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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編3
72/113

072 アポロニア山脈の眺望


「ここからだとアポロニア王国が一望……できないわね」

「大国ですし、当たり前でしょう。フロイデ山も邪魔してますし」


アリエッサ姫の言葉に、アンナ姫が答える。

アンナ姫のダメージは大したことがなかった。

本当に一瞬気を失わせる程度の一撃であった。

カバラ殿の実力がそれだけ優れているという話だが。


「二人とも、ガードナー殿の試合は見ないんですか」

「どうせ負ける試合みてもつまんないわ」

「アルデール戦の焼き増しですし」


酷いなコイツら。

まあ、その通りになるんだろうが。


「ところでスズナリ、ここからアポロニア王国を見下ろして何か思うところない?」

「思うところ、ですか?」

「次代を継ぐ王として、何か思うところよ」

「だから継ぎませんて」


山脈頂上の眺望からは、巨大なアポロニア王国が半分ほど映る。

あの巨大なアポロニア城がアリ粒のようになっていた。

私はそれを見てため息を吐きながら、アリエッサ姫に言葉を投げかけた。


「逆に、姫様は何かあるんですか?」

「私?」


アリエッサ姫は私の言葉に、にまーと笑いながら答える。


「いつかスズナリの子供を産むわ。今日決めた」

「何でそんな急展開の決意を固めてるんです!!」


私は大声でツッコミを入れる。

アリエッサ姫はそれに堪えた様子もなく、ニマニマと笑いながら自分の腹を撫ぜる。


「何だかんだ言って、私スズナリの事好きみたいなのよねー。この一年で、それがよくわかったわ」

「私には分かりません」


デートもしてなければダンスもしていない。

恋愛に結びつくような行為など、なかったはずだ。


「だってほら、自由にさせてくれるじゃない。私の事」

「私がいなくても自由に生きてるでしょう、貴女」

「そうでもないわよ、私、王宮に引きこもりだったし」


スズナリが来てから、ダンジョンやら街の散策やら行くようになったのよね。

酒場で肉食うどころか、飴玉一つ自分で買った事なかったのよ。

そんなことをアリエッサ姫が呟く。


「楽しかったわ、この一年。世界ってこんなに広いのね」


まるで風を浴びるように両手を広げるアリエッサ姫。

その陰は夕陽に照らされて、翼のようにも見えた。


「ずっとこんな日々が続けばいい、そう思うのよ」

「それが何で私の子を産むことにつながるんです」


話が極端すぎる。

別に――今のままでいいではないか。

今の関係のままで。

私は――


「だってスズナリ、私から攻められないと自分では何か変える事もできない人じゃない」


何か、カチンと来る事言われたぞ。


「変える必要がないだけ――いや、私だって変わってる部分くらいはありますよ」

「そう? 私にはそうは見えないけど」


アリエッサ姫が両手を後ろに組みながら近づき、私の顔を覗き見る。


「先代の呪縛からはいつ離れられるのかしら」

「呪縛ではありません。私が固執しているだけです」


鼻で笑って反論する。

そう、私が――私から、こだわっているだけの話だ。


「人を愛したことが無い人には判りませんよ」

「十二分に理解してるつもりだけど。私――アリエッサはスズナリの事が好きよ」

「言ってなさい」


どうにも調子が崩れる。

コイツ、こんなキャラだったか?

私は無意味に傍に立つアンナ姫の頭を撫でながら、ガードナー殿の方に視線をやる。

そこでは黒墨の煙が全身から立ち昇り、肩で息をする死にかけのガードナー殿の姿があった。









「師匠、死にかけですね。何かあったんですか」

「姫様、自分の師匠の応援位ちゃんとしてくださいよ」

「ダメです。ワンパンチ肺にもらっただけで息ゼイゼイ切らしてますわ」


ジルエル姉妹が状況を説明する。

ガードナー殿、また死にかけておられるのか。

弱い人じゃないのになあ。


「ここまでにしませんか。決着はもう着きましたよ」


カバラ殿が拳をガードナー殿に着きつけながら、降伏を呼び掛ける。


「否、まだまだこれから」


それを拒否し、ガードナー殿はふらつく足を内向きに傾け、右手で顎を隠し、左手をだらりと下げる。

ヒットマンスタイル?

それに近い姿勢でガードナー殿は肉薄を試みるが――

ガードナー殿の左拳がカバラ殿の顔に食い込んだ瞬間。


「カウンター」


モーレット嬢の一言の通り、カバラ殿の右拳が、ガードナー殿の肺へと食い込んだ。

どさりと音を立て、蹲るガードナー殿。


「判定、カバラ殿の勝ち」


いつの間にやらジャッジなんぞやってたのか、パントライン嬢が右手を挙げてカバラ殿の勝利を宣言した。

カバラ殿は嬉しそうな表情もせず、憮然とした顔で立ち尽くしている。


「失礼ですが――予想より弱かったです、ガードナー殿」

「カバラ殿が強いんだよ」


私は懐から銀貨の入った小袋を一つつまみ上げ、それをカバラ殿に投げ渡した。

受け取った感触から、中身を知るカバラ殿。


「よろしいのですか」

「無理を言った迷惑料と思ってくれ」

「それでは有難く」


ぱしっ、と掌を合わせ、こちらに礼をするカバラ殿。

要件は済んだ。

さて、山を下りるか。

そう思い、断崖の下に眼をやったところ――


「ん?」


何か変な集団がいる。

さっきまではいなかった集団だ。

方角からして――アポロニア山脈向こうにある国、アリッサムから来た連中か。


「……武装してるわね」

「まさか、私達を狙って?」


私はひとまずガードナー殿の治療をしながら、様子見を任せる。


「モーレット嬢! 遠目には自信あるだろ、ちょっと見てくれ」

「あいよ」

「私も手伝います」


モーレット嬢の横にカバラ殿が立ち、妙な集団を視認する。


「馬車が10台……武装兵が4,50名。ハルバードやパイクで武装してるね、結構な金持ちだ」

「……こちらを狙っているわけでは無さそうですね。頂上には目もくれてない」


交易商――といったわけではなさそうだ。

そもそも、交易商ならこんな雑な道通らん。

アリッサムからアポロニアを目指すにしてもメリットが少ない。

メリットが少ない、というか無い。

あの国が何を交易するというのだ?

たまにアリッサムから逃げ出した流浪の民が流れてくるらしいが、そういう連中でもない。

と、なれば――武装具合からして。


「奴隷商人か?」


一つの推測を口にする。


「――まさか、ペロー殿達を狙って?」


このアポロニア山脈にはそれぐらいしか――言い方を悪くすれば、特産品が無い。

その可能性は高いだろう。


「すぐに殺しましょう。あんな猫族を奴隷にするなんて人道に反します」


アンナ姫の過激な意見に頷く。

頷いたはいいが――

手を開くジェスチャーをして、それを止める。


「まあ待て。奴隷商人とはまだ限らん。アリッサムから逃亡してきた冒険者の徒党かもしれん」


アリッサムの環境は悪い。

まあ、この世界でアポロニア王国程の豊かな国はそうそう無いのだが。

それにしたってアリッサムは悪い。

何せ砂漠の王国だ。

水を管理・支配している王族が独裁的な政権を築き上げている。

その水が国家の末端にまでいきわたることは無く、枯死する民も多い。

主な産業は――末端の国民の他国への斡旋、亜人の拉致・誘拐、つまり奴隷の売買。

うん。

一つ考え直す。


「やっぱり奴隷商人だなアイツラ」

「アリッサムから来てるんだから当然でしょう」


アリッサムの金持ちなんて、奴隷商人しかいない。

山崩して一度生き埋めにして、拷問して事実の確認とれたら殺すか。

歯の神経でも弄り回せばすぐ吐くだろう。

それでも吐かなければ、吐かない奴を見せしめに一人一人殺していけばいい。

私は頭の中で幾つかの魔法を構築し、それを唱えようと――


「お待ちくださいスズナリ殿。それはアリッサムへの敵対行為になります――」

「何?」


パントライン嬢が私を止める。

敵対行為だと?


「アポロニア山脈は、その名にアポロニアの名を冠していてもアリッサムの干渉地帯――アポロニア領ではありません。ここで無実の――アリッサムの法では許された奴隷商人を攻撃することは、アリッサムへの敵対行為です。スズナリ殿にはその責任を背負ってもらう事になります」

「責任とは?」

「最悪でアポロニアとアリッサムとの戦争、開戦――その責任です」

「私の名前で馬鹿どもを皆殺しにする事が、そこまで発展するのか?」


パントライン嬢の目をじっと見つめて答える。


「……対外的には、スズナリ殿はアリエッサ姫の婚約者であることをお忘れなく」

「ぶいっ」


パントライン嬢の冷静な声に、アリエッサ姫の舐めた台詞が続く。

何が『ぶいっ』だ。Vサインをするな。


「じゃあどうする?」

「ペロー殿達もそう弱くはないでしょう。奇襲さえされなければ――」

「勝てるか?」

「……正直疑問ですね。奇襲さえされなければ勝てそうですが」


ハルバートにパイクで武装した戦士50名に対して、3m大のネコ科の生物約100名。

ネコ科が余裕で勝つ気がする。

舐めすぎだろ奴隷商人。

が、全員が成体ではない。

奇襲され、子供を人質に取られた場合は不利か。

コツコツと頭を叩き、最悪のケースを予想する。


「……いよいよもって殺すしかない、か」

「その場合、正式に王家を継いでいただくことが条件です。姫様と結婚してもらいますよ」

「……むう」


悩ましい。

パントライン嬢のやり方がこすい。いや、彼女は単に現実を述べているだけであろうが。


「やっちまいなよ王様」

「今こそやるべきですスズナリ王」


モーレット嬢とアンナ姫が煽る。

お前ら私をそんなに追い込みたいか。

いや、要はバレなきゃいいんだバレなきゃ。

全部の死体を灰も残さず「かき消して」しまおう。

アリッサムの関所に彼らがアポロニア山脈に向かった記録が残っているだろうが、それがどうした。

兵隊が神隠しに合う事などよくある事だ。

彼らはアポロニア山脈の伝説になるのだ。

私がその決意を固めると――


「お待ちください、スズナリ殿」

「……何だ、カバラ殿」

「お悩みになる必要はありませんよ。私が処分しますので」


ぱんっ、と掌を合わせ音を立て、カバラ殿が私の瞳を覗き込みながら呟いた。







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