071 求道者
「20年前は私と死闘を愉しんでくれたではないか」
「ありましたね、そんな事も」
全てが懐かしい、という風情でカバラ殿がガードナー殿の言葉に頷く。
「しかし20年前は20年前、私は気づいたのですよ。別に闘う事は好きではなく、ただ私は鍛えることが好きなのだと」
「その武を試したいという気は無いのかね」
「昔はありましたが……私はかつて見たのですよ」
遠い目をして、カバラ殿が空を仰ぐ。
「見た?」
「18年前、ドラゴン相手に立ち向かう、現アポロニア王アルバートの姿を」
18年前のドラゴン戦の参加者か、カバラ殿は。
そりゃ武の求道者というぐらいだから、その時ぐらいは山から下りてきてたか。
「アレは人ではありません。私が一生涯かけて鍛えても追いつけないでしょう」
「アルバート王は規格外だ、それは仕方ない。私も先日規格外の相手に負けたばかりだ」
ガードナー殿が腕組みをしながら語る。
確かに先日、武闘大会でアルデール君にボコボコにされたばかりだ。
「だが世の中、自分達より強い奴ばかりだからと言って、闘わない、鍛えないわけにもいくまい」
「ええ、そうですね。ですから、私はあの時アルバート王に一生勝てないと知ったとき、気づいたのですよ」
カバラ殿がガードナー殿の眼を見据えて、呟く。
「あ、私、別に闘うのが好きじゃなくて鍛えるのが単に好きなんだと」
「……それは」
「それから18年、山籠もりを続けて鍛え続けていますが、この武を何かに使おうと今更思いません」
カバラ殿が炭と野菜の交換を終え、猫の獣人にペコリと頭を下げる。
「単純に好きでこの生活をやっているのですよ。以前に何人か、私を召し抱えようとする物好きな貴族の方もおられましたが……全てお断りしています」
カバラ殿はその理知的なブルーアイズを曇らせながら、ガードナー殿の眼を覗き見る。
「それに……正直言いまして、20年前とは違い、私とガードナー殿では実力に差があり過ぎるのではないかと。試合にすらなりませんよ」
「何を急に」
「失礼ながら、このような生活を続けていると、ある程度その人の実力を見分けられるようになります。ガードナー殿と比べると、そこの御仁の方が余程恐ろしい」
ス、と滑らかな動きでカバラ殿が私を指さす。
私か。
まあ、間違ってはいない。
「そして、そこの御仁も闘いには興味がないご様子です。まあ、有ったところで私は逃げますが。先ほどから申し上げている通り、何度も言いますが闘いはお断りいたします」
「むう、カバラ殿とはもはや、そこまで実力差があるのか……」
「残念ながら」
ガードナー殿も物をわからん人間ではない。
武道馬鹿だが。
そこまで言われれば、試合にすらならない実力差がある事はわかるだろう。
「しかし、ここまで来たのだ。では試合とは言わん。言い方を変えよう。一手指南頂きたい」
「本当に言い方が変わっただけですね」
カバラ殿の言うとおりである。
結構しつこいな、ガードナー殿。
「しかし、そこまで言うなら……致し方ありません。わざわざ来られたわけですし」
「受けてくれるか?」
「はい。ですが獣人の里を荒らすわけにはいきませんので、山頂まで来ていただけますか?」
カバラ殿がしつこさに折れた。
何か平和に暮らしてた場所を土足で踏み入るようで申し訳ない。
そんな考えの私を尻目に、やったーと万歳するガードナー殿とアンナ姫。
遠慮をしらんなコイツら。
「では、山頂にてお待ちしています」
そう呟いて、カバラ殿は野菜かごを背負い、山頂への道を登って行った。
それを黙って見送る私達。
さて、出立の準備をするか。
「アリエッサ姫、いい加減ペロー殿の腹から離れてください」
「んー、もうちょっと」
私はずっと気になっていた事を口にし、ため息を吐きながらメンバー全員を集めることにした。
なんで私が引率のような事をしなければならないのか、疑問に思いながら。
◇
「山頂って言われても途中から道ないじゃない」
アリエッサ姫が断崖を目前にして、蹴りを入れながら吐き捨てた。
「ここからは断崖を登っていきます」
ガードナー殿が当然のように答えた。
馬鹿なのかなこの人。
「はあ? 私、断崖なんか登った事ないわよ!!」
「私は修行であります。よくフロイデ山を登っていました」
はい、と手を挙げるアンナ姫。
どんな修行与えてたんだ、ガードナー殿。
「最初に私が登りますので、後のメンバーは私と同じルートを辿ってください」
やはり平然と当たり前のように言うガードナー殿。
私は断崖を登った経験があるが……それよりも、いや、止めておこう。
「そういえばスズナリ、アンタ土魔法の使い手じゃない。道作ってよ」
「糞、気づいたか」
「はあ! アンタ気づかなかったらそのまま登らせるつもりだったの?」
「いえ、気づかれても登らせるつもりです」
私は腕組みをしながら、断固拒否をする。
「何でよ。楽した方がいいでしょう」
「いや、今回修行できてるんでしょう。断崖ぐらい登ってくださいよ」
「イヤよ、身体のそこかしこを岩にぶつけて傷がつくもの」
「自力の生物魔法で治せるでしょうに」
断固として拒否する。
そんな会話を続けているのを無視して、ガードナー殿。
そしてそれに続くようにアンナ姫、ジル嬢、エル嬢が断崖を登っていく。
アンナ姫はともかく、ジル嬢とエル嬢も毎回こんな修行やってたのか。
だから馬鹿になるのだ。
私は彼女達の頭の悪さの理由を、修行内容に求めた。
「モーレット、パントライン、貴方達は反対よね」
「いや、面白いじゃん。私はやるよ」
「姫様、反対しているのは姫様だけです。諦めて登りましょう」
「こ、コイツら……」
アリエッサ姫は頭を抱えて蹲る。
そんなに登りたくないのか断崖。
別に断崖絶壁というわけではない、たかが傾斜度50度程度ではないか。
……まあ、岩がゴロゴロしてて十分キツイか。
「スズナリ、手をつないで」
「イヤですよ」
「じゃあ勝手につなぐ」
がし、と私の左手に自分の右手を預けるアリエッサ姫。
……仕方ない。
「手を引くだけですからね」
「よし。では出発」
何がよし、なんだか。
私は急に機嫌がよくなったアリエッサ姫を訝しみながら、二人連れ立って山を登って行った。
◇
「よし、山頂ついたー。私は地球を踏んだ」
「言ってなさい」
私は呆れ気味に、ぴょこんと両足で山頂を飛び上がったアリエッサ姫に呟いた。
「で、カバラ殿はどこに?」
「ここです」
山頂には稽古着姿のカバラ殿が佇んでいた。
「で、私はそこのお嬢さんからお相手すればよろしいのですか?」
「はい、お願いします。全力は出さないでくださいね」
「勿論出しませんよ」
アンナ姫は、ひゅーと息を吸いながら、ぱん、と両手を合わせた。
そして、そのまま体を折って礼をする。
カバラ殿も同じくそれに答えて礼をした。
それ以外の面々はというと、辺りに散らばって観戦している。
「姫さまー、頑張ってくださいー!」
「婚約者のスズナリ殿にいいところ見せてくださいー!」
ジル嬢とエル嬢の声援が飛ぶ。
いや、ここで善戦したところで私は何とも思わんが。
というか、本当に今更だが何でアンナ姫こんな事してんだ。
修行?
いや、根本的にどっかおかしい。
姫様と言うからには、護身術程度でよいのではないか。
何でガチで修行してるんだ。
そう思う間もなく――アンナ姫の正拳突きがカバラ殿に突き刺さった。
10mの距離を飛ぶその間、1秒もなかったであろう。
アンナ姫の身体からは身体強化魔法の黒墨の煙が上がっている。
「はい、効きません」
「くっ」
インパクトの瞬間、綺麗に鳩尾への攻撃を外した。
やはりカバラ殿は只者ではない。
というか、所詮アンナ姫の技術はガードナー殿の劣化版と言っていい。
師弟だしな。
そんな事を考えるが。
「五段!!」
正中線五段突き。
金的・丹田・鳩尾に綺麗な、素早い突きが繰り出されるが。
同じくカバラ殿が掌を回転させながら、一手一手を綺麗に受け流す。
そして――ガツン、とカバラ殿の後頭部に拳大の岩が衝突した。
思わず崩れるカバラ殿。
「むう!」
いきなりどこからともかく岩が飛んできた。
思わず姿勢を崩したカバラ殿の喉笛と顎に、アンナ姫の拳が撃ち込まれる。
しかし、からくもカバラ殿はそれを無理やりスウェーして逃れる。
なんだ、今の岩は。
「念動力ですか。普通の相手ならこれで崩れているでしょう。若いのに大したものです」
カバラ殿が私の疑問に答える。
アンナ姫、念動力も使えるのか。
その証か、瞳が赤銅色に光っている。
だから12歳の癖に何でそんな無駄に多芸なんだよ。
一体どんな修行を?
ガードナー殿のアホは一体何を仕込んだんだろう。
そんな疑問を抱くが――その間も拳蹴が繰り出される。
今度はカバラ殿からだ。
アンナ姫はガードするのではなく、捌こうと両手も身体もきりもみ状に回転させながら立ちまわるが。
まあ、実力差は明らかだ。
「ですが、ここまでです」
一手、隙を見せたアンナ姫の鳩尾に軽い手刀を埋め、悶絶し崩れ落ちるアンナ姫を前にして、ピタリと踏み込みの蹴りを止めた。
まあ、よくやったほうだよ。
というか12歳の女の子だし。
私はため息をつきながら立ち上がり、介抱に向かった。
了




