075 俺が出て行ってやっつける
「戦力をかき集める必要などない。俺一人で十分だ。アリッサムにちょっと行って皆殺しにしてくる」
アルバート王は、ちょっとトイレにでも行くような調子でそう呟いた。
「そういうわけにもいきませんよ」
「何故?」
アルバート王は判っている癖にこういうセリフを平気で吐く。
実際、アルバート王一人で皆殺しに出来るのは判っているが。
「皆殺しは結構、その後の統治はどうするんですか」
「今回は俺を舐めた代償を支払わせるのが優先だ、統治しなくても別に良い……というわけにもいかんか」
アルバート王は判りきっていたことを、理解したかのように頷く。
この無意味な儀式は必要なのか? 疑問に思う。
そして次にアルバート王は問う。
「では統治メンバーはどうする?」
「アリッサムは8つのオアシスで国家が構築されています。優秀な都市長がいるなら寝返らせる、もしくは亡ぼした後に従わせるのも結構。ですが、正直そこまで期待はできません」
「奴隷商人国家だからな」
別に奴隷を扱うのが悪いわけでは――いや、悪いんだが、この時代に奴隷は珍しくもない。
アポロニア王国やエルフのルピーア王国等亜人国家を除いてだが。
だが、それにしたって奴隷国家アリッサムの人材に、福祉国家アポロニア王国の統治システムを受け入れさせて運営させようとなると無理が生じるというものだ。
あそこはアポロニアの常識が通じない国家だ。
それをするくらいなら――
「すでに爵位を取り上げた、旧フロイデ王国領時代の騎士の再雇用も考えるべきかもしれません」
「再雇用、という餌ぶら下げて戦争に参加させるつもりか」
「何の手柄も無しに爵位だけを与えるわけにもいかないでしょう。戦力としての期待はしてませんよ。戦後の文官としての期待はしていますが」
実際の戦場ではどれほど役に立つか怪しいものだ。
使えないからクビにしたわけだし。
だが統治業務経験のある奴らなら、アリッサムの人材をそのまま利用するよりはいささかマシだろう。
それに――おそらくこの戦争は。
「この戦争、どういう推移で進めるおつもりですか、アルバート王」
「奴隷兵だけを綺麗に避けて指揮官のみを殺す、そんな器用な真似は――俺には可能だけどな。正直言ってアリッサムの人口は少なければ少ないほど良いが」
「やはり――殲滅戦にするおつもりですか」
「統治の混乱になる生き物は出来る限り排除する。王族も貴族も市民も奴隷も皆仲良くだ」
戦場は開けた砂漠の王国だ。
アルバート王のような一騎当千の猛者にとっては、さぞ殺しやすい環境になるだろう。
「感情的な意見になりますが、できるだけ殺すのは極力反対ですね」
「本当に感情的な意見だな。スズナリ、お前は俺に面倒臭い事を強いるつもりか?」
アルバート王が不服そうな表情を浮かべる。
「アリッサムの統治安定にはギルドも協力しますよ。ですので……」
「ふむ、そうそう、ギルドと言えばアリッサムの冒険者ギルドはどうなんだ?」
「おそらく連絡は取れないでしょう。そのまま戦争にギルドごと投入されて敵に回るでしょうね」
今頃は軍にギルドが取り囲まれている最中だろう。
自由を好む冒険者だ、結構な騒動にはなるだろうが最終的には屈することになる。
アリッサムの軍は特に精強ではないが、精強ではない、に過ぎない。
そこそこに強い騎士団もいれば、奴隷兵もいる。数の力にはかなわん。
「無理やり戦わされている。そういう奴らを殺すのは俺も性に合わん、か……」
この目の前の男のような一騎当千でない限りは。
「いいだろう。極力殺さないで置いてやる。極力だぞ」
「有難うございます。」
深々と礼をする。
実際、奴隷や市民ごと皆殺しにした方が、後が楽なのは事実だ。
教育インフラの再建からってレベルなので費用がいくらかかる事か。
アルバート王には負担を背負わせることになる。
正直、感謝の念しかない。
「本格的に苦労することになるのはお前だしな」
「それは……どういう意味でしょう」
「お前が将来この王の座につくという意味だ」
元の位置に戻し、座りなおした玉座の袖をポンポンと叩く。
アルバート王の世迷い事だ。
私はこの国の王に着く気等無い。
「私はこの国の王に着く気等無い。とか今思ってんだろう。いい加減諦めろよな」
「……」
人の心を読むなよ。
私は深いため息をつき、王の間を後にする事にした。
◇
で、アリエッサ姫の私室。
まずは礼を言っておかねばならん。
「アリエッサ姫、砲撃の指示有難うございました」
「直感が働いたからね。砲撃してなかったら私死んでたかもしれないし、それは別にいいわよ。それより、城とアカデミーへの報告あんがとね」
最終的には姫様の言葉あっての事で、私の忠言はあくまで前準備にすぎなかった気もするが。
まあいい。
ひらひらと手を翻して、礼の言葉に答える。
「で、今度の戦で、クビになってる旧フロイデ領の騎士の爵位復権は成るのでしょうか」
アンナ姫の興味は今度の戦における、フロイデ騎士達の復権に注がれている。
まあアンナ姫でも予想できることだから口に出そう。
「徴兵募集はする事になるでしょう。戦争が終わって功績次第で元の職場に戻れるか、砂漠の国に飛ばされるかは知りませんが」
「それでも朗報です。有難うございます」
ペコリ、とアンナ姫が頭を下げる。
別に私が礼を言われる事でも無いと思うが。
「別に私が礼を言われる事ではない、という顔ですね。聞きましたよ、再雇用をアルバート王に進言してくださった事を」
耳が早いな。
「礼を言われるでもありませんよ」
「それでは……」
椅子からアンナ姫がス、と立ち上がり、アリエッサ姫のベッドにボス、と身を投げ出した。
そして私の顔をチラ、と伺う。
「さっそく閨房にて未来のフロイデ侯爵を作る一仕事と参りましょう」
「おい、教育係。姫様に何吹き込んだ」
私は傍に立っていたジルエル姉妹とガードナー殿を強く見据える。
「エルがやりました」
「いえ、ジルが仕込みました」
「未来のフロイデ侯爵を作る一仕事ですぞ、王よ」
誰が王か。
あと責任の押し付け合いしてんじゃねえ。
私は足でジルエル姉妹の尻を蹴飛ばした。
「あひぃ!」
「だから癖になるからお止めください!」
知らんわい。
そもそもここはアリエッサ姫の私室だ。
アンナ姫の部屋ではない。
何故黙っているのかとアリエッサ姫に視線をやるが。
「カモーン、スズナリ」
アンナ姫と一緒になってベッドの上に飛び乗っていた。
何がカモーンだ、この馬鹿。
ふざけるのも大概にして欲しい。
「ふざけてるなら帰りますよ」
「冗談よ、冗談。襲ってくるなら夜にしなさい。歓迎してあげるから」
アリエッサ姫がベッドに座り込み、足を艶めかしくヒラヒラさせながら私を挑発する。
止めてくれ、頭が痛くなる。
「とにかく、要件を済ませます。マリー嬢がこの後、首にした旧フロイデ領の騎士のリストをもってくると思いますので、ガードナー殿も招集の分担お願いします」
「私が、ですか?」
「面識のある人間の方が良いでしょう。現フロイデ侯爵領の騎士も使いますがね」
とにかく、兵力――というには語弊があるか。
増加するであろう統治負担を分担する人員が必要だ。
「実際の戦はどうするつもりなんだい、旦那」
今まで黙ってたモーレット嬢が口を開く。
――実際の戦か。
アルバート王がいる、問題ない。
どんな戦術級の魔法使いがいようが、強力な騎士がいようが。
――あの剣鬼に立ち向かう術は無い。
「もう旧フロイデ領騎士団と私――それにアルバート王だけで十分かと」
「……十分なのは判るが、それでアポロニア王国の騎士団からは文句が出ないのかい?」
「……手柄なんか立てられないのに来る必要も無いと思いますが、一応バランスとしては呼ぶ必要がありますか」
モーレット嬢と出陣陣営の話をするが。
ふと気づく。
こんなん私の仕事じゃねえだろ。
「……何で私が出陣戦力の手配なんぞしてんだ?」
「そりゃあ次期国王だからだろ」
「次期国王じゃない」
そもそも戦争自体に関与すべき立場ではない。
そりゃアリッサムの無法に腹を立てて思わず王宮まで来てしまったが。
決めるのはヨセフ殿や官僚団のはずだ。
「アホらしい。帰ろ」
私はアリエッサ姫の私室を出て、ギルドに戻る事を試みる。
「もう遅いわよ」
「スズナリ殿、アンナ姫とアリエッサ姫との逢瀬は終わられましたか?」
ドアの前にはヨセフ殿が白髭をいじりながら突っ立っていた。
「これから官僚団との打ち合わせです。是非、次期国王として会議場に出頭願います」
一歩遅かった。
「……抵抗すれば何とする?」
「私と無益な殺し合いをしてまで逃げる気もないでしょう」
ヨセフ殿は自信満々にそう呟いた。
畜生、読まれてやがる。
「スズナリ、多分泊りがけになるだろうから、パントラインをルル嬢への使者に出しといたわよ」
「そりゃどうも有難うございます」
私は厭味ったらしくアリエッサ姫に御礼の言葉を投げつけた。
「失礼します」
そして両脇を美丈夫の騎士団員に抱えられ、連行される私。
恨むぞ此畜生。
私は呪いの言葉を誰に言うでもなく呟いた。
了




