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ギルドマスターにはロクな仕事が来ない  作者: 非公開
日常業務編3
66/113

066 妖刀ニヒル②


予想と反して――妖刀ニヒルはすぐに現れた。

但し、それは誰かを操るものではなく、強力なモンスターとして。

すでに数十人の冒険者が妖刀ニヒルの刃にかかり、命を落としている。


「フォールン化だったか」


前回の予想は全てハズレだ。

何もかも、全く。

探知魔法すら自分で外していた。

妖刀ニヒルは盗まれたのではなく、自らの意思でアカデミーから出ていった。

強力な魔法錠を一刀のもとに断ち切って。

アカデミーが後日調べたところ、魔法錠は内側から断ち切られたものとわかった。

妖刀ニヒルは数百年の時を経てフォールン化したことにより、意思を持つモンスターと化したのだ。

飛行する、人斬りモンスターとして。


「現在は、旧フロイデ王国領のダンジョン内に現れているようです」

「ならば何もできんな」

「何故?」


慌ててやってきたマリー嬢が、ルル嬢と私の会話に疑問を述べる。


「旧フロイデ王国領は私の管轄外だからだ。元々、フロイデ王国領の統括をしていた他のギルドマスターが代表しているよ」

「アポロニア王国が吸収するとともに、フロイデ王国のギルドも吸収とはいかなかったのですか」

「いくわけがない。王国が一緒になるのと、民間ギルドの統括とは別だ」


救いは、別段、旧フロイデ王国領のギルマスと私は仲が悪いわけではないという事だ。

良くもないがね。

そして、結論としては何もできない。


「単刀直入に言います。アポロニア王国としてはギルマス自らが、或いはアルデール殿辺りに出向いていただいて、妖刀ニヒルを討伐して頂きたいのですが……」

「さっきも言った通りだ。何もできん。それは旧フロイデ王国領代表のギルドマスターのメンツを潰す」


マリー嬢の嘆願に、にべもなしに答える。

我々の力を借りるとは、旧フロイデ王国領代表のギルマスが「何も出来ない」と言ったのと同意になる。

それはアポロニア王国ギルドへの敗北だ。

つつがなく、アポロニア王国ギルドへの吸収が始まる事になる。


「もうすでに、数十人の冒険者が血にまみれているんですよ!」

「このまま被害は続くよ。数百人も死んでやっと我々に話が来ることになるかな」


マリー嬢の叫び声に冷たく答える。


「ギルマス」


その声が冷たすぎたのか、ルル嬢からそれを止めるような言葉がかかる。

私は少し黙り込んだ。

しかし、再び口を開く。


「アカデミーの個人的な管理問題ではなくなった。自然なフォールン化なのだから。まあ責任がゼロとはいわんがね。だったらいいじゃないか。放っておけば」

「……数百人の死者が出るまで放っておけと」

「冒険者は死人がなるもんだ」


マリー嬢が蒼白な顔で呟くが、命の価値観が違う。

冒険者なんてやってりゃ死ぬことは覚悟してる。

いちいち騒いではいられない。

私は冷たい思考でそう考える。


「私はただ待っていればいい。そうすればフロイデ王国領代表のギルマスがいずれ泣きついてくる」

「……冷たいですね」

「……そこまでマリー嬢に言われると、辛いものが在るね」


私は寂しく笑った。

仮にも、私はアポロニア王国の――いや、仮ではない。

先代に任されたのだ、アポロニア王国のギルマス代表としての務めを全うしなければならない。

だからこそ、旧フロイデ王国領のダンジョンで何が起こってようが知った事ではない。

――本来はな。

はあ、とため息を大きく吐いた。


「仕方ありませんね。貸し一つだと旧フロイデ王国領のギルマス代表に言っておいてくれ、ルル嬢」

「いいのですか? 吸収のチャンスですよ」

「マリー嬢の言うように、あえて非人道的になる必要もあるまい」


よっこらせ、と呟きながら立ち上がり、マリー嬢の方を見る。


「アルデール君をすぐダンジョンに派遣します。それでいいですか、マリー嬢」

「――感謝します!」


マリー嬢が私に抱き着いてくる。

私はそれを黙って受け止めながら、ルル嬢の舌打ちを聞いた。











「逃げられただと!」

「違いますよ、ギルマス」


私は派遣したアルデール君を問い詰めるが、アルデール君は釈明しようと両手を広げる。


「厳密には追い込んだものの、『オマエハチガウ』と言われて消え失せたんですよね」

「違う? 何が違うと?」

「知りませんよ」

「どっちにしろ、仕留めきれなかったんだろうが」


私は指の爪を噛みながら、アルデール君を罵る。

アルデール君はそれに不機嫌さを隠さず、舌打ちをした。


「さすがにテレポートされると追えませんよ。何にせよ、原因を究明すべきです」

「『オマエハチガウ』か……」


徒手空拳――妖刀をガンガン殴れるインチキグローブはつけているが――その使い手であるアルデール君では違うらしい。


「言葉通りに考えると、アルデール君以外を求めている。それは誰かね」

「さて、誰でしょう?」


顎に手をやりながら、アルデール君に質問する。

アルデール君は茶化した様子で答えた。

酒だ。

酒が欲しい。

頭のアンテナでファウスト君を動かし、二人分のワイングラスを持たせる。


「妖刀ニヒルの本来の――元々の所有者。或いは製作者」

「ハズレとは言い切れませんが、とっくに死んでますよ。そしてフォールン化した妖刀ニヒルの知能なら、それぐらいは理解しているはずです」


ワインがグラスに注がれる。

乾杯プロージット

それは口にせず、アルデール君と杯を重ねる。


「ならば刀を持つにふさわしい武芸者、もしくは妖刀ニヒルに勝てるだけの刀使いの武芸者」

「そんなところでしょうね」


アルデール君が首肯する。

私はその頷きに答えて、ワイングラスを地面に叩きつけた。

ひしゃげ割れるワイングラス。


「居るか、そんなもん!」

「居ませんよねー」


ここでは刀という武器自体がレアなのだ。

それを十全に使いこなし、妖刀ニヒルに認められる、もしくは勝利できる武芸者――つまり侍と呼ぶが。

そんなもんアポロニア王国中探してもおらんわい。


「もういい。ダンジョンを封鎖する」

「可能ですか? 旧フロイデ王国領のダンジョンですよ」

「可能かどうかの問題ではない。詳細を説明すれば誰も行かんわもう」

「ですよねー」


しかし、ダンジョンの封鎖となると、また面倒臭い問題が浮上してくる。

ダンジョンの間引きだ。

おそらく、初級者すら妖刀ニヒルを恐れて行かなくなるのではないか。

そうなると、モンスターがダンジョンから溢れかえり、ダンジョンの領内を荒らすことになる。

しかも、ダンジョンがあった領主に入ってくる関所収入も途絶えることになる。

問題だらけだ。


「あー、糞。マリー嬢にほだされて絡むんじゃなかったこの問題。ほっとけば旧フロイデ王国領のギルマス代表の責任問題に過ぎなかったのに」

「……いえ、ギルマス。もうそれでいいんじゃないですか」

「というと?」

「私達は――私、アルデール個人は、やるべきことをすでにやったと思ってますよ。必要なものが何かはすでに示したわけですしね」


その必要なものが、どこにも無いのは別な話として。


「あくまでも、貸し一つ、でしょう。そこまでの内容としては十分では」

「それもそうか」


私はアルデール君の魅力的な提案に心惹かれる。

そうだよな、私は――私達はよくやったよな。

後何すれば解決かまでの道筋は示したんだ。


「私達はよくやったよな」

「よくやりましたとも」


頑張って成果を出した。

後は君の仕事だ、名前も覚えてない旧フロイデ王国領のダンマス代表殿。

私は酒を飲む。

アルデール君は錬金術の勉強をする。

何も問題は無い。


「ワハハハ」

「ワハハハ」


二人、物凄くわざとらしい笑い声をあげる。

いや、本当にもう知った事じゃない。

もうこれ以上、こんな面倒臭い問題に首突っ込んでられるか。

そう思った瞬間、ドアのノック音が鳴る。


「入っていいよ」

「失礼します」


ルル嬢が厳しい表情で部屋に入ってきた。


「いいニュースと悪いニュースがあります。どちらからお聞きになりますか」

「聞きたくない」


何か予想できる。

アルデール君はワインを一気に飲み干し、逃げる準備を始めている。


「良いニュースも悪いニュースも同じなので喋ります。旧フロイデ王国領のダンマスが全員一致で、今後はアポロニア王国領――スズナリ殿を代表として仰ぎ、その指示に従うとの事です」

「断ってくれ!!」


糞! 奴ら面倒事から逃げやがった。

自分たちでは解決不可能な事案と見切ったな!


「アルデール君、逃げるな!」

「私の要件はもう終わりました! テレポートで逃げられる限り討伐は私にもギルマスにも不可能です!!」


糞! 

討伐は不可能。

目もくらむような賞金を懸けても意味は無し。

解決方法はただ一つ。

強力な侍を連れて来る事?

いや、待て、一人だけ問答無用に強力な武芸者がいる。


「アルバート王を投入しよう」

「無茶苦茶です。無理ですから。絶対やってくれませんって」


ルル嬢が額に汗をかきながら、呟いた。








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