして、そんな事とは一切関係なしにドラゴンバスターが攻め込んでくる時点で無いな」

「ドラゴンバスターはそれほど手ごわいのですか」


……うまく想像が掴んのだろうな。

具体的に話そう。


「君は竜の鱗甲を貫けるか?」

「無理でございます。アリッサム騎士団長のビンネンであればもしくは」

「ビンネン? 阿呆かお前は」


心の底から嘲笑してやる。

あんな輩ではレッサードラゴンのウロコ一枚剥がすのが精々だ。


「アルバート王はただの槍の一撃をもって竜の鱗甲を貫いた。それが人に放たれればどうなると思う?」

「人体など容易く貫きますな」

「容易に想像がつくな。そして二、三十人を貫いたところで槍はやっと止まり、わが軍は数発”それ”を受けた時点で恐慌状態の発生だ」


それも向こうは数百メートル先から投げ込んでくる。

一挙一動が”それ”なのだ。そんな化物の攻撃をどうやって防ぐ。

暗殺者がアルバート王の首を刎ねようとしたところ、その剣の方がぐにゃりと曲がったなんて逸話があるんだぞ。

こちらの攻撃が命中してもワンチャンスすらない。

どうやって勝つんだそんな化物に。

強いて言えば――我が国特製の油脂焼夷弾ならば焼死する可能性くらいはあったかもしれんぐらいか。

だからアリッサムの王族は賭けたのだ、あの先制攻撃の一撃に。

ドラゴンのブレスを食らったところで「うわ、あつ」の一言で済ませそうな化物に本当に効いたかどうかは疑わしいが。


「まあ、もう全てどうでもいいことだ。この国は終わった。全員自覚しろ。これからの事を話そう」

「はっ、王都には王の命令通り奴隷5000人を供出しました。しかし……」

「安心しろ、奴隷たちはおそらく死なない」


アルバート王一人で戦は決着するのだ。

わざわざ無辜の奴隷を殺すことはあるまい。

アポロニア王国の良心を信じての戦になるのも馬鹿馬鹿しいが、そう確信してないと思ったように動けん。


「奴隷商人には全員見張りを付けているな」

「はい、全員腕利きを。護衛の名目で」

「よろしい」


戦の大勢が決まり次第、我が都市ベートはアポロニアに降伏する。

奴隷商人は降伏した瞬間全員拘束し、全奴隷を解放する。

これくらいはやっておかねばな。

すでにアポロニア王国との内通は済んでいる。

そもそもの話、だ。


「別に奴隷なんぞ使わなくたってウチはやっていけるんだよ」


文官が一斉に頷いた。

いや、ウチだけではない。

全オアシスがそうなのだ。本来は奴隷商人国家何てやらずともやっていける。

全ては王都の無駄な徴発により民が苦しんでいる。

この俺が都市長でいる限りは、この都市――ベートで枯死する民や奴隷が一人でもいる事は許さんが。

……王都は酷い。

平民は無学文盲。

親が子を奴隷商人に売り払い、その命を繋ぐことを願うありさまだ。


「……これでよかったと思うべきか」


おそらく俺は殺されない。

私財はおそらく没収されるだろうが、俺の才があればまた稼ぐことなど容易い。

たとえ都市長を解任されたとしてもだ。

……もちろん、解任されない自信はあるがな。


「さあ、早く来いアルバート王。さっさとこんな国亡ぼしちまえ」


俺は天井を仰ぎ、雨ごいを乞うような声で言葉を紡いだ。








首都アリッサム――王の間。

その場でアポロニア山脈から帰ってきた観測隊の報告が為される。


「亜人達が集まってきているだと?」

「は、およそその兵力5千と見えます」


――5千だと。

――アポロニア王国が準備している4万の兵にそれが加わる事になる。

――こちらが用意できるのは5千の騎士団に3万5千の奴隷兵だぞ。勝ち目があるのか。

騒めく声が王の間を漂う。


「皆、静まられよ。王の御前である」


第一騎士団長――アリッサム最強の男。

そう謳われるビンネンが静かに呟いた。

その声は小さいが透き通っており、王の間全体に響いた。

騒めきが、収まる。


「王よ」


ビンネンが膝を崩し、玉座に向かって礼を為す。


「我が常備兵5千に合わせ、3万5千の奴隷兵。合わせ4万の兵力をもってすればいかなる敵をも屠って見せましょう。敵であるアルバート王はその人物によって兵を率いる王ではありません。単純な武力により兵を率いるもの。指揮も統率も、アルバート王一人殺せれば崩壊します。勝機は見えております」

「そ、それがたとえ――ドラゴンでもか」


怯え、玉座で項垂れ汗だくとなり、恐怖を隠しきれないでいるアリッサム王が、震えながら呟く。

――肥え太った醜い姿。

ビンネンはそう思いながらも、それはおくびにも出さずに呟いた。


「それがドラゴンバスターでも」


ビンネンは頷き、立ち上がり左手に右拳を突き立てながら、自信満々の表情を浮かべた。

――おお、さすがビンネン殿。

――総大将がビンネン殿ならば、何を恐れる必要があろうか。

騒めきが歓喜の声に変わるが、アリッサム王の震えは未だ止まらない。

肥え太った体の汗からは、異様な臭気を漂わせている。

ビンネンはそれが大嫌いであった。

口にはしないが。


「ビ、ビンネンに全指揮権を預ける。必ずやアルバート王の首を此処にもってまいれ」

「御意」


ビンネンはただ一言言って首肯し、そして王の間を後にした。

――ビンネンは考える。

さて、先ほど議論を述べていた王の一族の内、何人が生き残れるかね。

おそらくは全員死ぬだろう。

奴らは愚鈍だ。

そう考えた。

ビンネンは愚鈍ではない。

そして脆弱でもない。

10歳の頃から冒険者家業に身を費やし、20年の経験を誇る猛者である。

雨の日には書を好み、晴れの日には武芸の極みの一部を知るために努力する男であった。

だからこそ。

この戦の結末も読めていた。

兵の数など関係ない。

アリッサムはただ一人の武力によって滅ぼされるのだ。

そして――


「それにしても、懐かしい」


その懐には一つの手紙が入っていた。

ビンネンは大切そうにその手紙を開き、黙って文字を読み上げる。


「ビンネン、一介の冒険者であった君が出世したものだ。

だが単刀直入に言って、出世した場所が悪かったな。

私財没収を受け入れれば、私からアルバート王に今後の待遇と助命を申し入れる」


過去、アポロニア王国の冒険者であった頃の知人――今はアポロニア次期国王からの手紙。

それをビンネンは丁寧に折り畳み、口の中に入れてゴクリと飲み込んだ。

私財没収は正直痛い。

だが奴隷解放のための資金源となるなら止む無し。

それに、かの男が次期国王になるならば、私の未来はより明るいものとなる。

ひょっとしたら、アリッサムの管理自体を王族に代わって任されるかもしれない。

アリッサムの総大将、ビンネンはすでにアリッサムの王族など見限っていた。


「さて、どうやって裏切ったものか?  スズナリ殿もちゃんと指示してくれればよいものを」


ビンネンはただ一人、自分のハゲ頭をつるりと撫でながら、上手くアリッサムを裏切る方法だけを考えていた。






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