068 ギルドの引継ぎと酔っ払い
「というわけで、そろそろアルデール君にもギルドの仕事を覚えてもらわなければならないと思っている」
「何ですか急に」
ハーブを漬け込んだジンを一口、口に含みながらダンジョンギルドの酒場で呟く。
アルデール君はワインを口に含みながら、ジト目で私を見た。
「ぶっちゃけると、仕事の負荷が増大した。旧フロイデ王国領との統合で、重要資料の決裁が全て私に回ってくる」
「自業自得ではないですか」
「何!?」
アルデール君は良く焼けたソーセージを口にしながら、パキリと音を立ててそれをかみ砕く。
そして言葉を続ける。
「何で、そうやって何でもかんでも解決してしまうんです。私にも無理でしたアハハ、が何故できないんです」
「……」
そういえばそうだ。
今回の依頼も、無理でしたの一言で済ませておけば、ギルドの統合までは行かなかったはずだ。
「責任感が強すぎる――というより、ぶっちゃけお人よしと言うか負けず嫌いというか……今回の件なんか、無理にでも断ってりゃ何とか旧フロイデ領のギルマスが解決できたんじゃないですか。説得というか話聞きに行っただけでしょう、結局」
「終わった後の話だ。それを言うな」
責任感が強い、というか私の場合、舐められたくないという思いがある。
「今考えてる事当てましょうか。誰にも舐められたくない、逆ですよ、甘ちゃん扱いされてますよ。頼めばなんとでもしてくれると思われてますよ」
「……」
私は黙して、アルデール君のソーセージを奪い取る。
口の中でパキリと音が鳴るとともに、肉汁がはじけ飛んだ。
「断る事をまず覚えましょう。そして人に頼る事」
「今頼っている」
「私以外に――いえ、私に頼るのはいいですよ。私以外にも頼ってくださいよ」
アルデール君がフォークを握った手で、何かを断るかのようにふらふらと手を振る。
「頼れる人間なんてそんなにいない」
「ボッチですか」
「黙れ」
ペンフレンドは多いんだ。
そして糞の役にも立たない。
というか、そのペンフレンドも吸血鬼の王との愚痴り合いとか、ドワーフの王に酒をねだったりとか、そんなんだ。
なんか頼れる相手どころか相談事をされる方が多い。
吸血鬼の王はそろそろ不老不死にも飽きてきた、世界征服とか企んで16歳の美少女勇者とかに滅ぼされたいと愚痴が多い。
そしてドワーフの王は「そろそろ歳だから酒量を控えるように」と忠告の手紙を送って来るだけで、酒は送ってくれない。
非道な連中だ。死ねばいいのに。
「何故こうなった」
「わが身を振り返るのはいいですが、私以外の目の前でやってくださいよ」
人が食事してる最中ですよ。
アルデール君はそう言いながら、追加のソーセージをウエイトレスに頼んだ。
「もっと大人になりましょう。オマールのためにとっておいたセリフなんですけど、彼女作って真面目に働いて趣味を持っていい人生を送りましょう」
「彼女なんか惚れた女がいるのでいらん。真面目には働いている。趣味も何も仕事が忙しくてやる暇がないわい」
パキリ、とソーセージをかみ切る二人分の音が鳴る。
「というか、アカデミーの錬金術資料をそろそろ自由に漁らせてください。もうぶっちゃけ先払いでいいでしょ」
「ああ、まあいいか。アカデミーの学長に許可はもらっておく」
「貴族の生徒とか教授にグチグチ言われたりしませんかね」
「殴れ。黙るだろう。それで一生相手が黙る事にならんよう加減してな」
二人して酒を飲む。
意見を開陳し、どーでもいいことを言い合う。
そうだ、どうでもよくなってきた。
全部ぶちまけてしまおう。
「今後の事だよ」
「なんです急に」
「イヤじゃないよな、ギルマス継ぐの」
ピタリ、と空気が止まる。
アルデール君が口を開いた。
「イヤに決まってるでしょう。何ほざいてんですか」
「やっぱり?」
「私言っときますけど、ギルマス程真面目に仕事しませんからね」
先にも言いましたが、真面目にやりすぎなんですよ。
先代ですか、それに頼まれたからなんでしたっけ。
アルデール君がそう呟くが。
「いや、正直言って真面目にやってるのは性格の問題だな」
「力を抜くことを覚えましょう」
「それ先ほども話したな」
酒を飲みながら話すと、会話の繰り返しになる。
非常に良くない。
だが、心地よい。
思えば、先代ともよくこうやって酒を飲んで話した。
古い話だ。
もう6年過ぎた。
忘れてしまえという気にもなってくる。
そう、先代の事など忘れてしまえばいい。
「ギルマス、話の途中に考え事ですか」
「すまない、仕事の事だ」
嘘を吐く。
考えれば悪くないじゃないか。
私だって男だ。
何もかも枯れ切ってしまっているわけではない。
王の座に興味もあれば、女性への欲望だってある。
あるに違いない。
はずなのだ。
あればいいなあと思う。
「どうしたんです。嘘なのはわかってますよ」
「うーむ」
アルバート王の跡を継いで周辺国家の平和を保つ王の座。
アリエッサ姫を含めた面倒臭い女性連中を含むハーレム。
一生を雑多な面倒事で振り回されるに違いない。
「どっちも面倒くさいなあ。何が楽しくてそんなもん選ばなきゃならんのだ」
「何を選択しようとしたんです」
「いや、一瞬愚かな道を選択しかけた。何考えてた私」
私が好きなのは先代だ。
それは変わらない。唯一不変のものだ。
だが初恋は実らないものと言うし。
そもそも、先代も大概私の事を振り回していた。
そして何度も死にかけた。
惚れて無ければ絶対に付き合わないような地獄の旅路だった。
というか一度死んでキメラになった。
いかん、酒で脳味噌がぐるぐる回っている。
「なあ、アルデール君。私が王位を継いだら嬉しいか?」
「また答えにくい質問をしますね」
んー、とアルデール君は口を閉じたまま呻いた後に。
「嬉しいというか代わりがいないでしょうに。言っときますけど、アルバート王の睨みが無くなった時点で戦争勃発ですよ。平和なのはアポロニアだけです。この周辺国家どこもキナくさいんですから」
「キナくさいのは世界中だろう。平和なのはアポロニアだけだ」
「そうともいえます」
所詮世界は弱肉強食。
強ければ生き、弱きものは死ぬ。
そして強きものがルールを作り、だからこそアポロニアは強きアルバート王の元にマトモな国家運営がされている。
その重石が無くなった時点で全てがご破算だ。
「そういう意味では、嬉しいというか、もし逃げようものなら追っかける方に回りますよ、私」
「逃げる可能性まで予測済みか」
「予測済みと言うか、たまに酒飲んでるとき酔っぱらって『遠くに行きたい』と口走ってるのは何なんですか」
それは別に先代を追っかけるために逃げたいというより、ただ純粋に厄介事から逃げて遠くに行きたいと呟いているだけと思うが。
まあ、似たようなもんか。
結局、先代を追っかけると言っても、見つかるかどうかすらわからん旅になる。
そういえば、ルル嬢はついてくると言ってたな。
そんな旅に彼女を付き合わせるつもりだったのか、私は?
「うーん」
頭が痛い。
悩みからくるそれではない。
これは乳房の感触が頭の後ろから伸し掛かってくることからの、性的な欲求から来る偏頭痛だ。
――先代の呪い。
額を押さえ、蹲る。
「モーレット嬢、しがみつくのは止めてくれ」
「アリエッサ姫にやれって言われた」
モーレット嬢は悪びれもせず呟く。
一方、そのアリエッサ姫は――
「ぐでんぐでんに酔っぱらってる今なら通用すると思ったのよ」
ビシ、と親指を立ててアリエッサ姫が微笑む。
「どう、頭痛くなった?」
「別な意味でも頭が痛くなりそうですよ」
人に偏頭痛を起こさせて、そんなに愉しいか。
私はため息を吐きながら、アリエッサ姫に向き直る。
私は彼女が嫌いではない。
それは最近になって理解した。
いや、理解させられた。
だが――
「面倒臭い人だ」
「何だとコラ」
げし、とモーレット嬢がどいた後の背を蹴られる。
本当に面倒臭い。
なんで33のオッサン相手に絡んでくるんだ、この16歳。
「次、パントライン。スズナリにしがみつきなさい」
「はい」
「”泥濘の手”」
私はしがみついてこようとするパントライン嬢を土魔法で遠ざけながら、話をアルデール君に戻す。
「と、いうわけでアルデール君には王都ギルドの代理を頼みたい」
「どういうわけなんです」
「最初に言ったろ、負荷が増大してるって。私ダンジョンギルドに普段いるから、王都ギルドから資料持ってくるのも大変なんだよ」
本当に決済が面倒くさい。
パントライン嬢は泥濘の手に首を絞められている。
「代わりに王都ギルドで、アルデール君が今後はギルマス代理として活躍してくれ」
「イヤです、と言いたいところですが」
「そいやっ!」
泥濘の手を力任せに振りほどき、パントライン嬢が私にしがみついてくる。
だが固い。
何がと言うと胸が。全身甲冑姿だしな。
モーレット嬢の時のように、偏頭痛は起きない。
「ああ、ピクリともしない」
「この役立たずが」
パントライン嬢の嘆きに、アリエッサ姫の罵り声。
私は何か性的な影響を与えると苦痛を発する玩具か何かだと、アリエッサ姫には思われている。
そうに違いない。
それはそれとして、アルデール君の返答を聞く。
「錬金術の資料を漁れるなら、冒険者業も段階的に打ち切り時ですね。いいですよ、あくまで旧フロイデ王国領分の決裁だけなら」
「正直助かる」
その言葉が聞きたかった。
今日の要件はこれで終わりだ。
だから――
「で、アリエッサ姫自身は抱き着いて来ないんですか」
「は、はあ!? 何で私が抱き着かなきゃならないのよ!! 馬鹿じゃないの」
アリエッサ姫の相手でも、たまにはしてあげることにしよう。
私はからかい気味に声を挙げた後、アリエッサ姫に歩み寄って行った。
了




