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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編3
73/113

073 カバラ殿vs奴隷商人


カバラ殿が一人、崖から飛び降りて馬車の前まで歩いていく。

馬車の先頭から停止の叫び声がかかり、10もの馬車が縦に並んでいる。

頂上からは何が起こっているのか一目で見やすい。


「カバラ殿、大丈夫でしょうか」

「まず大丈夫だと思いますが……」


相手は鍛えられた――奴隷商人として亜人を拉致するのに手慣れた武装兵50名。

なかなか手ごわい相手だが――


「この先の、猫の獣人を手に入れんとする奴隷商人の方とお見受けいたす!」


カバラ殿が叫んだ。

先頭の馬車から一人の男――おそらく奴隷商人の頭が顔を出し、胡散臭げにカバラ殿を見ている。

屈強な2mの綻びた稽古着の男だ。

確かに胡散臭い事この上ない。


「そうだとすれば、何とする」

「道案内をさせて頂きたい」

「ほう」


ニヤリ、と奴隷商人の頭の顔が歪んだ。

落石事故を起こすなら今なんだが。

アリエッサ姫とアンナ姫の期待する目を無視しながら、カバラ殿の様子を見守る。

おそらく、道案内と言っても――地獄への道案内だが。


「貴様、猫の獣人とは親しいのか」

「特別親しいわけではありません。顔なじみ程度ですね。ですが、最初に警戒を緩めることはできるでしょう……若干の報酬を頂ければ」

「……」


奴隷商人が沈黙する。

だが、その沈黙も長くは続かず、一言だけ呟いた。


「馬車に乗れ。できるだけ愛想よく話しかけるんだぞ」

「これは有難い」


甘いな、奴隷商人。

そんな簡単な手に乗るとは。

まあ、さすがに――


「本当に有難い。――貴方が実に愚かで」


亜人を守るために、いきなり首をへし折ってくる人間がいるとは。

彼らの常識では想像もしてなかったろうが。

あ、教会の連中がいるか。

カバラ殿は奴隷商人の背後に全力で走り込んだ後、右手で首をへし折った。

カバラ殿の右手は鈍器のようなもので、その手刀は斧と変わらない。

一撃で息の根を止め、倒れ伏す奴隷商人。


「てっ、敵襲――」

「遅い」


奴隷商人の脇に控えていた――主人を守るのに用しなかった愚かな護衛兵の首を、主と同じくへし折った後に。

馬車から次々と飛び降りて来る、パイクやハルバートを装備した50名近い敵兵にカバラ殿が囲まれだす。


「さて、ここからだが」

「普通、囲まれたら終わりですよね」

「詰みだな」


先の長い棒を持って取り囲んで叩いた連中が勝つ。

猿でもわかる最強の戦術だ。

だが、相手はカバラ殿だ。

どんな手を――


「並べ!!」


合図とともに、陣形を組みハルバートやパイクを前に前に突き出す敵兵たち。

じりじりと包囲を狭め、カバラ殿を窮地に追いやっていくが――


「甘いですね」


カバラ殿は地べたに這いつくばった。

そう全身を、地べたに張り付ける。

四足で、蜥蜴のようにして蜘蛛のように這い――ハルバートやパイクの刃先をやり過ごす。

まるで獣のようであった。

敵兵は槍を下に向け叩こうとするが間に合わない。

カバラ殿――その獣のような動作が早すぎる。


「ひっ!」

「さようなら」


カバラ殿は最後の挨拶を行い、立ち上がるとともにバンザイと手を広げ、同時に二人の首をもいだ。

包囲は抜けた。

後は蹂躙だ。

三、四、五、六と近くに居る敵兵を片端から首を玩具のようにもいでいく。

実にスプラッタな光景だ。

アンナ姫は大丈夫か、と視線を横にするが。


「ゴーゴーレッツゴー!カバラ殿。殺せー!!」


全然気にしてないようなので大丈夫である。

コイツ、本当に12歳か?

私がいぶかしんでいる間にもカバラ殿の殺戮の宴は続いている。

すでに首のない死骸は10を超えた。

敵兵は恐慌状態に陥っている。


「ば、化物め。くたばりやがれ!!」


一人の狂乱した敵兵が、カバラ殿の頭にハルバードを振り下ろす。

カバラ殿は冷静にハルバードに対して上段突きを繰り出した。

ひしゃげた。

ハルバードの方が。

カバラ殿の拳は鉄より、鋼より硬い。

アルデール君やウジェーヌ枢機卿でも同じことが出来るかどうか。

まあ……アルデール君には竜が踏んでも壊れない、あのインチキグローブがあるが。

カバラ殿は前進する。

前へ。

前へ。

それは死の行進である。

めきょ、めきょ、と首をもがれる音だけが辺りを包んでいく。

返り血を浴びているカバラ殿は哄笑を挙げていた。

アレは完全にわざとだな。

恐怖で敵が竦むのを狙っている。

次々と屍が積みあがっていく。

すでに損耗率は50%を超えた。

全滅判定だ。

敵兵が次々と馬車に乗り込み始め――馬車の向きを変更する。

目指すはアリッサム――故郷への逃げ道だ。


「もうおしまいだ! 逃げろ!!」

「去るのなら追いはしませんよ」


そういいつつ、カバラ殿は馬の一頭にまたがった。

追わんのと違うんかい。


「但し、私のナワバリであるアポロニア山脈から逃げきれたならば、ね」


もはや山猿のボスである。

カバラ殿、血に酔ってるな。

怖いから止めないけど。

いや、カバラ殿に殴られてもキメラだから死にはせんが、痛いのは嫌なのだ。

カバラ殿の野生解放の引き金を引いた奴隷商人達には犠牲になってもらおう。


「ハーーーーーーーーーーーーーハハハハッハ!」


馬の横腹を蹴り、恐慌状態の敵兵を追い回し始めたカバラ殿を見ながら。


「性格変わってない、アレ」


というアリエッサ姫の呟きに、私はうんと頷いた。









しばらくして、カバラ殿が帰ってきた。

そして、ポツリと呟く。


「40人しか仕留められませんでした」

「十分だ」


後の逃げ切った10人は何があっても、もう二度と来ないと思う。

アリッサムへの威圧行為を含めれば、多少は生かして帰らせてもいい。


「闘うのは嫌いじゃなかったのかね」

「自分の生活の領分――野菜の取引相手を襲うなら話は別ですよ」


それに――個人的にも奴隷商人は好きではありません。

カバラ殿はそう呟き捨て、血まみれた稽古着を気にするそぶりを見せ、ため息を吐いた。


「ペロー殿に風呂を借りなければなりませんね。風呂はあそこの庄屋にしかアポロニア山脈には無いので」

「そうか」


もう何も言えんわ。

とにかくカバラ殿は強い。

ガードナー殿が相手にされなかったのも仕方ないわ。


「貴方に――スズナリ殿にお聞きします。再び連中がやってくると思いますか?」

「”連中は”もうやってこない。頭をまず仕留めたしな。この噂が広まれば、他の奴隷商人達もリスク換算しても見合わんから来ないと思いたいが――」


今回の出来事をどこまで信用する奴がいるかどうか。

この死神みたいな男の存在を、アリッサムの奴隷商人たちが信じるかどうか。

はなはだ疑問だ。


「吟遊ギルドを通して手を打っておこう。アポロニア山脈には死神が居る。この件をアリッサムに大々的に吟じてやる」

「それは有難い……しかし、それで大丈夫でしょうか」

「多分、大丈夫だろう。また来たら殺してくれ。余裕だろう」


ひらひら、と私は手を翻しながら、テキトーにカバラ殿に応じる。

というかアンタが居れば何があっても大丈夫だろう、ここ。

武装兵が100でも結果は変わらなかっただろう。

所詮この世は一騎当千、数の暴力ではなく個の力が物を言う世界だ。

……逆にカバラ殿が100人いても、アルバート王にはおそらく勝てない。

そういう世界だ。


「確かに、余裕ではありますが……」


カバラ殿が稽古着の血の付着――赤いというよりドス黒いそれを気にしながら、少し悩んだ様子を見せる。


「私が居ない間に、ペロー殿達が襲われる事態が起きると困るのですよ」

「まあ、ずっと見張ってるわけにもいかんか」


うーん、と悩む。


「スズナリ殿の吟遊ギルドの案はまずはよろしい。それでも馬鹿が来ないとは限りませんよ」

「確かになあ」


しかし、他に手が思いつかぬ。

どうしたものか、とカバラ殿を見て。


「カバラ殿、しばらくペロー殿のところに滞在してくれんか? 一年もすれば状況も見えてくるだろう」


アリッサムから奴隷商人がまた来るか、来ないか。

その判断がつくだろう。


「やはり、守るためにはそれしかありませんか」

「スズナリがアリッサムを亡ぼす選択もあるわよ」


横からアリエッサ姫が口を出す。

その選択は無い。

何が悲しくて戦争にせねばならんのだ。

アリッサムが国民にとって不幸な国なのは私にとって、どうでもいい事柄だ。

アルバート王にとってもだ。

目の前に地獄が起きていれば手を差し伸べるが、知らないところで知らない人が苦しんでいようが私は痛くない。

ハッキリ言うがどうでもいい。


「状況が代われば、カバラ殿に使者を出しますよ」

「私としては、そこの御姫様が言うように亡ぼしてくれた方が有難いんですけどね」

「断固として断ります。面倒臭い」


カバラ殿の何かを期待するような目を無視して、私達はアポロニア王国への帰路に就いた。

途中、寄る事になるであろう猫の獣人の村で、誰かが情けで抱きしめさせてくれることを祈りながら。




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